表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

3■嘆きの森のネクロマンサー

3■嘆きの森のネクロマンサー



ダードの街を出発して、一週間ほど経過した。

私こと渡辺 香とダークエルフのアミちゃんは、三日ほど、森で迷っていた。

迷ったこの森は、地元の人達からは、嘆きの森と呼ばれていて、失恋した魔女が嘆き、立ち入る人々を森で迷わせ、殺して喰っているというのだ。なんだその、いかにもな話は、ちょっとわくわくするぞ。と、そんな浮ついた勢いで森に足を踏み入れたのだが、ものの見事に迷ってしまった。どこまで行っても同じ道なのだ。同じ道を何度も何度も歩いている。試しに、アミちゃんが立ち止まって、私だけ歩いたら、後ろに残してきたはずのアミちゃんの背中が、道の前方に見えてきて、わおっと、驚いたものだ。つまり、この森の道は、ループしていると言うことになる。

「現実世界と遮断されているうえに、時間経過もしていないみたいですね」

「遮断? 時間経過?」

駄目だ、アミちゃんの説明は専門用語すぎて、わからなすぎる。

「はい、つまり、此処でいくら森を壊そうと現実世界には一切影響がないということです、そのうえ、此処での一年は現実世界での一日ほどの時間経過となるでしょうね」

「えっと、それはつまり?」

「魔力の修行にピッタリな環境だと言うことです」

すごいニッコニコでアミちゃんはそう言う。ほがらかな太陽のような笑顔だ。

「えーと、それで?」

「修行しましょう修行!」

修行って、そんな、少年漫画じゃないんだからと、文句を言おうとしたが、この異世界はけっこう過酷である。なんか女神から、桁外れの魔力値をもらったが、それでも、この異世界の強者には、私の魔力量など屁でもない怪物達が、ごろごろしている。それを考えれば、魔力のコントロールの修行的なことをしておいた方がいいのは百も承知なのだ。しかたがない。アミちゃんも鼻息荒く乗り気だし。やりますか、修行ってやつを。

「さあ、アミを捕まえてみてください」

そういうわけで、私は森の中の一本道で、アミちゃんと対峙することとなった。かくゆうアミちゃんも、この異世界において、私の魔力量をものともしない、怪物の一人である。なんといっても、転移魔法を使いこなす。何度も助けられた。味方であれば心強いのだが、敵に回せば、間違いなく、強敵になる。

「いっくよー」

私は魔力を、手に形の変形させて、アミちゃんを捕らえるために魔力の手を伸ばした。

「遅いです」

けれども、アミちゃんは転移魔法を展開し、自由自在に移動し、私の攻撃はかすることさえななかった。アミちゃんが立っていた場所の土や、木々を破壊するだけで、これでは環境破壊をしているだけである。

「ええ、どうやっても無理だよこれ」

私が、早くもギブアップした。わかってはいたが、アミちゃんの転移魔法に、私の手形の魔力では、相性が悪すぎる。お手上げである。

「そうですね、魔力をもっと変形させてみてはいかがですか?」

「変形?」

「はい、手形だけではなく、他の、そうですね、槍や剣、それに矢などにして小出しで放ってみるのはどうでしょうか?」

なるほど、武器系を魔力で造ってみるわけね。魔力に力を込めて、粘土をこねるようにして、槍に剣を作り出してみた。かなり大きめの槍と剣が、二本生成された。

「おっきいですね」

次いで、弓と矢を生成しようとしたが、うまくいかなかった。

「駄目ね、細かいのはちょっとできなさそう」

「槍と剣でも攻撃の選択肢は広がりますし、着実な進歩ですよ、あとはそうですね、盾を形成できれば、前衛の代わりになるかと」

アミちゃんは、前向きだな。そして的確なアドバイスだ。盾か、確かにその通りだ。盾で足止めできれば、戦いやすくなるぞ。

「さて、それではもう一戦いきますか」

そして、けこうスパルタだ。

そんなこんなで、私とアミちゃんの模擬戦で、ループしている森の地形がちょっと変わってしまった頃。あともう少しで、アミちゃんに一撃を入れられるところで、アミちゃんが、戦闘を停止した。なんだろう。お腹が空いたとか? 確かに私も動いたからちょっとお腹が減ってきていた。休憩して、ご飯かな?

「かおる様、なにか来ます」

なにか? 

アミちゃんは、森の道の先を見つめて、そう言う。とはいっても、この道は、どこまで行っても同じ道に戻ってきてしまう。ループの道である。いったい、なにが来るというのだろうか。あれか、新しい迷い人が来てしまったのか?

道の先に眼を凝らしていると、がしゃがしゃと、音が聞こえて来た。なんだろう。金属が擦れる音だ。

道の先から、鎧姿の騎士が一人、すでに抜剣しながら、こちらに歩んで来ている。どうやら戦意がお高めの様子なんですけど。

「アミちゃん、あれは、なに?」

「う~ん、あ、あれは人間ではないですね、生命エネルギーが見えませんし、魔力量が人間のそれではありません。ただ、こんな森の中で、あんな魔物はいないはずなんですけどね?」

なるほど、つまりは、正体不明の敵というわけだ。え、普通に嫌だな。

「まあでも、修行の成果を試す良いチャンスですよ」

前向きだなアミちゃん。わかったよ。修行も手伝ってくれたし、いっちょやりますか。

というわけで、私はででーんと、正体不明の騎士の前に立ちふさがった。あれ、これはどちらかというと私がモンスターの立場になってしまうのでは? 

まあそんなことはどうでもいいか、と、私は臨戦態勢をとり、魔力で、盾と槍を形成した。なるほど、確かに盾があると、安心感が違うぞ、これはいいものだ。

「かおる様、きますよ」

後方で、私を応援してくれているアミちゃんが、騎士が攻撃してくるタイミングを教えてくれた。騎士は、剣を両手で握りなおし、助走をつけながら、私の盾に斬りつけて来た。重厚な金属音が、森に鳴りわたる。

そこまで魔力を出力しなくとも、盾で騎士の剣を防ぎ、隙をついて槍で攻撃をいれこむ。それだけで、騎士を寄せつけることなく、安定していた。これはかなりいいぞ。一対一の戦いになら、ほとんど無敵ではなかろうか。

と、思っていたら、騎士が、盾の影に隠れて見えなくなった。あれ? どこ行った?

「かおる様ッ上です!」

アミちゃんの叫び声で、首を上に向けると、眩しいい、太陽がまぶしかった。でも、太陽の中に騎士の影がちらちらと見える。これはあれか、太陽を背にして相手の眼をくらませるというやつか。私は咄嗟に、盾と槍を解除して、巨大な両手で騎士の影を掴んだ。がっしりと、騎士を掴むことができようで。手の中で、じたばたともがいている。なんだろう、捕まえたゴキブリが暴れているみたいだ。

「アミちゃん、どうしようこれ」

「う~ん、そうですね、近くで見ると、やはり人間ではないので、ひとまず握りつぶして、動きをとめてみましょう」

え、けっこう過激なこと言うね。まあ、でも人間ではないらしいし、とりあえず、ちょっとじたばたできないぐらいにしてみようか。

手を握り、じたばたしていた騎士の躰がばきばきと、嫌な音をさせ、動かなくなった。私は、そっと、地面に騎士を放した。

すごい、関節という関節が逆方向に向いてしまっている。いや、ありはしないのだけれど、ちょっと、手に嫌な感触があった気がしてしまう。

「え、これ人間じゃないとはいえ大丈夫なの?」

「大丈夫だと思うのですが」

ピクリとも動かなくなった騎士を前に、私達は言葉を失った。なんだろう。もうさ、悪役だよね、これ、私。

と、そんな自責の念にさいなまれていると。ジジジっと、騎士の半分潰れた頭部からスピーカーのような音がした。

「あっれ~~? 五号機がやられちゃったなぁ、なんだろう……あ! 躯体がズタボロだよ、え~なんで……というか森の地形が変わってるじゃないですかぁ」

なにやら、おっとりとした女性の声が、騎士の頭部から聞こえてくる。なんだなんだ?

「あ、その声は、もしかしてネロ様ではないですか?」

「ひぇ、な、なんで私の名前を知っているんですか?」

「この魔力と、声と怯えようは、やはりネロ様ですね、間違いありません。アミですよ、魔王軍のメイドだったダークエルフのアミです、覚えていらっしゃいませんか?」

「ええー、私、人の顔覚えるの苦手なんだよなぁ」

騎士が、バキバキになった躰を捻ったり、回転させたりして、自己再生させた。え、怖いんだけど、骨折とかが何事も無かったかのように完治したんだけど。

それから、ネロの操る騎士は、恐る恐る、アミちゃんの顔を確認したが、うん~~っと悩みだしてしまった。

「駄目ですか、ネロ様は魔王城に籠り、日夜、不死の軍団を造るための、研究に没頭されていたのですが、アミのことは覚えていないのですね、よく紅茶を淹れにおじゃましたのですが」

「紅茶……覚えています、いつも、いつの間にか淹れられていた紅茶ね、あの紅茶は美味しかったよ」

どうやら、ネロは人のことを覚えておくのは苦手なようだ。それでもアミちゃんが淹れた紅茶の味は覚えているのか。たしかにあの紅茶は美味しいからな、ちょっとわかる。

「それでネロ様、私達、この森を通り抜けたいんですが、ループの魔法を解いてはくれませんか?」

「森を通り抜けたいのね、それなら、私の家によって行きなよ、アミちゃんの紅茶も飲みたいし、ね?」

お、なんだ、優しいお姉さんじゃない。野宿で疲れていたし、一休みしたいぞ。私とアミちゃんは顔を見合わせて、それならねえと、ネロのお家で一休憩することにした。

「そう言うことでしたら、おじゃまします」

「そう、それじゃあ、騎士の後について来て頂戴ねーーーー。ぐふう、これで私の傀儡が増えるわ」

え、今なんて? 先に歩きだしだ騎士の頭部から、なにやら不穏な話が聞こえたぞ。

「ねえ、アミちゃん、ネロさんのご職業はなんですか?」

「あー、ネクロマンサーですね、凄腕なんですけれども、ちょっと、暴走しやすいというか、こう、視野が狭くなるというか、あはは」

「え、魔王軍の仲間を実験台にしたりとかは?」

「えっと、何回かありましたね、厳重注意するんですけど、ほら、興味がないことは覚えないタイプといいますか、ねえ」

ねえって、まって、これは完全に実験台にされるパターンじゃないですか。嫌ですよ。たぶんあの騎士みたいなのにされるんでしょ、冗談じゃないよ!?

「それに、この森を抜けるにはネロさんの協力も必要でしょうし、昔の仲間が今どうしているのかも気になりますしね、あと、いざとなれば、紅茶に睡眠薬をいれて、眠らせちゃえば無害ですから」

お、これは、アミちゃん、過去に何回も眠らせているな。

「うーん、アミちゃんがそこまで言うなら、しょうがないか」

「えへへ、ありがとうございます。かおる様」

照れ顔のアミちゃんは可愛いなぁ。ま、こうなったらしょうがない。森を平穏に通り抜けるためでもあるし、つきあうとしますか。

森のループ道を抜けると、ひらけた小高い草原の丘に、一軒の不気味な館が建っていた。そして、館の手前には、墓標がいくつもある。ざっと百人ほどの墓標だ。遠目に見ているだけで悪寒が肌を突き刺してくる。ネロという女は、こんなところに住んでいるのか。さすがは、ネクロマンサーということか。

騎士は、館の玄関前で止まった。館の扉は、堅牢であり、その表面にほどこされた花草の彫刻は、とても美しかった。高貴な貴族が住んでいると説明されたら納得できても、とてもネクロマンサーが住んでいるとは思えないほどだ。

「ネロ様は、けっこう繊細な方ですから」

アミちゃんのアドバイスが入った。

と、館の扉が開いた。

金切り音もなく、スムーズに開いた。そして、もっさりとした髪の毛が現れた。ん? なに、髪の毛の束なんだけど。もさもさと髪の毛の束が動く。あ、かろうじて歩く足が見える。

「この子がネロ?」

「そうです、ネロ様です」

毛糸……かわいいな、おい。

「え、ネクロマンサーなんだよね」

「そうですね、ネクロマンサーですよ」

「死体を操るんんだよね」

「死体を操りますね」

この毛玉みたいな子が、今まさに、騎士を操っているとは、とても思えなかった。

「よ、ようこそ、な、中へどうぞ」

私達は、ネロに促されて、館の中へ入った。

館の中は、静寂で汚れもなかった。こう言ってはなんだか、もっとごちゃとしているものだと思っていた。

さらに館の奥へと進み、巨大なテーブルと椅子がずらりと並んだ応接室にたどり着いた。

「どうぞ、座ってください」

「あ、それじゃあ、アミは紅茶を淹れますね」

そういって、アミちゃんは紅茶を淹れだした。

ネロは、そわそわとどこか落ち着きがない。

「あ、そうだ、ネロ様、アミ達を傀儡にするのは止めてくださいね」

「え!」

びくっと、ネロの肩が跳ねる。わかりやすい子だな。

「駄目ですからね、もしそんなことしたら、めっですよ、紅茶も淹れてあげませんよ」

アミちゃんが、ネロに釘を刺す。

「えっ、え~わかったよ、傀儡にしないから、アミちゃんの紅茶をのませてよ~」

ちぇっと、本当に残念そうに舌打ちをしながら、ネロは観念したようだ。どんだけ傀儡にしたかったんだよ。怖い人すぎるよ。

「そっちのは?」

ところでさ、といったふうにネロが私を指さした。

「駄目です」

「ぶー、ちぇ、わかったよ、なにもしないよ」

ネロは、不貞腐れて、机に突っ伏した。

それから、アミちゃんの淹れた紅茶をいただいて、一息ついた。

「ふー、それにしても、ネロ様は今何をなされているんですか? 森の麓では失恋した魔女が、嘆きながら引きこもってると、噂になっていますよ」

「え、失恋? そんなのしていませんよ?」

「まあ、そうだろうとは思いましたが、それなら、なんでループの結界をはっていたんですか?」

なにやら、アミちゃんとネロの世間話になって来たぞ。と紅茶を啜りながら聞き耳を立ててみる。

「あ、そうだ、聞いてよアミちゃん。この森の先のゴダっていう国で、不死の軍団を造る仕事をしたのに、なぜかお金は支払われないし、倍になるからって300ゴールドも預けたのに、連絡が無いんです~~もう私、やってられなくって、森に引きこもってたんです」

なんか急にすごいこと言い出したぞ、あー、なるほど、このネクロマンサーは、つまり、世間知らずな馬鹿なんだ。

アミちゃんは、はあとため息をついた。

「そう言えば、魔王軍でも研究を休ませると、魔王軍の運営資金を勝手に儲け話とかに使い込んで、何度か破産しそうになりましたね、確か魔王軍の運営資金は、王国側の詐欺師に流れていて、取り返すのに苦労したんですよ」

うわ、笑えない、そこまで来るともうなにかの病気だよ。

なんだろうか、魔王軍って。ドラゴンのニドラにしたって、めんどくさがり屋を極めているし、さては、まともなまとめ役がいないとダメになっていく感じの奴らばかりなのか?

というか、不死の軍団って、さっきの騎士みたいなのがまだいるのか?

「それで、造った不死の軍団をつれてこの森でゆっくりしていたと」

「そうそう」

「ふーむ、なるほど、ということはいまお金に困っていますね?」

「うん、困っているけど?」

アミちゃんが、ちらりと此方を見た。

「それなら、ちょっと働きませんか?」

「え、なになに、お金になるならやるよ!」

「じゃあ、決まりですね」

なにかが決まったようだ。

「それで、何をするの?」

「かおる様の修行を手伝ってもらいたいのです」

「修行? なにそれ、面白そうだね」

私は、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。なんだって、修行だって? 

「え、まって、アミちゃん、私は何をさせられるのでしょうか?」

「せっかくネロ様が造られた不死の軍団があるので、修行にはもってこいかと」

あー、駄目だ、アミちゃんがすっごい笑顔で名案でしょと顔に書いてある。いやだなー、不死の軍団と修行って、え、言っておくけど私は生身だからね、死んじゃう身体だからね?

「それに、ネクロマンサーは、緻密な魔力操作を得意としますから、学ぶべきことは大いにあるかと」

アミちゃんの説明でネロが自信満々のどや顔をしていた。見えないが、身体が自信満々だった。

「あでもちょっとまってよ、私だって暇じゃないんだよ、お金だってすっからかんだし」

ネロは、わざとらしくアミちゃんに手を差しだした。

「そう来ると思っていましたよ」

アミちゃんは、転移魔法を開いて、中から片手で持てる大きさの袋を取り出し、ネロの手に置いた。ずしりと、ネロの手は重さに下へ振れた。けっこうな額がはいっていそうだ。

ネロは、袋の中を見て、これなら、いいでしょうと、快諾した。

「それではこのネロ様が修行を見てやろう!!」

ということで、私はネクロマンサーに魔法の修行をつけてもらうことになった。死ぬからね。私は不死じゃないからね?

どんな無茶ぶりをさせられるのかと身構えた。

「まずは、検査からやろうか」

「検査?」

あれ、意外とまともそうなことを言い出したぞこのネクロマンサー。

「はーい、口を開けてくださいね」

あーっと口をあけると、鉄の棒で舌をめくられた。

「次はお腹と、背中を見せてくださいね」

なにやら聴診器らしきものをお腹と背中に当てられた。

「異常なしですね」

なんだろう、これ、お医者さんの診察?

「はいはい、そうね、生命エネルギーに対して魔力量が超過していますね、このまま魔力を使い続ければ、死にますね」

ん? なんかいま不吉なことを言わなかったかこのネクロマンサー。

「え、なに、死ぬの?」

「はい、魔力過多で肉体負荷で死にますね」

んんッ! さらっというな。死ぬのかよ!?

「あー、転生者ですよね、転生者は人知を超えた能力を付与されていますが、その大多数は強大すぎる力を持て余し、最終的には自滅するか、恨みを買って民衆に殺されたりもするんですよね。ですので、まずは、そこら辺をどうにかするところからやりましょうか」

え、なに、転生者ってそんなに頻繁に死んでるの!?

「アミちゃんッ」

「大丈夫です、危なそうだったらアミも止めますから」

ね、とアミちゃんの笑顔に押し切られてしまった。

「よし、そうと決まれば、お前の魔力の使い方をよく見せてもらおう、と、この部屋では手狭だから、外へ行くぞ」

そんなわけで、私達は、体育館ぐらいの広さがある館の中庭へ出た。

「それじゃあ、模擬戦闘をしてもらう」

中庭には、騎士と魔法使いと弓兵が一体ずつ待機していた。ネクロマンサーが造った不死の軍団なのだそうだ。顔は兜やフードで見えない。ただ、腐臭のようなものは匂わないし、なんならちょっと甘い匂いがする。それに、動きも最初に出会った騎士より滑らかで無駄がない感じだ。

「それじゃ、摸擬戦闘、開始!!」

ネロの合図と共に、騎士が剣を構え、その後ろで弓兵が矢をつがえ、魔法使いが杖の先に魔力の球を造った。

「ファイトです、かおる様」

アミちゃんが応援してくれている。あんまり乗り気じゃないけど、しょうがない、やりますか。このままだと死んじゃうらしいしね。というわけで、私は魔力の盾を前面にかまえて、槍を六本、頭上に展開した。

「ふむふむ、なるほど、魔法騎士のような戦い方をすのね」

ネロがなにやら私の戦い方を分析している。なんだかちょっと恥ずかしいぞ。

お、恥ずかしがっているうちに魔法使いがなにやら大き目の火球を作り上げている。あれは嫌だな。絶対にくらいたくないぞ。熱そうだもん。そこへ弓兵が矢を連続して放ち始め、騎士が突進してきた。騎士と弓兵で魔法使いの時間稼ぎをする作戦のようだ。なんだ、すごい統制がとれている。とてもやりずらいぞ。

騎士が右から剣で攻めてくる、盾を騎士の防衛に充てる。そうすると、弓兵の矢が連続して飛んでくる。それを槍三本を回転させて叩き落とし、残りの槍、三本で騎士へ攻撃する。まずは近接戦闘ができる騎士を排除したい。槍を上から横から下から、騎士を刺すように振るった。騎士は上と横からの槍を剣の一撃でいなした。けれど、下からの槍が騎士の足に刺さった。騎士はがくりと、膝をついた。このまま頭を潰して、勝てると思ったが、左から矢が飛んで来た。騎士の頭を狙っていた槍を回転させて、矢を叩き落とした。弓兵が私の左へ移動しながら、連射してきた。と、左に意識がそれていると、騎士が私の盾の下を滑りこみながら抜けて来た。足をやったと思ったのに、そもそも不死の軍団である、痛みも感じないのだ。どうやら一芝居うたれてしまったようだ。騎士は立ち上がりながら、剣を下から上へ振り、私の下腹を狙ってきた。と同時に、左の弓兵が突進しながら、私の頭めがけて矢を4連射して来る。槍の回転が間に合わない。

「かおる様!!」

アミちゃんの声が聞こえた気がした。

私は、咄嗟に魔力で禍々しい巨大な手を造り、矢4本と一緒に、弓兵と騎士を地面に押さえつけた。あとは、魔法使いだけだ。正面へ視線を向けると、魔法使いは頭上に巨大な火球を練り上げていた。火球は直径5メートル以上はある、あれは、魔法の盾でも防げそうにないぞ。槍を飛ばしても、焼かれてお終いだろうし、手も同様だろう。魔法使いが、巨大な火球の発射姿勢に移った。しょうがない、あまり使いたくはなかったが。私は騎士と弓兵を動けないように、巨大な手で押しつぶし、地面にめり込ませた。そして、全ての魔法を解いた。盾と槍と巨大で禍々しい手の代わりに、私は、私自身を砲身にして、魔力を右の掌の先に集めた。急速に集約される魔力は、甲高い金属音を鳴らす。嫌な音だ。魔法使いの巨大な火球が私を焼き払うべく放たれた。私は真正面から、集約した魔力の塊を撃った。

火球と集約した魔力の塊が衝突しあうと、火球の真ん中に穴が開き、掻き消えて、魔法使いの肩から胸まで、ぼっかりと穿ち、魔法使いを貫通し、その後ろの館までもを破壊し、その先の荒野を削っていった。私は、集約した魔力を放ったためか、急に頭が重くなった。

「そこまで!!」

誰の声だろうか、でも、たぶん敵だろう。私は声がした方へと手を向け、再度、魔力を集約させた。二度目の魔力の集約は、一度目よりも、密度と速度が向上した。うん、これなら、いい一撃になる。私は手に集約した魔力を感じ取りながら、そう確信した。

どこか、頭がぼーっとするような気がするが、まあ、大丈夫だろう。

私は、もう一度、狙いを定めるために、目標を確認した。

ネロが、慌てふためいている。あれ、なにをそんなに慌てているのだろうか。ネロが言い出した検査じゃないか。それに、隣でアミちゃんが、なにやら涙目で叫んでいる。けれども、なにを叫んでいるのか、まったく聞こえない。あれ? 耳がどうかしたのか? なにかが、おかしいような……。まあいいか、兎も角、集約した魔力を撃ってしまおう、それから考えればいい。

「かおる様!!」

あれ、アミちゃんだ、やっぱり叫んでる、なんでだろう。

くらり、頭が重たくなって揺れた。手から集約された魔力が撃ちだされた。館の屋根が、吹き飛んでいくのがとてもゆっくりと見えた。それから、視界が霞んで、真っ暗になった。

「駄目だなこりゃ、じゃじゃ馬もいいところだぞ、なんでこんなのと旅なんかしてるんだ?」

「ネロ様! それより早くかおる様を回復させませんと!!」

「単なる魔力暴走、ベッドに寝せておけば勝手に目覚めるわよ」

「本当ですね?! 信じますからね!?」

「本当だって……。それにしても、不死の軍団もここまで破壊されると動けないか、これは改良の余地ありのようね」

なにやら、アミちゃんとネロの会話が聞こえる気がした。けれども、もう眠い……。無理、おやすみーーーー。




眼が覚めると、私はベッドの上にいた。

「見知らぬ天井だなぁ」

とりあえず、身体を起こすと、頭がくらりとして、気分が最悪だった。安酒で二日酔いになった時みたいな最悪な気分だ。

「うへぇ、きもちわるい」

周囲を見回す。誰もいない。

窓が開いていて、風がとおりぬけている。空は晴天で青空が広がっている。ぐーっと、お腹が鳴いた。急に、胃の中が空っぽ感覚がやって来た。

「おなかすいたな」

なにか食べるもの……。ネロとアミちゃんを探しますか。

ベッドを降りて、部屋を出る、長く広い廊下が左右に伸びている。さてはて、どっちに行けばいいのやら。とりあえず右の廊下を進みながら、厨房を探してみよう。なにか食い物にありつけるかもだ。

と、廊下を二部屋ぐらい歩いたところで、ネロの声が聞こえて来た。

「ぎゃーやめろ!! 掃除するな、それは必要なやつなの! 動かさないで!!」

ずいぶんと悲惨な声だった。

「必要って、これ、埃をかぶっていましたし、何年も使っていないでしょう、お掃除が進まないので処分します、嫌なら早くどこかにもっていきなさい」

「わかったから、持っていくから、動くなよ、じっとしていろよもう!!」

なにやらネロがアミちゃんに叱られて、子供のように両手いっぱいに用途不明な道具を抱えて、部屋から出て来た。

どうやら両手いっぱいの道具で前が見えていない様子だ。

「手伝おうか?」

「はぁ、私のだし、自分で運べるよ……って、誰だお前!! くっそ、前が見えない!?」

ネロは慌てたのか、足をもつれさせて、盛大に転んでしまった。両手に抱えていた道具が、ネロの上に降り注ぐのを、さすがにまずいなーっと、私は魔力の手を差し伸べて、受け止めた。

「いてててて」

「なんですか騒がしいですね」

ひょっこりとアミちゃんが掃除途中の部屋から顔を出した。

「あ、かおる様、お目覚めになられてんですね!!」

私の顔を見るなり、満面の笑みを浮かべてくれた。うれしいぞ。なにやらアミちゃんの笑顔を見たら、安心しなおしたのか、再度お腹がぐーっと鳴ってしまった。

「えへへへ、お腹空いちゃった」

「お料理作りますね」

「なんだ、アミが料理するのか、それなら私も食べるぞ」

道具に押しつぶされているネロが手を伸ばしてそう言った。

そんなわけで、私達は、食堂へ集まり、アミちゃんの作った料理を食べる。

「アミちゃん、これは、すごいの作ったね」

なにやら、レストランでのコース料理のようなスープに野菜に肉や魚と、一皿ずつ、丹精に造られた料理が運ばれてきた。

「はい、調理場がありましたから」

「美味しそうね! いただきます!!」

言うや否や、ネロはフォークで厚切りのローストビーフを刺して、ぱくりと口に放り込んだ。

「うみゃい!!」

髪の毛で見えない眼を輝かせながら、ネロはばくばくと料理を口に放り込んで、貪っていった。

「もう、もう少しゆくり食べれないものですかね」

アミちゃんは、呆れているようだが、どこか嬉しそうだ。やはり、腕を振るった料理をうまいといって食べてもらえるのはうれしいのだろう。

それから、料理を食べ終えて、私達はアミちゃんの淹れてくれた紅茶を飲みながら一息ついた。

「それでネロ、かおる様の魔力はどうでしたか?」

あ、そうそう、それだよ、私、死なないよね?

「あー、はいはい、とりあえず、最初の戦い方をしているうちは大丈夫だけど、最後の魔力放出を使うと、膨大な生命エネルギーも一緒に放出しちゃっているから、あと何回か使ったら、死ぬね」

おお、死ぬのか。

「ネロ、ということは、あの魔力放出をしなければ、大丈夫ってことです?」

アミちゃんが聞いてくれた。

「そうだね、あとは、魔力コントロールを上手にしていけば、生命エネルギーを放出せずに、魔力放出も出切る様にはなると思うけど、ま、なんにせよ、大出力をだすと、次は無いと思った方が良いね」

うう、きおつけます。

「ネロネロ、その魔力コントロールにはどんな修行が良いのでしょうか?」

「え、そうだな~、あれだ、魔力だけで将棋でも指していればコントロール値も上昇するでしょ」

なるほど、つまり、アミちゃんにやらされていた修行を継続する感じだな。

「あとは、そうだなー編み物とか、兎も角、細かい作業だね」

編み物か~、絶対うまくできないよ。



そんなわけで、私はそれからしばらく、編み物と、将棋と、家事を魔力を使って実行するという修行生活に突入したのだった。これが意外と楽しかった。細やかな魔力操作に慣れると、自分の指先を動かすかのように、魔力を使いこなすことができたのだ。

そんなある日、私がベッドで眼を覚ますと、隣に美少女が寝ていた。アミちゃんではない。別の、肌が白く、さらさらとした金色の髪の美少女だった。誰だろう、しかし美顔である、いつまでも眺めていられるぞ。

「ん……。」

私が舐めるように金髪美顔を堪能していると、邪気を感じ取ったのか、口元が苦々しそうに歪んだ。

「ロイドーーーー。いかないで……。わたしを一人にしないでよぉーーーー」

むにむにと、苦しそうな寝言を漏らしす。ロイド、それは誰だろう、知らない名前だ。金髪美顔少女は、ぽろぽろと、閉じた瞼から、大粒の涙を流した。悲しい夢を見ているのだろうか。私はそっと、頬を撫でてみた。むにゃむにゃと、涙が少なくなっていく。

「かおる様、いつまで寝ているのですか?」

と、そこへ、部屋の扉を開けて、アミちゃんが、いつまでも起きてこない私に呆れかえって、様子を見に来た。

「アミちゃん、この子、誰だろう?」

「なにをいっているんですか? ネロ様ですよ」

「え!? うそ……。」

ネロ様。え、これが? よく見ると確かに金髪の髪が足元まで伸びている。そうか、ネロはこんなに美顔だったのか……。

「ん……」

ネロは、私とアミちゃんの声で、ぱちぱちと瞼をしばたたかせ、目覚めた。

「あれ、なんで二人ともネロのベッドにいるんですか?」

「え、いやここ私の布団……」

「ネロ様は、寝ぼけて歩き回る癖があります、おおかた寝ぼけてかおる様のベッドにもぐりこんでしまったのでしょう」

「そうなのか~、ごめね~」

ネロはそういうとぽふっと、二度寝を始めた。これはおきそうにない。

「先に朝食にしましょうか」

「うん朝食にする」

アミちゃんの淹れてくれた紅茶を飲みながら、トマトサンドにベーコンサンドとなんかもちもちとしているヨーグルトを食べ。駄目だ、もう私はアミちゃん無しではこの異世界で一日ども生きてはいけない体になってしまった。とそんなことを思いながら食後の紅茶を楽しんだ。なんか紅茶ばっかり飲んでる。もう手放せなくなってしまったぞ。

ふーっと、一息ついた。それにしても、ネロはどうしてあんなに髪を伸ばしているのだろうか? 

「ねえアミちゃん」

「はい、なんですか?」

「なんでネロはあんなに髪を伸ばしているのかな? それに、不死の軍団なんて、どうして作っているの?」

「えっとですね、うーん、ちょっと本人の口から聞いてもらった方が、本人がいないのにアミの口から言うのは……」

なるほど、それなりの理由があると言うことだろう。まあ、そうだよね。

「ネロが起きてくるまで、ゆっくりしてようか」

「いえ、かおる様、魔力操作の訓練もお忘れなく」

「ぐ、さぼろうと思ったのに」

「駄目ですよ、魔力操作は完全に慣れるまでは、一日さぼると、感覚が鈍りますからね」

「わかったよ、ちゃんとやるよ」

「はい、頑張ってくださいね」

アミちゃんに監視、もとい、見守られながら、私はその日の魔力操作の訓練を始めた。訓練といっても、魔力の手で食器を洗ったり、廊下を雑巾がけで掃除したり、あとは、この世界の魔法書や魔物図鑑や歴史書なんかの本を読むときに、本のページをめくったと、日常生活をこなすだけなのだ。慣れてしまえば楽なもので、ただ、本のページをめくるのは、いまだに神経を使う作業である。

「お腹空いた……」

ネロが起きたのは、私とアミちゃんが将棋を打っている時だった。そう言えば、お腹が空いてきた頃だ。もう昼だな。

「お昼にしましょうか」

「そうだね」

というわけで、私とアミちゃんは将棋を片付けて、昼食にすることにした。

と言っても、主に調理するのはアミちゃんで、私は料理で使う食器の準備や、食材を切ったりのサポートだ。

本日の食材は川魚だ、どう料理するのかなと料理するアミちゃんを後ろから見ていると、何やら魔法を発動させ、なんやかんやで、刺身の火炙りができあがり、材料不明のソースがかけられた。と、そんな料理が数点できあがった。

「わー、美味しそうな匂いですね」

ネロがつられて、食卓に座った。

「さ、昼食にしましょうか」

「お魚、美味しそうですね」

そんなわけで、私達はアミちゃんが作った昼食をいただいた。

舌が楽しみ、お腹が満たされ。落ち着き、ちょっと昼寝に誘われながら、食後の紅茶を飲む。

「それでさ、ネロに聞きたいことがあるんだけど」

「うえ? なんだろう」

「いや、なんで不死の軍団なんて作っているんだろうって、それに、そんな美人なのに髪で顔も隠しているし、なんでだろうって」

「あー、髪ね、えとね、うーん、髪は特に意味はないかな、切らないでいたらここまで伸びちゃったってだけだから」

「眼にかかって、邪魔にならない?」

「そう言われると、邪魔かも、後でアミちゃんに切ってもらおうかな、へへへ」

ネロは、伸びた前髪をつまみながら笑う。

「あ、それでね、不死の軍団の方はね、元々は夫を生き返らせたかったの、けれど、死者の蘇生は難しくって、その過程で実現した副産物なの」

それは、なんて言えばいいのか。なんの考えもなく、聞いてしまったことを後悔した。もうちょと考えてものを話せよと自身を責めた。

「もう、戦いで死ぬ人が出なければいいのにってそう思ったの」

それは、そうだろう、誰だって、そう思う、けれども……。

「それだと、不死の軍団を雇っていなかった側は全滅しちゃわない?」

「でも、不死の軍団を所持している片方は、絶対に助かるから」

ネロの瞳は、爛々と輝いていた。それが本当に救いとなるのだと、確信している瞳。誰がネロをここまで追い詰めてしまったのだろうかと、考えてもしょうがないことが一瞬だけ、頭の回路を駆け巡り。そんなものは考えてもどうしようもないことなのだと私は思考回路を閉じた。

「そっちの方が良いよね?」

「……。うん、そうだね」

私があいまいな、肯定を返すと、ネロはにこり、と愛くるしく微笑んだ。天使のようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ