第14章 収穫と代償(7)2032年6月20日 月曜日 午前10時
◆ 2032年6月20日 月曜日 午前10時
◇ 首相官邸 総理執務室
石原慎吾総理の執務室には、厚生労働省の志茂野創平大臣、内閣府の富沢誠一郎官房副長官、そして秘書官の堀内誠一が同席していた。
「総理、社人研から最新の人口動態分析が提出されました」
志茂野が報告書を開いた。作成者は国立社会保障・人口問題研究所の片瀬朔実主任研究官。35歳の若手だが、エンカウント理論の実装で実績を上げている。
「概要を聞かせてくれ」
石原は手を組んで、志茂野を見つめた。
「はい。2032年の出生数は150万人を超える見込みとのことです。2027年の底から、顕著な回復を示しております」
富沢が補足した。「いわゆる『総理婚』世代の効果が、数値として明確に表れ始めたということですね」
「それから」志茂野がページをめくった。「片瀬研究官は、賦課方式年金への復帰可能性についても試算を行っています」
石原の眉が動いた。「ほう、どのような結論に?」
「理論上は、2065年頃に人口構造が改善し、賦課方式でも持続可能な水準に達するとのことです」志茂野は慎重に言葉を選んだ。「総理婚世代が60代前半となり、その子供である総理ベビー世代が35歳前後で出産ピークを迎え、さらにその孫世代が成長する時期。3世代の人口バランスが整う時期に相当します」
執務室に沈黙が流れた。堀内秘書官が緊張した面持ちでメモを取っている。
石原はゆっくりと首を横に振った。
「志茂野君、賦課方式は、もはや我が国の政策選択肢から消えたと考えるべきだ」
「と申しますと?」志茂野が身を乗り出した。
富沢が代わりに説明した。「総理がおっしゃりたいのは、国民感情の問題でしょう。これだけ世代間不公平が明白となり、その軛から解放された国民が、再び同じ制度を受け入れるとは考えにくい」
「その通りだ」石原は頷いた。「2030年の年金改革選挙を思い出してほしい。我々は賦課方式を『脱却すべき旧弊』として位置づけ、国民の支持を得た」
志茂野が報告書の別のページを開いた。「片瀬研究官は、1970年から2026年までの出生率低下を要因別に分解しています。各要因が合計特殊出生率をどれだけ押し下げたか、数値化されています」
「詳細を」石原が促した。
志茂野は指でグラフをなぞりながら説明した。「1970年のTFR2.13から2026年の1.20まで、0.93ポイントの低下です。このうち、教育の地位財化は1970年代はほぼゼロでしたが、1990年代から徐々に効き始め、最終的に0.15ポイント。女性の社会進出は1986年の男女雇用機会均等法から本格化し、0.25ポイントの押し下げ。晩婚化要因はこの二者に包含されています」
「そして」志茂野は指をグラフの急カーブに当てた。「賦課方式の負担は2003年から急上昇。わずか20年で0.35ポイントも押し下げました。これが最大の要因です」
富沢が付け加えた。「少子世代の連鎖効果も見逃せませんね」
「ええ、兄弟数の減少は1980年代生まれから顕著になり、2000年代生まれでは半数が一人っ子か二人兄弟。最終的に0.18ポイントの影響です」志茂野が補足した。「つまり、時代ごとに主要因は異なり、2000年代以降は複合的な要因が同時に悪化したと」
堀内秘書官が控えめに発言した。「報告書には、もう一つ重要な指摘があります。まだ数値としては固まっていませんが、2020年代に入ってからの変化です」
「何だ?」石原が促した。
「SNSによる少子化の可視化です」志茂野が引き継いだ。「子育ての大変さばかりが拡散され、幸せな家族像が見えなくなった。データには表れにくいが、心理的影響は無視できません」
石原は深く頷いた。「なるほど。2027年時点では確かに賦課方式の影響が強かった。しかし歴史的に常に主因だったわけではない」
「はい」志茂野が同意した。「しかし、政治的には…」
「分かっている」石原は手を挙げて制した。「複合的な要因を国民に説明するより、分かりやすい敵を設定する方が効果的だった。賦課方式を仮想敵とすることが、戦術上最適だったということだ」
石原は窓の外を見つめながら、小さく呟いた。
「嘘ではないが、厳密な真実でもなかったな」
富沢が苦笑した。「まあ、嘘も方便と言いますので」
「政治とは、そういうものだ」石原は振り返った。「国民に複雑な真実を理解してもらうより、単純化した物語で動いてもらう方が、結果として国を救うこともある」
堀内秘書官が控えめに発言した。「総理、片瀬研究官の報告書には、もう一点重要な指摘があります」
「何だ?」
「最近、SNS上で『反賦課思想』とでも呼ぶべき動きが顕在化しているとのことです」
富沢が眉をひそめた。「詳細は?」
堀内がタブレットを操作しながら説明した。「若年層の一部で激しい変化が起きています。彼らにとって、賦課方式は『無関係の高齢世代に一方的に奪われる制度』として絶対悪になりました。逆に個人年金口座は『自分の金は自分で積み立てる』聖域です。厚生年金の2階部分だけが辛うじて残っていますが、それも『積立』として認識されています。賦課方式の復活を提案しようものなら、SNSでは『他人の金を奪う泥棒』と罵倒される状況です」
「戦後の反戦思想に似た硬直化が起きているということか」石原は呟いた。
志茂野が懸念を示した。「これは、将来の政策選択の幅を狭める可能性があります」
石原は立ち上がり、窓際に歩いた。
「だからこそ、賦課方式は事実上、選択肢から排除されたと申し上げたのだ。一度否定された制度を復活させることは、新制度を創設するより遥かに困難だ」
富沢が提案した。「では、片瀬研究官のシミュレーションは、どのように扱いましょうか」
「記録として保管しておいてくれ」石原は振り返らずに答えた。「いつの日か、感情を超えて冷静な議論が可能となる時代が来るかもしれない。その時のために」
志茂野と富沢は顔を見合わせ、深く頷いた。データは真実を語るが、政治は感情で動く。その狭間で、日本の未来への模索は続いている。




