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第14章 収穫と代償(5)2032年6月5日 日曜日 午前11時

◆ 2032年6月5日 日曜日 午前11時


◇ 東京都世田谷区 駒沢公園


初夏の陽射しが公園の芝生を照らしている。週末の駒沢公園は家族連れで賑わっていた。


森田沙耶香(40歳)が4歳の長男の手を引き、ベビーカーに10ヶ月の次男を乗せて遊具エリアに向かう。3歳の長女は夫と一緒に砂場で遊んでいる。かつて「抵抗者」として独身税反対を訴えていた彼女も、今は3児の母親だった。長男が「ママ、すべり台!」と走り出すと、森田は疲れた足取りでその後を追った。


ベンチに座って一息ついたとき、隣に見覚えのある顔を見つけた。


西村(41歳)が膝の上に2歳の息子を乗せ、ベビーカーを揺らしている。中には生後6ヶ月の娘が眠っていた。森田が声をかけると、西村は驚いたように顔を上げた。


5年前、西村は「流される」と言って結婚を選び、森田は数ヶ月の抵抗と深い思索の末、「実装された機能を全て使い尽くす」という結論に至って2027年末に結婚した。異なる道筋を辿りながらも、結局は「総理婚」世代となった二人の、予期せぬ再会だった。


「『18歳のための人生哲学』、読みました」西村が切り出した。「ベストセラーおめでとうございます」


「ありがとう」森田は淡々と答えた。「お子さん、2人?」


「ええ」西村は苦笑した。「職場の同僚と結婚して、気づいたらこうなっていました」


「『18歳のための人生哲学』の『虚構と知りつつ全力で演じる』という章」西村が続けた。「あれを読んで、ようやく自分の選択を受け入れられた気がします」


森田も同じような表情を浮かべた。「私は婚活アプリで。IT企業の人と…まあ、条件から入って」


二人の子供たちが、砂場で一緒に遊び始めた。親同士は、ベンチで並んで座る。


「あの頃は、まさか自分が子持ちになるなんて」西村が呟いた。


「独身の尊厳とか叫んでいた私が、今では3人の母」森田は淡々と言った。「でも、これも私の選択。実装された機能を全て使い尽くすって決めたから」


西村の表情には複雑な感情が混じっていた。一方、森田の顔には迷いがなかった。


「でも」西村が続けた。「子供たちを見ていると、悪くないなと思うこともあります」


森田は首を振った。「私は違います。全て承知の上で選んだ。虚構も本能も、全部使い尽くすって」


「データ通りの行動」西村が呟いた。「僕は統計を分析していた側なのに、結局その統計の一部になった」


「私は最初は抵抗した」森田が続けた。「でも最後は、別の形で引き受けた。子宮も脳も、実装された機能は全部使う。それが私の結論」


二人のそばで、それぞれの配偶者が子供たちを見守っている。森田の夫・田村(42歳)が4歳の長男と砂遊びをし、3歳の長女が絵本を読んでいる。森田は生後10ヶ月の次男を抱いており、西村の妻が生後6ヶ月の長女をあやしている。


「でも、後戻りはできない」森田が言った。「この子たちの未来のために、今を生きるしかない」


西村は遠くを見つめた。「115万人の総理ベビー。来年小学校に入る。教室が足りない、教師が足りない。問題は山積みです」


「私たちの子供たちが大人になる頃、日本はどうなっているんでしょうね」


「分かりません」西村は正直に答えた。「ただ、少なくとも消滅は免れたかもしれない」


「それが一番大事なのかもしれない」森田が静かに言った。「子供を持って初めて分かった。私たちの親も、同じことを考えていたんだろうって。自分たちの子供が生きる時代が、少しでも良い時代になるようにって」


西村は2歳の息子を見つめた。「確かに。親になって初めて、親の気持ちが分かるというか」


森田は腕の中の次男をあやしながら続けた。「それが、どの世代も背負ってきた責任だったんですね」


二人は、それ以上何も言わなかった。ただ、子供たちが遊ぶ姿を見守っていた。かつての「抵抗者」たちは、今や次世代の「生産者」となっていた。それが皮肉なのか、必然なのか、もはや判断する意味もなかった。


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