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第14章 収穫と代償(1)2032年1月1日 元旦 午前10時

◆ 2032年1月1日 元旦 午前10時


◇ 千葉県・伊勢野家


伊勢野勝己(47歳)は、実家の賑やかな正月を迎えていた。


15歳の甥っ子が将棋盤を抱えて駆け寄ってくる。「勝己おじちゃん、今年こそ勝つから!」という声に、伊勢野は膝を叩いて応じた。弟夫婦の長男は、五年前に初勝利を挙げて以来、毎年挑戦を続けていた。


リビングには総勢14人が集まっている。両親、弟夫婦とその子供3人、妹夫婦とその子供4人、そして独身の伊勢野。ソファは当然足りず、書斎や昔の子供部屋から椅子をかき集めても追いつかない。小さい子たちは床に座り込んだり、カーペットに寝転がったり。正月らしい喧騒が、古い家を満たしていた。妹の4人目は2029年生まれ、総理談話後の「総理ベビー」の一人だった。


伊勢野が将棋盤に向かうと、甥っ子は真剣な表情で駒を並べ始めた。アマ六段の腕前は健在だが、今日は手加減するつもりだった。


母(76歳)が台所から顔を出す。お節の最後の仕上げをしながら、息子たちの様子を確認していた。「勝己だけよ、まだ独身なのは」という言葉が漏れたが、もう諦めの境地に達している。


弟の健太(44歳)が笑いながら口を挟む。兄が日本の少子化対策に携わりながら独身を貫く矛盾を、もはや家族の定番ネタとして扱っていた。


伊勢野は飛車を前に進めながら応じた。データ分析こそが自分の貢献だと、心の中で確信している。


妹の由香里(42歳)がテレビから目を離さずに言った。「でも兄ちゃんが立ち上げに関わった地域共生ステーション?きずなっていうやつ?あれ、高齢者の人たちが活き活きしてるってニュースで見たよ。いい施設みたいじゃない」


「そうだね」伊勢野は甥っ子の飛車を取りながら曖昧に答えた。高齢者支援と介護人材確保は公表されているが、若者への心理的影響という第三の効果は、ごく一部の政策立案者だけが知っている。


父(78歳)が新聞から顔を上げた。


「お前の政策のおかげで、出生数が150万人か。大したもんだ」父は新聞を畳みながら続けた。「お前自身は結婚しないが、まあいい。弟と妹が頑張って孫を7人も作ってくれたから」


その言葉には、皮肉と諦めと、わずかな理解が混じっていた。孫が7人もいれば、長男の独身も許容範囲内ということか。


「王手!」


甥っ子が叫んだ。伊勢野は苦笑した。わざと隙を作ったのだが、見事に引っかかってくれた。


「参った」


甥っ子の歓声が上がる。その横で、妹の3歳になる末っ子が伊勢野の膝に乗ってきた。2029年生まれの「総理ベビー」だ。


「おじちゃん、これなあに?」


将棋の駒を不思議そうに見つめている。


将棋の駒を握ったまま眠ってしまった姪を見つめながら、伊勢野は考えた。自分は「群衆行動モデル」に従わなかった例外。しかし、甥や姪の成長を見守ることも、一つの貢献の形かもしれない。


由香里が眠った末っ子を抱き上げながら茶化した。今年こそ誰か紹介しようか、という定番の問いかけに、伊勢野はいつものように首を振った。観察者でいい、という言葉が、彼の立ち位置を明確にしている。


それが、彼の選んだ立ち位置だった。


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