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第1章 極秘試算(8)◆ 20 最後の会議

◆ 20 最後の会議


2月22日 日曜日 午前10時 総理官邸


官邸の会議室に、静かな緊張が漂っていた。窓から差し込む朝の光が、長いテーブルに座る5人の顔を照らしている。石原総理、富沢官房副長官、山市厚労大臣、斎藤年金局長、そして藤原年金課企画官。出席者は最小限に絞られていた。


石原総理がゆっくりと顔を上げた。一人一人の顔を見渡してから、静かに、しかし力強く告げた。


「私は決めた。4月1日に、国民に"真実"を語る」


その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が凍りついたように感じられた。山市大臣の顔に驚きの色が浮かび、斎藤局長は深く息を吸い込んだ。藤原だけが、覚悟を決めた表情で総理を見つめていた


全員が息を呑んだ。4月1日。エイプリルフール。


山市大臣が声を震わせながら聞いた。


「総理、なぜその日に?」


「皮肉を込めてだ。100年安心プランという嘘を、エイプリルフールに終わらせる」


富沢が身を乗り出した。


「総理、準備期間が必要です」


「分かっている。富沢君、君に原稿を書いてもらいたい」


富沢は深く頷いた。総理の視線が藤原に向けられる。


「藤原君、君のおかげで真実を知ることができた。感謝する」


「総理...」


「でも、これから君は批判の矢面に立つことになる。覚悟はあるか?」


藤原の脳裏に、咲と葵の顔が浮かんだ。一瞬の沈黙の後、彼は答えた。


「覚悟しています」


しかし心の奥底では、恐怖が渦巻いていた。窓の外で、冬の風が官邸の木々を揺らしていた。



◆ 21 深夜の独白


2月22日 日曜日 午後11時 総理公邸 書斎


会議から13時間。書斎の明かりだけが、公邸の中で灯っていた。


石原は藤原の試算書を前に、メモ用紙に数字を走り書きしていた。年9兆の不足。一般会計から毎年補填すれば...いや、建設国債を流用...為替特会の剰余金も数兆はある。ペンが紙の上を滑る音だけが響く。財務省の顔が浮かぶ。抵抗はあろうが、年金破綻の四文字を突きつければ...


ペンが止まった。


別の紙を取り出し、一つの数字だけを大きく書いた。


TFR1.2


その数字を見つめていると、ふと言葉が漏れた。茹でガエル、と。温度をゆっくり上げれば、カエルは気づかずに茹で上がる。今の日本がまさにそれだった。


メモを細かく破りながら、先ほどの会議での自分の言葉が頭をよぎる。


破った紙片がゴミ箱に落ちていく。


窓の外、梅の枝が月光に照らされていた。まだ寒い2月の夜。石原はウイスキーのグラスを手に取った。普段は飲まない酒だが、今夜は必要だった。


琥珀色の液体に、書斎の明かりが揺れていた。



◆ エピローグ 2月22日の夜


2月22日 日曜日 午後8時 藤原家


藤原は、家族と夕食を囲んでいた。


「お父さん、最近忙しそうね」


咲が心配そうに言った。


「ああ、ちょっと重要な案件があってね」


「年金のこと?」


藤原は一瞬、言葉に詰まった。


「まあ、そうだな」


葵が聞いてきた。


「ニュースで年金の話題が多いけど、大丈夫なの?」


藤原は、娘たちの顔を見た。17歳と15歳。もう隠し事はできない年齢だ。しかし、機密は機密だ。


「難しい問題があることは確かだ。でも、お父さんたちが解決策を考えている」


美智子が言った。


「あなた、無理しないで。体を壊したら元も子もないわよ」


「分かってる」


咲が言った。


「お父さん、私たちにできることある?」


藤原は、娘の真剣な眼差しを見た。


「勉強を頑張ることだ。そして、しっかりとした大人になること」


「それだけ?」


「それが一番大事なんだ」


葵が言った。


「お父さん、何か大きなことが起きるの?」


藤原は、正直に答えた。ただし、機密に触れない範囲で。


「日本は今、大きな転換点にある。君たちの世代は、今までとは違う生き方を求められるかもしれない」


「どんな?」


「家族を大切にすること。助け合うこと。そして、真実と向き合う勇気を持つこと」


美智子が、藤原の手を握った。


「大丈夫よ。家族で支え合えば、どんなことも乗り越えられる」


藤原は、家族の温かさに包まれた。


詳細は話せない。でも、この家族がいれば、どんな困難も乗り越えられる。


窓の外を見ると、冬の星座が輝いていた。


オリオン座。冬の狩人。


藤原も、真実という獲物を追う狩人だった。


そして、あと38日で、その狩りの第一幕が終わる。


4月1日。


総理が決断を下した日。


日本が変わる日。


いや、変わらざるを得ない日。


藤原は、星空に誓った。


娘たちのために、日本の未来のために、最後まで職務を全うすると。


数字は嘘をつかない。


その真実と共に。


(第1章 完)

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