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第13章 国会の修羅場(1)2030年12月29日 日曜日 午後9時

◆ 2030年12月29日 日曜日 午後9時


◇ 厚生労働省 年金局フロア


年末の官庁街に明かりが灯る建物は珍しい。しかし厚生労働省の年金局フロアだけは、まるで平日のような慌ただしさに包まれていた。


「梶川さん、年金移行債の試算、まだですか?」


「市島さん、私的年金ファンドの運用規則、法制局との調整は?」


梶川が顔を上げた。「年金個人口座の愛称、上から『ライフマネー』で決定だそうです」


市島が苦笑する。「またですか…ネイティブの人が聞いたら首を傾げそうな…」


「でも」梶川は考え込んだ。「地方のおじいちゃん、おばあちゃんには『ライフマネー』の方が分かりやすいかも。『Go To』も結局みんな使ってましたし」


「確かに…『年金個人口座』より『ライフマネー』の方が親しみやすいですね」市島も納得した。「英語の正しさより、国民への浸透が大事か」


デスクを並べて徹夜作業を続ける官僚たちの声が飛び交う。コーヒーの空き缶が山積みされ、コンビニ弁当の空容器が散乱している。


エレベーターの扉が開いた。185センチの巨躯が現れる。


「お疲れさまです」


志茂野創平の声に、フロア全体がざわめいた。年末に大臣が差し入れを持参するなど滅多にないことだった。


両手に下げているのは高級寿司店の折り詰めと、有名珈琲店のボトルコーヒーが入った大きな紙袋。筋骨隆々とした体には不釣り合いな、心遣いの品々だった。


「年末年始返上で申し訳ない」志茂野がテーブルに荷物を置く。「せめて、美味しいものを食べてください」


秘書官が続けて入室し、さらに大きな包みを運び込んだ。「総理からもです」その包みには高級和牛の弁当と、温かいお汁粉が入っていた。「『官僚の皆さんにくれぐれもよろしく』とのことです」


梶川安奈が顔を上げた。徹夜続きで目の下にクマができている。「大臣…ありがとうございます」


市島綾人も資料から目を離す。「恐縮です。でも、1月15日の発表まで時間が」


「わかっている」志茂野は上着を脱いだ。「私も手伝う。どこから始めればいい?」



◆ 2031年1月15日 水曜日 午後4時


◇ 厚生労働省 記者会見室


報道陣が詰めかけた会見室に、緊張した空気が漂っていた。カメラが一斉に志茂野に向けられる。


「本日、国民の皆様に年金制度の抜本改革案を発表いたします」志茂野が演壇に立つ。その声には確信が宿っていた。「基礎年金の完全精算と、年金移行債による個人資産への転換です」


記者席からざわめきが起こる。


「年金積立金は既に昨年10月に枯渇し、現在は特例国債で一時的に給付を継続しています。制度の持続可能性は既に完全に失われました」志茂野の声に重みがあった。「1961年、平均寿命70代、出生率2を超える状況で設計された制度です。1975年に出生率が2を割った後も50年以上延命してきましたが、もはや万策尽きました」


経済部の記者が手を挙げた。「具体的にはどのような制度ですか?」


志茂野は資料を示した。「皆様が今まで納めた基礎年金保険料を、インフレ調整した上で年金移行債として返還します。60歳まで引き出し不可、年3%まで配当支給可能。完全に個人の資産となります。運用は私的年金ファンドで行い、安全型と成長投資型から選択可能です」


記者が手を挙げる。「厚生年金についてはどうなりますか?」


志茂野は大きく頷いた。「重要な点です。厚生年金2階部分については、出生数連動減免制度を導入します」会場がざわめく。「3人の子供を持つ世帯は保険料60%減免、4人で80%減免、5人で完全免除となります」


「それは産めよ増やせよ政策では?」女性記者が鋭く問う。


「いいえ」志茂野は冷静に答える。「選択の自由は保障されています。ただし、次世代を育てる方々への経済的支援は当然の措置です。賦課方式である以上、将来の保険料負担者を育てることは制度維持に直結します」


「配偶者の方も対象になるのでしょうか?」


「はい。夫婦共に同率の減免が適用されます。ただし本人負担分のみで、事業者負担分は変わりません。夫婦共に月収40万円の場合、5人の子供がいれば合計で月7.32万円の手取り増となります」志茂野は具体的な数字を示した。


「なお、既に年金を受給されている65歳以上の方々には、新たに年金任意減額制度を設けます。自主的に受給額を減額した場合、その1.2倍を相続税の税額控除として適用する仕組みです」


「野党からの反応についてはどのように予想されていますか?」


「大きな変化ですから、様々なご意見があるでしょう」志茂野は真剣な表情で答えた。「しかし現状維持では国民の皆様の老後を守ることができません。野党の皆様にも建設的な議論をお願いしたい」


「国民の皆様の受け止めについてはどのようにお考えでしょうか?」


「最初は戸惑いもあるでしょう。しかし冷静に検討していただければ、これが最も合理的な解決策だと理解していただけると信じています」


会見終了と同時に、ネット上が炎上し始めた。


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