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第1章 極秘試算(5)◆9 高校時代の記憶

◆ 9 高校時代の記憶


藤原の脳裏に、高校時代の記憶が蘇った。


福井県立武生高校。1996年4月。


藤原健一、16歳。高校2年生。


数学教師の田村先生が言った。


「藤原、お前は東大を目指せ」


放課後の進路指導室。窓から、越前富士と呼ばれる日野山が見えた。春の陽光に照らされた山肌が、神々しく輝いていた。


「でも、先生、うちは経済的に」


父は地方公務員、母はパート。決して裕福ではなかった。父の月給は手取りで25万円。母のパート代を足しても、世帯年収は400万円程度。東京の大学に通わせる余裕はない。


「奨学金がある。それに、東大に行けば、人生が変わる」


田村先生は、自身も東大理学部の出身だった。しかし、家庭の事情で福井に戻り、高校教師になった。


「藤原、お前には才能がある。その才能を、田舎で埋もれさせるな」


田村先生の目には、かすかな後悔の色があった。自分ができなかったことを、教え子に託そうとしているかのように。


その言葉が、藤原の人生を決めた。


毎日、朝5時に起きて勉強した。

学校が終わったら、図書館で夜9時まで勉強した。

土日も、1日12時間勉強した。


クラスメートたちは、そんな藤原を不思議そうに見ていた。


「健ちゃん、そんなに勉強して、どうするん?」


同じクラスの大塚が聞いてきた。成績は中位で、地元の福井大学を目指していた。


「東大に行く」


「東大?福井から?すごいな」


大塚の目には、尊敬と、そしてわずかな寂しさがあった。


藤原の脳裏に、中学時代の同級生の顔も浮かんだ。田中昭二。中学では一緒だったが、成績が振るわず武生工業高校へ進学した。中学の時は、よく一緒に遊んだ仲だった。


「健ちゃんは頭いいから、きっと東大行けるよ」


中学卒業の時、田中はそう言った。でも、その目は「俺たちは違う道を行くんだな」と語っていた。


あの時から、藤原と地元の友人たちとの間に、見えない壁ができた。同じ中学を卒業し、同じ町で育った仲間。でも、目指す場所が違った。


1998年3月。大学入試。


東大は不合格だった。


センター試験で失敗した。数学で、ケアレスミスをした。たった1問。でも、その1問が命取りだった。


あの時の絶望を、藤原は今も覚えている。答案用紙を見直した時、血の気が引いた。単純な計算ミス。中学生でも間違えないような問題。でも、緊張のあまり、間違えた。


父は言った。

「一浪までだ。それでダメなら、福井大学に行け」


母は言った。

「健ちゃん、無理しなくていいよ」


でも、藤原は諦めなかった。諦めたら、田村先生の期待を裏切ることになる。何より、自分自身を裏切ることになる。



◆ 10 浪人時代と東大入学


福井駅前の河合塾に通った。朝から晩まで、勉強漬けの日々。


予備校で、同じ境遇の仲間ができた。


大塚真一。武生高校の同級生。一橋大学を目指していた。

山本健太。藤島高校出身。医学部志望。

田中さゆり。武生高校の1年後輩。お茶の水女子大志望。


4人で、よく勉強した。問題を出し合い、議論し、時には愚痴を言い合った。


「なんで俺たち、こんなに頑張らなきゃいけないんだ」


ある日、大塚が言った。勉強に疲れ、目は充血していた。


「東京の私立高校の奴らは、高2で大学の内容やってるらしいぜ」


山本が言った。彼の従兄弟が、東京の進学校に通っていた。


「不公平よね」


田中さゆりが言った。彼女は、いつも冷静だった。


「でも、だからこそ頑張るんだ」


藤原が言った。


「地方出身でも、やればできるって証明するために」


その言葉に、みんなが頷いた。地方の若者たちの、小さな反乱だった。


1999年3月。


藤原は東大文科一類に合格した。

大塚は一橋大学経済学部に合格した。

山本は福井大学医学部に合格した。

田中さゆりはお茶の水女子大学文教育学部に合格した。


合格発表の日、4人で福井駅前の居酒屋で祝った。


「東京で会おうな」

「絶対、成功しようぜ」

「福井の代表として、頑張る」


あの時の熱い思いを、藤原は今も覚えている。


しかし、東大に入って、藤原は現実を知った。


クラスメートの半分以上が、首都圏の私立中高一貫校出身だった。


開成、麻布、筑駒、桜蔭、女子学院。


彼らは、すでにネットワークを持っていた。先輩、OB、情報。すべてが揃っていた。


「君、どこの高校?」


最初のクラスコンパで聞かれた。


「福井県立武生です」


「ふーん、聞いたことないな」


その一言で、藤原の居場所がないことを悟った。


しかし、藤原は諦めなかった。図書館に籠もり、本を読み漁った。先輩に教えを請い、勉強法を学んだ。議論の技術を磨くため、ディベートサークルに入った。


そして、2年生の秋、転機が訪れた。行政法のゼミで、年金制度について発表することになった。


藤原は、徹底的に調べた。日本の年金制度の歴史、現状、問題点。さらに、ドイツ、フランス、スウェーデンの制度と比較した。


そして、一つの結論に達した。


「日本の年金制度は、2040年頃に破綻する可能性が高い」


教授が言った。


「藤原君、素晴らしい分析だ。君は官僚に向いている」


その一言で、藤原の進路が決まった。


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