第8章 抵抗者たち(6)2027年8月10日 企業のLGBT施策転換
◆ 2027年8月10日 企業のLGBT施策転換
大手IT企業A社の人事部会議。
「LGBT支援の看板を下ろします」
人事部長の発表に、若手社員が恐る恐る手を挙げた。
「失礼ですが、なぜでしょうか?ダイバーシティは我が社の理念だったのでは...」
「端的に言えば、株価です」
人事部長は資料を見せた。
「2025年以降、DEIに熱心な企業ほど業績が悪い。BlackRockも方針転換。ESG投資の見直し。ビジネス的には答え合わせが済んでいます」
若手社員が食い下がった。
「でも、それは相関であって因果では...」
「株主は相関しか見ません。うちも『家族を大切にする企業』にピボットします。米国本社の指示でもあります」
別の社員が突っ込んだ。
「でも、タイミング的に総理談話の影響もあるでしょう?」
人事部長は苦笑した。
「まあ、『渡りに船』ですね。前から検討していた方針転換を、政府のお墨付きで堂々とできる。批判されても『国の方針に協力』と言える」
実際、LGBT支援の見直しは2025年頃から始まっていた。米国企業の一部が「DEI疲れ」を理由に方針転換。日本企業も徐々に追随していた。総理談話は、その流れに大義名分を与えた。
「外資系は2年前から切り替えてます。うちはむしろ、談話を待ってたくらいです」
若手社員が皮肉を込めて言った。
「カミングアウトしている社員はどうなるんですか?」
「差別はしません」人事部長は慎重に言葉を選んだ。
「ただ、昇進の評価基準に『チームビルディング能力』を追加します。家族参加型の社員イベントへの貢献度も含まれます」
「それって...」
「また、『定着可能性』も重視します。統計的に、家族持ちの離職率は独身の3分の1。これは客観的データです」
別の管理職が補足した。
「主たる家計支持者として責任感がある、という評価もあります。扶養家族の有無は、公開情報ですから」
若手社員が呟いた。
「結局、『差別じゃないけど不利』ってことですね」
会議室に、重い沈黙が流れた。訴訟リスクを回避しながら、実質的な差別を行う。企業の巧妙な仕組みが、静かに動き始めていた。
◆ 2027年8月10日 全日本独身者連合・準備会議
オンラインでの議論を経て、ついに組織化の動きが始まった。
Zoom会議には、全国から50人が参加。
「組織名は『全日本独身者連合』でどうか」
「結成大会は8月15日、終戦記念日に」
「皮肉が効いていていい」
代表には、元大手メーカー管理職の佐々木健太(42歳)が推薦された。彼は5ちゃんねるで独身税反対を訴え、注目を集めていた。
「でも、実際に人は集まるのか?」
誰もが不安を抱えていた。
◆ 2027年8月15日 全日本独身者連合の結成
終戦記念日。東京・日比谷公園の一角で、結成大会が開かれた。
事前のSNS告知、ブログでの呼びかけ、口コミ。あらゆる手段を使った。
しかし、集まったのは200人程度。独身者1000万人のうち、0.002%。
代表の佐々木が壇上に立った。
「我々は二級市民ではない」
演説は熱を帯びていたが、聴衆はまばら。
その中には、LGBTの人々も多く含まれていた。しかし、誰もそれを公言しない。カミングアウトのリスクが高すぎる。
「独身税の導入を阻止しよう」
「偽装結婚の強要を許すな」
声は上がるが、公園の広さに吸い込まれていく。
メディアの取材は、たった3社。そのうち2社は、批判的な論調で報じた。
会場の片隅で、沙耶香はメモを取っていた。
『4ヶ月の準備。ネットでの拡散。それでも200人。抵抗は可能か?いや、これは抵抗ですらない。ただの...』
ペンが止まった。
ただの、生存のための足掻きか。
隣で、山田が呟いた。
「でも、始まった。ゼロじゃなくなった」
沙褶香は山田の言葉を聞きながら、何とも言えない想いに囚われた。ゼロじゃなくなった。それが希望なのか、ただの慰めなのか。いずれにせよ、私たちはそこにしがみつくしかない。代案がないから。
◆ 2027年8月15日深夜 森田の日記
[森田沙耶香の日記より]
200人。独身者1000万人のうち、たった200人。
今日の結成大会で、佐々木代表は熱弁を振るった。
「我々は二級市民ではない」と。
「独身税を阻止しよう」と。
でも、私には分かっていた。
これは抵抗ですらない。ただの、生存のための足搔き。
「別のシステムを作ろう」——そう叫んだところで、何ができる?
歴史を見れば明らかだ。
共産主義は崩壊し、ファシズムは自滅し、原始共産制は淘汰された。
資本主義と民主主義のハイブリッド。
これが「最良」だからではなく、他が全て滅んだ末に生き残った、最も強靭なシステムだから存在している。
そして、この強靭なシステムですら、少子化という形で自壊しようとしている。
法律や人権思想が前提とする「理性的な個人」——
それは人間の本能である性淘汰やオス間競争を「無かったこと」として実装された、美しい虚構だった。
「個人の尊厳」「自己実現」「選択の自由」
これらの近代的理想を信じる社会ほど、生物学的な繁殖から遠ざかり、少子化になる。
少子化は、近代社会がその美しい理想に殉じる「緩やかな集団自殺」の症状なのかもしれない。
代案なき絶望。
この言葉が、今の私たちの状況を最も正確に表している。
でも、それでも私は書き続ける。
この矛盾と絶望を記録し続ける。
それが、私にできる唯一のことだから。
送信ボタンを押した。
記事は、瞬く間に拡散された。賛否両論。炎上。
でも、沙耶香は満足していた。
少なくとも、声を上げた。沈黙はしなかった。
◆ エピローグ:8月末の統計
厚労省の内部資料によると、8月末時点での婚姻数は、前年同期比で185%増加していた。
「総理婚」現象は、加速している。
抵抗者たちの声は、大きなうねりの中で、かき消されていく。
でも、確かに存在した。
2027年の夏、抵抗した人々が。
その記録は、歴史の片隅に、ひっそりと残されることになる。
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◆ 2027年8月20日 沙耶香の決意
自宅に戻った沙耶香は、原稿を書き始めた。
『独身者たちへ』
タイトルを打ち込む。
『我々には、まだ選択肢がある。
偽装結婚という逃げ道。
海外移住という選択。
そして、最後まで抵抗するという意地。
どれを選んでも、批判されるだろう。
でも、選ばないことも、一つの選択だ。
いや、これらは本当に「選択」なのか。偽装結婚も海外移住も抵抗も、すべては生物学的・経済的圧力からの逃避でしかない。私たちは自由意志を持っていると信じたいが、実際には、すでに決定された運命の中でもがいているだけなのかもしれない。
私は、書き続ける。
この時代の証人として。
抵抗者として。
たとえ、無意味だとしても』
沙耶香は自分の文章を読み返した。「無意味」。その言葉が胸に刺さった。抵抗は無意味かもしれない。しかし、無意味であることを知りながら抵抗することにこそ、人間の尊厳があるのかもしれない。それもまた、幻想なのだろうか。




