表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/103

第7章 総理婚ラッシュ(5)5月30日(月) 婚姻統計の衝撃

◆ 5月30日(月) 婚姻統計の衝撃


厚生労働省が、4-5月の婚姻統計を発表した。


2027年4-5月婚姻数

- 4月:8万3,821組(前年同期:3万1,205組)

- 5月:6万9,443組(前年同期:2万8,933組)

- 合計:15万3,264組(前年の2.6倍)


さらに重要なのは、妊娠報告数だった。


産婦人科初診数(妊娠確認)

- 5月:8万2,000件(前年同期:2万1,000件)


「このペースなら...」


美咲は電卓を叩いた。


2028年1月から3月にかけて、第一次総理ベビーブームが来る。



◆ 6月10日(金) 疲れ始める人々


金曜の夕方。最終の予約客が帰った後も、美咲は応接室に一人の女性を残していた。


高橋良子、33歳。椅子に深く沈み込んで、カップを両手で包むように持っている。その指先が微かに震えていた。5月に美咲の相談所で入会し、すぐに交際が始まったケースだった。


「もう、疲れました...」


良子の声は掠れていた。目の下にクマが浮かび、化粧も崩れかけている。


美咲は身を乗り出した。資料を確認する。良子は4月中旬にマッチングアプリで知り合った男性と、2週間の交際を経て5月初旬に入籍していた。


「彼とは、最初すごく話が合ったんです」


良子はカップを置き、膝の上で手を組んだ。その手が、無意識に握りしめられていく。


「総理談話の後で、お互い『もう時間がない』って。年収も安定してるし、優しそうだし、これでいいかって」


窓の外では、新宿の夜景が輝き始めていた。残業帰りのサラリーマンたちが、疲れた足取りで駅へ向かっていく。


「でも、一緒に暮らし始めたら...」


良子が顔を上げた。そこには、深い後悔が浮かんでいた。


「朝型と夜型。外食派と自炊派。貯金重視と投資重視。小さなことだけど、毎日のことだから...積み重なって」


美咲は黙って聞いていた。これが「総理婚」の影の部分。データには現れない、生活の現実。


良子の手が、お腹にそっと触れた。


「それに、私...」


言葉が詰まる。美咲には分かっていた。先週、良子から妊娠の報告を受けていたから。


「妊娠して、つわりもひどくて。でも彼は『大げさだ』って。実家の母に相談したら『我慢しなさい』って」


涙が、良子の頬を伝った。ティッシュを差し出す美咲の手も、どこか重い。


「離婚、考えてます。でも...」


「赤ちゃんのこと、ですよね」


美咲の言葉に、良子は小さく頷いた。33歳。もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれない。その思いが、彼女を縛っている。



◆ 6月20日(月) 企業の対応


「マタニティ特別手当を創設します」


大手企業が次々と発表を始めた。


トヨタ:第1子100万円、第2子200万円、第3子以降300万円

ソフトバンク:育休3年間、給与全額保証

ユニクロ:社内保育所を全店舗に設置


「企業も必死なんです」


人事コンサルタントが資料を広げた。指でグラフをなぞる。


「今回の総理婚で出産・育児の機会が激増すると読んでいます。20代30代の女性社員の2〜3割が同時期に産休・育休に入る可能性がある。だからこそ従来以上の手当を用意して、人材流出を防がないと企業が立ち行かなくなる」



◆ 6月25日(土) 最初の妊娠報告


土曜の朝、美咲が事務所でメールをチェックしていると、ドアチャイムが鳴った。


予約なしの来訪。覗き窓から見ると、見覚えのある若い女性が立っていた。4月上旬に交際を始めたカップルの一人、岩崎香織だった。その隣には、交際相手の中村健太の姿も。


「おはようございます。突然すみません」


香織の表情が、いつもと違って輝いている。健太も抑えきれない笑顔を浮かべていた。


美咲が応接室に二人を通すと、香織が両手でバッグを抱えるようにして座った。その仕草に、美咲は何かを察した。


「実は...」


健太が香織の手を取った。その優しい動作に、二人の関係の深まりを感じる。


「私、妊娠しました」


香織の声が震えていた。嬉しさと不安が入り混じった、複雑な感情。


「4月3日に交際を始めて、5月のゴールデンウィークに婚約。そして先週、検査薬で陽性が出て...昨日、病院で確認してもらいました。まだ8週目ですが」


美咲は思わず立ち上がった。椅子が後ろに軽く動く音。


「本当ですか!おめでとうございます」


しかし同時に、早すぎる展開への心配も湧いた。交際3ヶ月足らずでの妊娠。


健太の手がテーブルの上で軽く握られた。指先が小刻みに震える。


「正直、僕たちも驚いています。でも、総理談話を聞いて『いずれ結婚するなら早い方がいい』と思って交際を始めて...自然な流れだったんです」


香織が小さく頷いた。


「安定期に入ったら、両家の親に報告します。その前に、美咲さんにお礼を言いたくて」


窓から差し込む朝の光が、香織の頬を照らしていた。そこには、新しい命を宿した女性特有の、神秘的な輝きがあった。


総理婚から、総理ベビーへ。


流れは加速していた。



◆ 6月30日(木) 上半期の総括



美咲は、2027年上半期のレポートをまとめていた。


結婚相談所業界 上半期実績

- 新規登録者:87万人(前年:18万人)

- 成婚数:12万組(前年:3.2万組)

- 市場規模:1,200億円(前年:450億円)


社会の変化

- 20代後半~30代の婚活参加率が急上昇

- 30代独身者の45%が婚活中(前年:12%)

- 平均初婚年齢:男性29.8歳、女性28.2歳(1歳若返り)


しかし、問題も見え始めていた。


離婚相談の増加

- 5月:1,200件

- 6月:3,800件

- 「総理婚を後悔」がSNSでトレンド入り


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ