第7章 総理婚ラッシュ(4)午後8時 統計
◆ 午後8時 統計
一日の業務を終え、美咲はデータを集計した。
4月2日の実績
- 新規登録:146名(前週金曜日:18名)
- 交際開始:28組(前週金曜日:2組)
- 仮マッチング:63組(通常の仮マッチング率15%→43%)
- 問い合わせ:387件(電話:192件、メール:195件)
「他の相談所も似たような状況らしいわ」
由美がスマートフォンを振った。画面には速報が流れている。
「業界のLINEグループ、みんな『電話が鳴り止まない』『スタッフが足りない』って」
「すごい反響ね」
美咲が呟いた。
「あ、テレビ見て」
由美が待合室のテレビを指差した。
『緊急特番:総理談話から24時間』
画面には、世田谷区役所前からの中継が映っていた。若いリポーターが興奮気味に話している。
「こちら世田谷区役所前です。本日午後6時までの出口調査の結果、婚姻届を提出したカップルは87組。昨年同日の金曜日は23組でしたから、約3.8倍となっています」
カメラが区役所から出てきた若いカップルを捉えた。
「今日決めました。総理の言葉で背中を押されたというか...」
男性が照れくさそうに答えていた。
「でも、これって本当に良いことなのかな」
美咲は小さく呟いた。
◆ 深夜0時 佐藤美咲の帰宅
美咲は、ワンルームマンションに帰ってきた。
シャワーを浴び、ベッドに横になる。天井を見つめながら、今日一日のことを思い返した。
146人の新規登録者。28組の交際開始決定。63組の仮マッチング。
彼らは幸せになれるのだろうか?
スマートフォンでTwitterを開く。「#総理婚」のハッシュタグは、まだトレンド1位だった。
> @marriage_rush_2027
> 「今日、人生が変わった。知らない人と結婚を決めた。狂ってる?でも、みんな狂ってるなら、それが正常なのかも」
> d(´∀`*)10.2万 RT4.8万
美咲は、自分のアカウントで呟いた。
> @marriage_consultant_ms
> 「今日、146人の『決断』を見届けました。恐怖も、計算も、諦めも、でも愛もありました。正解なんてない。でも、みんな必死に生きようとしています」
投稿ボタンを押す。
すぐに「いいね」がついた。同じように眠れない人が、たくさんいるのだろう。
窓の外を見る。東京の夜景は、いつもと変わらない。
でも、その光の一つ一つの向こうで、人生を変える決断をした人々がいる。
(これが、歴史の転換点なのかもしれない)
美咲は目を閉じた。
明日も、きっと行列ができる。
◆ 4月15日(金) 二週間後の風景
佐藤美咲は、オフィスの窓から新宿の街を見下ろしていた。
二週間。たった二週間で、日本は変わった。
「美咲さん、今月の数字です」
由美が報告書を持ってきた。
ハッピーマリッジ新宿 4月前半実績
- 新規登録:827名(前年同期:142名)
- 成婚数:47組(前年同期:8組)
- 平均交際期間:5.2ヶ月(前年同期:8.7ヶ月)
「平均5.2ヶ月...」
美咲は呟いた。前年より3ヶ月以上短縮している。
「内訳を見ると興味深いんです」
由美がデータを指差した。
「既に交際中だった人たちが決断を早めたケースが8割。『もう迷ってる時間はない』って。新規マッチングの方も、初回面談から『年内に必ず結婚したい』と明確に期限を切る人が急増しています」
街を見下ろすと、いつもの新宿の風景が広がっている。ただ、結婚相談所への問い合わせが増えたせいか、街の雰囲気が少し違う。婚活の話題があちこちで聞こえてくるようになった。
◆ 4月20日(水) 婚活アプリとの提携
「新しい提携プランのご提案です」
大手マッチングアプリ「ペアーズ」の担当者が、美咲のオフィスを訪れた。
「『プロサポートプラン』です。アプリでマッチングした後、提携相談所のアドバイザーに相談できる機能を追加しました」
画面を見せられる。
「月額9,800円の追加料金で、御社のような提携相談所に月3回まで相談可能。相談所には1件あたり3,000円の紹介料をお支払いします」
美咲は興味深そうに画面を見た。
「つまり、アプリで出会った人たちが、本当に結婚すべきか迷った時に...」
「プロの目で判断してもらえる、ということです」
担当者が頷いた。
「総理談話以降、『とりあえずマッチングしたけど、本当にこの人でいいのか』という相談が急増してまして。登録者は180万人を突破しました」
◆ 5月1日(日) ゴールデンウィークの入籍ラッシュ
「今から区役所行ってきます!」
美咲のLINEに、4月3日に交際を始めた岩崎・中村カップルから写真が送られてきた。
区役所の前で、スーツ姿の二人が緊張した面持ちで写っている。
「式は来年の春になりそうです。今は会場が全然取れなくて」
香織からのメッセージが続く。
「でも、まず籍だけでも入れようって。親への挨拶も済ませました」
この日、休日窓口を開けた世田谷区役所には朝から行列ができていた。ゴールデンウィーク中に入籍しようという「総理婚カップル」たちだ。
美咲は、友人カップルの入籍報告会に参加していた。小林翔と井上さくら。美咲の大学時代の友人で、3年付き合って、総理談話をきっかけに結婚を決めた二人。
「美咲さん」
さくらが近づいてきた。
「式は来年の秋に決まりました。でも、もう待てなくて先に籍を入れちゃった」
その笑顔は、本物だった。
「総理談話で背中を押されたけど、本当は前から決めてたの。ただタイミングを逃してただけ」




