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第6章 メディアと現実(7)第5部:分断か、団結か(23:10)

○ 第5部:分断か、団結か(23:10)


議論は核心に迫っていた。


スタジオの空気が、まるで高圧電流が流れているかのように張り詰めている。カメラは7人の論客の表情を順番に映し出していく。誰もが、これから語られる言葉の重みを理解していた。


城崎が深呼吸をしてから、日本社会の根本的な問いを投げかけた。


「個人の自由と社会の存続、どちらを優先すべきでしょうか」


その問いは、まるで石を静かな湖面に投げ込んだような波紋を広げた。スタジオ内の全員が、その重みに息を呑む。照明の熱さすら忘れるほどの緊張感が漂っていた。


上原が即座に反応した。彼女の顔は紅潮し、目には戦闘的な光が宿っている。


「個人の自由に決まっています!それが近代社会の大前提です」


彼女の声は、まるで何世代にもわたって戦い取られてきた女性の権利を代弁するかのような力強さを持っていた。手にした資料が微かに震えているのは、怒りのためか、それとも使命感のためか。


三輪が静かに、しかし確固たる口調で反論する。


「その近代社会が崩壊しかけているんです」


元官僚らしい冷徹な現実認識。彼の表情には諦めと決意が混在していた。長年、少子化対策の現場で戦い、そして敗北を重ねてきた者だけが持つ、独特の疲労感が滲んでいる。


三輪が続ける。声に一層の重みが加わった。


「賦課方式の年金制度は、産んだ人の子供が産まなかった人の老後を支える。これは経済学的に見れば、究極のフリーライダー問題です」


上原が表情を強ばらせた。しかし、反射的な反論ではなく、一呼吸置いてから口を開いた。


「三輪さん、その論理は危険です。子供を持つことが社会貢献の唯一の形だと...」


「いえ、性別の問題ではありません」


三輪が冷静に遮る。


「男性でも女性でも、子を持たない選択をした人の老後を、他人の子供が支える。この構造的矛盾を、我々は70年間見て見ぬふりをしてきた」


守本が腕を組んだまま補足する。


「実際、年金の持続可能性を考えれば、子育て世帯への傾斜配分は避けられません。それを『差別』と呼ぶか『公平性の回復』と呼ぶかは...」


「それこそが分断を生むんです」


上原が机に手をついた。その動作は激しいものではなく、むしろ疲れを含んでいた。


「でも...」


彼女の声が小さくなった。


「私も理解しています。この矛盾は。ただ、解決策が『産め』という圧力だけでは...」


兼松が手を挙げた。最年少の出演者として、慎重に言葉を選びながら発言する。


「僕たちの世代、正直、もう諦めてます」


スタジオが静まり返った。


「年金はもらえない、子供は育てられない、でも税金だけは取られる。それが僕たちの現実です」


彼の声には怒りも悲しみもなく、ただ静かな諦念があった。


「だから、三輪先生の言うフリーライダー問題って、僕たちにはピンとこないんですよ。僕たちは払うだけ払って、もらえない世代なんです。乗る側じゃなくて、乗られる側。馬なんです、僕たちは」


守本が苦笑いを浮かべた。


「馬、ですか。的確な比喩ですね」


三輪も頷く。


「その通りです。だからこそ、今のシステムは持続不可能なんです。馬が倒れたら、誰も乗れなくなる」


上原の表情が複雑に変化した。彼女の世代は、まさに「乗る側」だった。その事実を、学者としての誠実さが彼女に認めさせていた。しかし同時に、彼女は女性の自立のために生涯を捧げてきた。その矛盾が、今、彼女を苦しめていた。


杉浦がノートPCを操作しながら言う。


「実際、世代間格差のデータを見ると...」


「データじゃないんです!」


兼松が珍しく声を荒らげた。


「僕たちは人間です。数字じゃない」


一瞬の沈黙の後、苦笑いを浮かべる。


「さっき自分で馬って言ったばかりですけど...でも、それくらい追い詰められてるんです」


守本が深いため息をついた。


「賦課方式は1961年、出生率2.0を超え、平均寿命が70歳未満だった時代に設計された。その前提が崩れたのは1975年。それから50年間、我々は問題を先送りし続けてきた」


三輪が補足する。


「官僚も政治家も、皆知っていた。しかし、自分の任期中だけ持てばいい、選挙で負けたくない。その繰り返しが、今夜の総理談話に繋がった」


三輪の声に苦い響きが加わった。


「正直に言えば、20年遅い。私が年金課長だった2008年に改革していれば、ここまで悪化しなかった」


「『過ちて改めざる、これを過ちという』ですね」


守本が静かに言った。


「50年間の過ちを、今夜、総理はついに認めた。しかし、認めただけでは解決しない」


上原が反論しようと口を開きかけたが、言葉が出なかった。彼女もまた、その50年間の一部であり、問題を先送りしてきた世代だった。



○ 23:10 - 田中雄太のアパート


「すごい議論になってきたね」


麻衣が真剣な顔で画面を見つめている。


「でも、本当に3人なんて...」


田中は答えずに、チャンネルを変えた。TBS。CMから明けたところだった。


「──緊急世論調査の結果です」


画面にグラフが表示される。


「総理談話への支持」

支持する:31%

支持しない:42%

わからない:27%


「でも年代別で見ると...」


アナウンサーが次のグラフを表示する。


20代:支持38%

30代:支持35%

40代:支持28%

50代:支持25%

60代以上:支持22%


「若い世代の方が支持が高い...」


麻衣が驚いた。


「私たちの世代が一番支持してるの?」


田中はNHKに戻した。


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