第6章 メディアと現実(6)第4部:海外の反応と市場の評価(22:50)
○ 第4部:海外の反応と市場の評価(22:50)
##### フランスからの視点
城崎佳央がモニターに目を向けた。
「まず海外の反応から見ていきましょう」
画面が切り替わり、パリの午後の街並みが映し出される。
「フランス在住のドラ・トーザンさんと電話がつながっています」
電話の向こうから、フランス訛りの日本語が聞こえてきた。ドラ・トーザンはフランス人ジャーナリスト。来日経験も豊富で、日仏の架け橋として両国の文化の違いを誰よりも理解している。
「ボンジュール、東京の皆さん」
ドラの声には緊急性が感じられた。普段の優雅なフランス人らしさは消え、記者としての使命感が前面に出ていた。
「こちらフランスでも、石原総理の談話が報道され始めています。ル・モンドのオンライン版の国際面に『日本、各家庭3人の出産を要請』という見出しで掲載されました。年金崩壊を認めたことが、むしろ注目されています」
上原静子が身を乗り出した。フランスは彼女にとって、女性の権利の先進国だった。
「ドラさん、フランスの人々はどう受け止めているんですか?」
電話の向こうで、ドラが慎重に言葉を選ぶ。
「談話の『3人産め』という要請については、『国家が家族計画に介入するのか』という驚きの声が上がっています」
ドラが続ける。
「フランスの記者仲間は『日本は少子化でパニックになっている』と見ています。ただ、年金崩壊を正直に認めた点は『フランスも他人事ではない』と。フランスも賦課方式の年金ですから」
電話の向こうで、誰かがフランス語で話しかける声が聞こえる。
「すみません、ちょうど同僚が...彼は『フランスなら政策の中身で議論する。感情論は二の次だ』と言っています」
ドラが続ける。
「フランスでは子ども3人は税制上も有利ですし、それが当たり前という文化があります。でも...」
上原が割って入った。
「でもフランスには充実した育児支援があるじゃないですか。日本とは条件が違いすぎます」
ドラの返答は予想外だった。
「上原先生、制度の前に価値観なんです。『子どもは社会の財産』という考え方が根付いているから、制度も後からついてきた。日本は順番が逆なのかもしれません」
その言葉に、スタジオが静まり返った。
##### 中国・アメリカからの反応
画面が切り替わる。今度は北京からの中継。天安門広場の夜景をバックに、特派員が緊張した面持ちで立っている。中国当局の監視下での中継は、言葉を選ばなければならない。
「北京から藤本です。中国のSNS・微博では『日本終了』がトレンド1位になっています」
画面に微博の投稿が次々と表示される。簡体字の嵐。翻訳テロップが追いつかない。
「日本の末路を見ろ」
「一人っ子政策の次は3人政策か」
「少子化は亡国の道」
藤本特派員が慎重に言葉を選ぶ。
「ただし、中国も笑っていられる状況ではありません。出生率は1.09まで低下。日本より深刻かもしれません」
画面に中国の人口ピラミッドが表示される。一人っ子政策の影響で、極端に歪んだ形。2030年から急速な高齢化が始まることが一目瞭然だった。
ワシントンからの中継も入る。朝の光に照らされたホワイトハウスを背景に、山田特派員が立っている。
「こちらは現地時間午前10時です。日本の総理談話は今朝5時、日本時間18時にこちらでも速報で伝えられました。CNNは『日本の人口崩壊宣言』という見出しで大きく報じ、すでに専門家の分析も始まっています。トランプ政権の関係者からは『日本の決断を注視している』とのコメントが出ています」
##### 市場の評価
守本吾郎が経済の観点から補足した。
「市場の反応を詳しく見てみましょう」
画面に複数のチャートが表示される。為替、日経平均、国債利回り、そしてCDSスプレッド。
「談話直後の18時15分、円は瞬間的に158円まで暴落しました。パニック売りです。しかし、興味深いのはその後の動きです」
守本がレーザーポインターでグラフの転換点を示す。
「19時頃には円は154円まで戻しました。理由は明確です。海外の投機筋が『日本政府がついに問題を直視した』と評価したんです」
次のチャートに切り替える。
「さらに注目すべきは日経平均先物です。シンガポール市場で談話直後に3%下落しましたが、現在は前日比プラスに転じています。PTS(私設取引システム)では、建設、介護、葬儀関連株の気配値が急騰。市場は『人口減少社会』を新たなビジネスチャンスと見ているんです」
国債のチャートを指し示す。
「10年物国債の利回りは逆に低下しました。『年金詐欺を続ける政府より、正直な政府の方が信用できる』という皮肉な結果です」
最後にCDSスプレッドのグラフ。
「日本のソブリンCDSは20ベーシスポイント縮小。デフォルトリスクが下がったと市場は判断しました。嘘をつき続ける方がリスクだったということです」
守本が眼鏡を外し、レンズを拭きながら続けた。
「市場は感情ではなく、合理性で動きます。『持続不可能な嘘』より『持続可能な真実』を選んだ。それだけのことです」
ロンドン、シンガポール、シドニー。世界中の特派員から短いリポートが次々と入る。どの国も、日本の決断を固唾を呑んで見守っていた。人口問題は、もはや日本だけの問題ではない。世界共通の課題として、各国が日本の実験を注視していた。
杉浦がノートPCの画面を見ながら言った。
「データで見ると、日本は世界で最も高齢化が進んだ国です。韓国が追い越しそうですが。我々の失敗も成功も、他国にとって貴重なケーススタディになります」
杉浦らしい冷静な分析だった。感情的な議論が飛び交う中、データという確かな基盤から離れない。それが彼女の役割だった。




