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第6章 メディアと現実(5)22:35 - 田中雄太のアパート

○ 22:35 - 田中雄太のアパート


「ちょっと待って」


麻衣がトイレに立った。田中は一人でNHKを見続けていたが、議論が難しくなってきたのでチャンネルを変える。


フジ - 「街中インタビュー特集」

テレ朝 - 「女性の本音特集」

TBS - CM中

テレ東 - 「経済分析継続」


NHKに戻す。VTRが始まっていた。


画面が切り替わる。


【18時30分 イトーヨーカドー大井町店】


夕方の買い物時間。4人の子供を連れた38歳の主婦が、手際よく半額シールの貼られた惣菜を選んでいた。


「3人産めって?うちはもう4人ですけど(笑)」


屈託のない笑顔だった。末っ子を抱っこ紐で背負い、3人の子供たちが彼女の周りをくるくる回っている。


「大変だけど楽しいですよ。お金?なんとかなります。夫が頑張ってくれるし、私は家計のやりくりのプロですから」


誇らしげに胸を張る。


「正直、働いてた時より今の方が自由です。時間も、お金の使い方も、全部私が決められる。夫は『任せた』って」


スタジオの上原静子の表情が複雑に変化した。この女性の幸せそうな顔を見て、自分の理論と現実のギャップに直面していた。学者としての誠実さが、その事実を認めることを彼女に迫っていた。


【19時 ガスト三軒茶屋店】


3人の子供とハンバーグを食べながら夫を待つ35歳の女性。子供たちは既にデザートのゼリーに突入している。


「子育ては天職だと思ってます。この子たちの成長を毎日見られるなんて、これ以上の幸せはない」


子供たちが「ママ大好き!」と抱きついてくる。


「キャリア?別に興味ないです。今はこの瞬間が大事」


杉浦がノートPCで何かを検索し始めた。「専業主婦の幸福度...」と小声でつぶやく。


三輪が静かに言った。


「上原先生、これも女性の選択ですよ」


上原は一瞬沈黙し、そして静かに言った。


「確かに...それも一つの選択です。私の理論が全ての女性に当てはまるわけではない。それは...認めざるを得ません」


会場に小さなどよめきが起きた。上原静子が自説の限界を認めたのだ。



○ VTR中 - 田中雄太の反応


「すごいな...」


田中は幸せそうな主婦たちを見て、複雑な気持ちになった。


麻衣がキッチンから戻ってきた。


「どうしたの?」


「専業主婦の人たちのインタビュー。みんな幸せそうで」


「へー」


麻衣も画面を見る。上原静子が自説の限界を認める場面だった。


「あの有名な上原先生が...」


画面がスタジオに戻る。


和久井がタブレットを見ながら報告する。


「視聴者からのメッセージ、いくつか紹介させていただきます」


画面端でディレクターが焦っている。次々と届くメッセージの9割が独身者や子なし夫婦からだ。「バランス取って」という指示に、スタッフが必死で子育て世代の声を探す。しかし22時台、その声は希少だ。寝かしつけで一緒に寝落ちした親、ようやく手に入れた一人の時間を湯船で過ごす母親、春休みで許された子供の夜更かしに付き合う父親。家族の未来を作り、それが集まって日本の未来となる。その実践の最前線にいる人々は、皮肉にも議論の最前線には声を届けられずにいた。


画面下部にテロップで表示される。


「不妊治療5年目です。総理の告白に涙が止まりません。産めない苦しみを国のトップが理解してくれている。それだけで少し救われました」(39歳女性・神奈川)


「年金が10年で破綻?払った分返してください!老後の生活設計が全部崩れました。感動話で誤魔化さないで」(52歳会社員・東京)


「3人育ててます。上の子は私立中、下2人は塾通い。月の教育費15万。これ以上は物理的に無理。総理の要請は現実を知らない」(42歳主婦・埼玉)


「上原先生の言葉に勇気をもらいました。女性の選択の自由は絶対に守られるべき」(28歳会社員・大阪)


「守本教授が年収の15%を独身税として自主納付していると聞きました。その覚悟には頭が下がります」(45歳独身男性・福岡)


「杉浦先生のデータ分析、冷静で良かった。感情論ではなく数字で議論すべき」(31歳エンジニア・京都)


「子供4人、専業主婦です。大変だけど幸せ。みんなも産んでみたら意外と何とかなりますよ!」(36歳主婦・千葉)


「兼松さんの言葉が響きます。若者支援NPOの存在、初めて知りました。同世代として共感」(29歳派遣社員・愛知)


「なぜ私の子供たちが、子供を持たなかった人の老後を支えなきゃいけないの?うちは3人育てて大変なのに、独身貴族の年金まで負担するなんて不公平」(38歳パート主婦・岐阜)


メッセージは次々と流れ続ける。しかしスタッフの選別にもかかわらず、年金破綻への怒りと不安が大半を占めていた。


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