第4章:記者会見という戦場(11)第6部 終幕へ(午後10時30分〜11時07分)
◆ 第6部 終幕へ(午後10時30分〜11時07分)
◇ 6-1 記者たちの最後の抵抗(10時30分)
「申し訳ございませんが、そろそろ時間が...」
塩田が終了を告げようとした。
「まだだ!」「続けろ!」「逃げるのか!」
記者たちから怒号が飛んだ。4時間経っても、まだ聞きたいことは山ほどある。
「あと30分だけ続けさせていただきます」
塩田が妥協した。
◇ 6-2 世代間対立の懸念(10時40分)
若手記者が手を挙げた。
「26歳の記者です。総理の談話は、世代間の対立を煽りませんか。『老人が若者を搾取している』という」
石原の表情が曇った。
「対立ではなく、協力が必要です」
「でも現実に...」
「現実に、今の高齢者の方々も、ある意味では制度設計の問題に巻き込まれた面があります」
「総理、『100年安心』を推進してきたのは与党ではないですか」
石原は一瞬、言葉に詰まった。
「...その通りです。私も含め、政治の側が現実から目を背け、楽観的な見通しを示し続けてきた責任があります」
──ようやく本音が出た、と記者たちは感じた。
「だからこそ、これ以上の先送りはできないと判断したのです。世代間の対立ではなく、全世代で痛みを分かち合う必要があると考えております」
◇ 6-3 最後の政治的質問(10時48分)
共同通信の記者が手を挙げた。
「総理、この談話で政権は持ちますか。選挙があれば惨敗では?」
石原は苦笑いを浮かべた。40年の政治人生で幾度となく経験してきた厳しい現実を受け入れる表情だった。
「政治的な判断としては、おそらく厳しい評価をいただくことになるでしょう」
「では、なぜ?」
「この困難な現実について、政治に携わる者として、国民の皆様にお伝えする責務があると判断したためです」
石原は立ち上がった。
「政治家としての使命は、難しい現実であっても、国民に真実をお伝えし、国家の将来のために必要な判断を下すことだと考えております。たとえ政治的なリスクが伴うとしても、その責任を果たさなければならないと理解しております」
◇ 6-4 外国メディアの最終評価(10時55分)
BBCのサラ・チェンが最後の質問をした。長時間の会見で疲労しているが、ジャーナリストとしての使命感が彼女を支えている。
「BBCのチェンです。総理、最後に一つ。歴史はこの日を、この談話をどのように評価すると思われますか。50年後、100年後の日本人は、今日のあなたの決断をどう見るでしょうか」
石原は少し考えた。
「私は現時点で入手可能な情報と、国民の将来を考慮し、最善と信じる選択をしました。その評価は、後世の歴史家に委ねたいと思います」
「総理ご自身の思いは?」
「政治家の役割は、困難な決断を下すことです。それが正しかったかどうかは、時間が証明してくれるでしょう」
◇ 6-5 日経新聞の最後の問い(11時00分)
「最後に一問だけ」
塩田が告げた。
日経新聞の渡辺が立った。
「日本経済新聞の渡辺です。総理、最後に一つだけ」
渡辺は、ゆっくりと問いかけた。
「本当に、これしか道はないのですか?」
静寂。
250人の記者たちが、総理の答えを待っている。
石原は立ち上がった。そして、カメラを真っ直ぐ見つめた。全国民に語りかけるように。
「ありません」
石原は超然と言い切った。
「これまでの政権は『優しい』政策を掲げてきました。しかし、それは優しさを装って、現実の数字から目を背けることでした。パニックを恐れ、真実を隠し、問題を先送りしてきた」
石原の声に、静かな怒りが宿った。
「私は40年の政治人生の最後に、そのような欺瞞に加担することを拒否します。現実とかけ離れた見通しをお示しするわけにはまいりません。それこそが国民への最大の裏切りです」
石原は背筋を伸ばした。
「困難であっても事実をお伝えすること。それが私の考える、政治家としての矜持です」
石原は、魂の底から搾り出すような深い息を吸い込んだ。
「国民の皆様。一日でも早く行動すれば、それだけ傷は浅くて済みます。コロナ禍で見せたあの団結、あの底力をもう一度」
深く一礼した。30秒近く続く礼だった。厳しい現実を突きつけたことへの痛み、そして国民への最後の敬意が込められていた。
◆ 終章 戦場の後(午後11時07分〜)
◇ 会見終了
「以上をもちまして、記者会見を終了いたします」
塩田の声が響いた。11時7分。4時間37分に及ぶ、戦後最長の総理記者会見が終わった。
石原が退場しても、記者たちの怒号は止まなかった。
「これで終わりかよ!」
「まだ聞くことがある!」
「逃げるな!」
石原は振り返らなかった。その背中は疲労で曲がっていた。
◇ 会見後(11時10分)
廊下を歩く石原がよろめいた。SPが支えようとしたが、彼は弱々しく手を振って制した。その顔は10歳老けて見えた。
会見室では、記者たちがそれぞれの思いを抱えて残っていた。NHKの山田は「歴史的だ」と呟き、朝日の田中は怒りで震え、産経の佐藤は複雑な表情を浮かべていた。水田真理はまだ涙を拭い、25歳の佐々木まゆみは自分の将来を思って呆然としていた。
◇ SNSの爆発(11時20分)
Xでは、すでに100万を超えるツイートが飛び交っていた。
#総理談話
#産めよ増やせよ令和版
#産む機械じゃない
#日本終了
#いや日本始まった
意見は、完全に二分されていた。
◇ 石原の独白(深夜0時)
深夜0時を回った官邸。総理執務室の明かりは消えない。
石原は一人、窓の外を見つめていた。官邸前には数千人のデモ隊が集まっている。
「産む機械じゃない!」
「総理は辞めろ!」
しかし、別の一角では。
「総理を支持する!」
「真実を語ってくれた!」
社会の分断は、すでに始まっていた。
電話が鳴った。妻からだった。
妻の震える声があの事故のことに触れた。全国放送で話したこと、二人が失ったもの、それでも前を向いて生きてきたこと。石原は黙って聞いていた。
「あの事故のことも、年金の真実も...よく言ったと思う。誰かが言わなければならなかったこと」
妻の言葉に、石原は静かに「ああ」と答えた。批判は覚悟の上だった。
「なら、最後まで貫いて」
電話を切った後、石原は再び窓の外を見つめた。
「私は今日、日本を壊したのか、それとも救ったのか」
執務室のテレビには、各社の速報が流れ続けていた。NHKは「総理、年金3年で枯渇認める」、朝日は「女性の尊厳踏みにじる暴言」。Xでは#総理談話が世界トレンド1位になっているという。
石原は疲れ果て、ソファで仮眠を取った。
4月2日、午前5時。
目を覚ますと、秘書が各紙を届けていた。予想通りの反応だったが、石原の目は東京新聞の川柳欄に留まった。
「嘘つきが 嘘を言わない 四月馬鹿」
石原の唇に、苦い笑みが浮かんだ。40年の政治人生への、辛辣すぎる総括がそこにあった。
窓の外を見ると、東の空が明るくなり始めていた。
4月1日は終わった。エイプリルフールは終わった。
しかし、石原が投げかけた「不都合な真実」は、これから日本を根底から変えていくことになる。
それが破滅への道なのか、再生への道なのか。
ただ一つ確かなことは、もう後戻りはできないということだった。
(第4章 完)




