第4章:記者会見という戦場(9)第4部 具体論への突入(午後9時00分〜10時00分)
◆ 第4部 具体論への突入(午後9時00分〜10時00分)
◇ 4-1 再々開(9時00分)
「それでは会見を再開いたします」
塩田の声も疲れが見える。会見開始から2時間半が経過し、記者の数はついに250人を超えた。もはや会見室は完全に定員オーバーで、消防法違反ぎりぎりの状態だった。それでもなお、廊下には入りきれない記者たちが詰めかけている。
石原が戻ってきた。先ほどより少し顔色が良い。水分補給と短い休息で、少し回復したようだ。
◇ 4-2 時事通信の具体策質問(9時02分)
時事通信の林修司(1982年生まれ、45歳)が手を挙げた。
「時事通信の林です。具体的な政策についてお聞きします。3人産むために、具体的にどんな支援をするのですか」
石原は準備していた資料を開いた。
「まず、第3子以降の子育て支援について、拡充の方向で検討を進めています。出産から教育まで、段階的な支援強化を目指したいと考えています」
会場がざわめいた。
「具体的には?」
「現在、関係省庁と協議中ですが、出産費用の助成拡大、保育料の更なる軽減、教育費負担の段階的緩和などを視野に入れています」
「財源は?」
「持続可能な財源確保については、税制全体の中で検討していく必要があります。歳出改革と合わせて、国民の皆様のご理解を得られる形を模索してまいります」
「つまり増税ですか?」
「様々な選択肢を排除せず、検討することになると思います。ただし、子育て世帯の実質的な負担が過重にならないよう、十分な配慮が必要と考えています」
◇ 4-4 フジテレビの懸念(9時10分)
フジテレビの西田美穂(1993年生まれ、34歳)が立った。
「フジテレビの西田です。総理、SNSでは既に『子なし税』『独身税』といった言葉が飛び交っています。社会の分断を助長しているのではないですか」
石原は慎重に答えた。
「そのような意図は一切ございません。多様な生き方を否定するものではありません」
「しかし、結果的に子供を持たない人への圧力になっています」
「社会全体の持続可能性という観点から、事実をお伝えしています。ただし、個々人への圧力となることは本意ではありません」
「でも、現実的にはそうなっているのでは?」
「メディアの報道やSNSでの拡散において、本来の趣旨と異なる解釈が広がっているようです。いずれにせよ、この問題から目を背けることはできない段階に来ています」
◇ 4-5 教育政策への質問(9時16分)
「読売新聞文部科学省担当の鈴木です」
鈴木太郎(1980年生まれ、47歳)が立った。長年、教育政策を追いかけてきたベテラン記者だ。
「総理、談話では『学歴にこだわらず』とありましたが、高等教育政策との整合性はどうお考えですか」
「教育の重要性は変わりません。ただし、画一的な進学競争の緩和も必要と考えます」
「しかし、知識基盤社会において、高等教育の役割は増しているのでは?」
「鈴木記者、もちろんその通りです。ただし、全員が同じタイミングで大学に行く必要があるか、という点は再考の余地があります」
「具体的には?」
「例えば、一度社会に出てから大学に戻る、あるいは働きながら学ぶ。多様な教育パスを整備することで、子育てと教育の両立も可能になると考えています」
「それは理想論では?企業の新卒一括採用慣行がある限り...」
「ご指摘の通り、産業界との調整も必要です。総合的な改革を進める必要があると認識しています」
◇ 4-8 西日本新聞の文化論(9時25分)
西日本新聞の原田美和が立った。
「西日本新聞の原田です。総理、九州では比較的出生率が高いです。なぜだと思いますか」
「様々な要因があると思います。地域コミュニティの結束、三世代同居の比率、育児支援の充実度など」
「それだけですか?」
原田は続けた。
「『男は外で働き、女は家を守る』という伝統的な性別役割分担が残っているからではないですか」
石原は一瞬、言葉を選んだ。
「ご指摘の現状は、多様な要因が複雑に関係していると承知しております」
──原田記者の指摘は正しい。伝統的な家族観が出生率を支えている面は確かにある。しかし、ここでその価値観を肯定すれば、さらなる対立を招く。国民もいずれ理解するだろうが、今この場で新たな火種を作るわけにはいかない──
石原の内心の葛藤を、鋭い記者たちは感じ取っていた。
「つまり、否定はしないということですね」
原田は追及の手を緩めなかった。
「地域ごとの文化的背景を一概に評価することは適切ではないと考えます」
◇ 4-9 芸能記者の意外な質問(9時32分)
「週刊女性の芸能担当、木村と申します」
木村美穂(1989年生まれ、38歳)が立った。芸能記者の参加は異例だ。
「総理、芸能人の影響力についてどう思われますか」
意外な質問に、会場がざわついた。
「と言いますのも」
木村は続けた。
「今、若者のロールモデルは、政治家でも経営者でもなく、芸能人やインフルエンサーです」
「それは確かに、現代社会の一つの側面かと認識しております」
「例えば、人気女優の○○さんが『子供3人産みました!』とインスタに投稿すれば、影響力は総理の談話より大きいかもしれません」
会場から苦笑が漏れた。しかし、一理ある。
「政府として、芸能人やインフルエンサーと協力する考えは?」
石原は慎重に言葉を選んだ。
「そのような手法については、様々なご意見をいただくことになると認識しております」
「でも、効果的では?」
「効果の有無も含めて、関係各所と慎重に検討する必要があると考えております」
◇ 4-13 沖縄タイムスの希望(9時48分)
沖縄タイムスの比嘉健太が手を挙げた。
「沖縄タイムスの比嘉です。沖縄は出生率1.68と全国最高ですが、所得は最低です。金じゃないんじゃないですか?」
石原の表情に関心が浮かんだ。
「重要なご指摘をいただいたと認識しております」
「沖縄に学ぶべきでは?」
「沖縄における家族の絆、地域のつながり、ゆいまーるの精神といった要素は、確かに参考にすべき点があると考えております。全国的な観点から、このような価値観をどう活かしていくか、検討する必要があると認識しております」
「しかし、それは文化的価値観の問題であって、政策では...」
「文化的価値観も政策によって保護、育成できます。むしろ、それこそが政治の責務ではないでしょうか」
◇ 4-14 ベンチャー起業家の提案(9時48分)
「NewsPicks の記者をしています、元ベンチャー起業家の渡辺です」
渡辺翔(1995年生まれ、32歳)。20代でIT企業を立ち上げ、売却した経験を持つ。
「総理、テクノロジーの活用については、どうお考えですか」
「テクノロジー?」
「例えば、マッチングアプリのAI化、不妊治療の技術革新、保育のロボット化」
渡辺は、スマートフォンを操作しながら話した。
「私の会社では、AIで最適なパートナーを見つけるサービスを開発しています。成婚率は従来の3倍です」
「興味深いですね」
「政府として、こういったテクノロジーに投資する考えは?」
石原は前向きに答えた。
「積極的に支援します。少子化対策に、テクノロジーは不可欠です」
「でも、人間関係をAIに任せていいのか、という批判も...」
「AIは道具です。最終的に決めるのは人間です」
◇ 4-15 中田虎太の愛の質問(9時55分)
フリーランスの中田虎太(1969年生まれ、58歳)が、勝手に立ち上がった。
「中田虎太です!」
「また指名なしで...」
塩田が困った顔をしたが、石原が制した。
「総理、あなたは『子どもは投資』と言いました。子どもは金融商品ですか!人間を投資対象として見る、その新自由主義的な発想こそが少子化の原因でしょう!」
中田は拳を振り上げた。
「愛はどこに行ったんですか、愛は!」
石原の顔には、3時間以上に及ぶ激論の疲労が深く刻まれていた。しかし、その瞳の奥には、まだ消えない信念の炎が燃え続けている。
「愛は大切です」
「だったら...」
「しかし」
石原の声が、急に冷たくなった。
「愛情のみでは年金財政は維持できません。愛情のみでは介護制度は運営できません。愛情のみでは医療保険制度は存続できません」
会場が、まるで真冬の湖面のように凍てついた。石原の言葉は、美しい理想と厳しい現実の狭間で苦悶する政治家の、血を吐くような告白だった。
「現実を見てください。愛があっても、金がなければ、親の介護すらできない。それが現実です」
中田は反論しようとしたが、言葉が出なかった。




