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第4章:記者会見という戦場(7)第3部 短い休憩と深まる対立(午後8時30分〜9時00分)

◆ 第3部 短い休憩と深まる対立(午後8時30分〜9時00分)



◇ 3-1 二度目の休憩(8時30分)


「恐れ入りますが、ここで10分間の休憩を」


塩田がアナウンスした。会見開始から2時間が経過し、記者の数は200人を超えていた。フリーランスや雑誌記者、さらにはYouTuberやネットメディアの記者まで押し寄せ、もはや通常の記者会見の体をなしていない。塩田は増え続ける記者への対応に追われ、警備担当者と何度も協議していた。


総理は立ち上がると、少しよろめいた。2時間の集中的な質問で、相当疲労している様子だ。


控室に下がる総理の背中を、記者たちは複雑な表情で見送った。



◇ 3-2 記者たちの会話(8時35分)


休憩中、記者たちの間で激しい議論が交わされていた。


「総理、かなり追い詰められてるな」


産経の佐藤が呟いた。彼は保守系メディアの立場から、総理の苦境を半ば同情的に見ていた。


「当然でしょ。女性蔑視も甚だしい」


朝日の田中が吐き捨てるように言った。彼女のペンを握る手が、怒りで小刻みに震えている。30代後半の独身女性として、総理の発言は個人的な攻撃にすら感じられた。


「でも、言ってることは間違ってないかも」


共同通信の鈴木が小声で言った。データジャーナリストとして数字を追いかけてきた彼には、総理の提示した統計が冷酷なまでに正確だとわかっていた。


「何ですって?」


田中が振り返った。普段は冷静な彼女の目に、珍しく感情の炎が宿っている。周囲の記者たちも二人のやり取りに耳をそばだてた。


「だって、実際に計算すれば、3人必要なのは事実でしょう?」


鈴木はタブレットの画面を見せながら続けた。そこには日本の人口推計グラフが表示されている。


「事実だからって、女性に押し付けていいの?」


田中の声が会見室の片隅に響いた。近くにいた女性記者たちが、小さく頷いているのが見えた。


「押し付けてはいないと思うけど...」


鈴木の声が尻すぼみになった。理論と感情の間で、彼自身も答えを見つけられずにいた。


記者たちの間でも、意見は真っ二つに分かれていた。世代、性別、既婚未婚、子供の有無──それぞれの立場が、総理談話への評価を複雑に分断していた。


日経の宮本は会話に加わらず、iPadの画面を見つめたまま固まっていた。首筋にはまだ、あの冷たい刃物の感触が残っている。「自己成就予言」の指摘を逆手に取られ、一瞬で獲物から標的に変えられた恐怖。隣の席の記者が「宮本さん、大丈夫?」と心配そうに声をかけてきたが、曖昧に頷くだけで精一杯だった。あの老獪な政治家の罠を思い出すだけで、また汗が噴き出しそうになる。


水田真理は、一人で座っていた。まだ目が赤い。


「大丈夫?」


NHKの山田が声をかけた。


「はい...でも、不妊治療の支援拡充、本当にやってくれるでしょうか」


「『検討する』と言っただけですからね...政治家の『検討』がどれほど当てにならないか」


山田の声には皮肉が込められていた。



◇ 3-3 外国メディアの本社連絡(8時31分)


休憩が宣言されると、外国メディアの記者たちは一斉に携帯電話を取り出した。


BBCのサラ・チェンは、廊下の隅でロンドンと電話会議を始めた。

「はい、確認しました。これはエイプリルフールの冗談ではありません。総理は完全に本気です」


彼女は日本語から英語に切り替えた。

「The reaction here is extraordinary. Some people are crying, others are applauding. It's like watching society split in real-time」

(ここでの反応は異常です。泣いている人もいれば、拍手している人もいます。社会がリアルタイムで分裂していくのを見ているようです)


一方、Straits Timesのマイケル・タンは、シンガポール本社に緊急レポートを送信していた。英語でタイプする指が飛ぶように動く。


"Japan's PM just declared demographic war on declining birthrate. His solution? Tell citizens to have 3 kids or face pension collapse. Singapore's approach looks gentle by comparison. The interesting part: many Japanese seem to accept this as necessary sacrifice. Collective survival instinct kicking in."

(日本の総理が少子化に対して人口戦争を宣言。解決策は?市民に3人産むか年金崩壊かを迫る。シンガポールのアプローチが優しく見える。興味深いのは、多くの日本人がこれを必要な犠牲として受け入れているように見えることだ。集団生存本能が発動している)


ロイター通信の東京支局長ジョン・スミスは、ニューヨークとの衛星中継の準備をしていた。

「We need to go live in 10 minutes. This is bigger than we thought. Get the demographic expert on standby」

(10分後に生中継が必要だ。想像以上に大きなニュースだ。人口統計の専門家を待機させて)


韓国MBCの李記者は、ソウルの本社デスクと韓国語で激論していた。

「いいえ、誇張ではありません!本当に3人産めと言ったんです。韓国も他人事ではありません」



◇ 3-4 SNSの反応確認(8時40分)


会見室のあちこちで、スマートフォンの画面が青白く光っていた。記者たちは原稿を書く手を止め、SNSの激流に目を奪われている。


Xのトレンドは既に総理談話一色だった。「#産めよ増やせよ令和版」が異常な速度で拡散され、わずか30分で10万リポストを超えている。誰かが作った画像──石原総理の顔に「産めよ増やせよ」の文字を重ねたもの──が、皮肉と怒りを込めて共有されていく。


水田真理の涙の動画は、既に100万回再生を突破していた。コメント欄は支援と批判で炎上し、不妊治療の経験者たちが次々と自分の体験を投稿している。デジタル空間で、もう一つの会見が始まっていた。


産経の記者が画面を見て眉をひそめた。保守系の論客たちも、さすがに総理を擁護しきれないらしい。普段は政権寄りのインフルエンサーたちが、珍しく沈黙を保っている。


リアルタイムで日本が分裂していく様子が、小さな画面の中に映し出されていた。


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