第4章:記者会見という戦場(4)1-10 地方紙連合の共同質問(7時15分)
◇ 1-10 地方紙連合の共同質問(7時15分)
ここで、異例の事態が起きた。
「地方紙を代表して、共同で質問させていただきます」
声を上げたのは、信濃毎日新聞の記者、高田健二(1979年生まれ、48歳)だった。
「どうぞ」
塩田が許可すると、高田の周りに地方紙の記者たちが集まってきた。河北新報、中国新聞、四国新聞、南日本新聞...全国の地方紙から20人近い。
「私たち地方紙は、東京とは違う現実を見ています」
高田の声には、東京への対抗意識が滲んでいた。
「地方では、すでに集落が消滅しています。小学校は統廃合され、スーパーは撤退し、病院もない。そんな場所で、『子供を3人産め』と言われても...」
高田は言葉を切った。感情を抑えているのが分かる。
「私の故郷、長野県の山村では、去年、最後の子供が村を出ました。もう小学生はいません。保育園も10年前に閉鎖されました」
石原の表情が曇った。農林族として、地方の疲弊は誰よりも知っている。
「そんな場所で、どうやって子供を育てるんですか。総理は、地方を見捨てるんですか」
静寂。
地方紙の記者たちの目が、石原を射抜いている。東京のメディアとは違う、切実な怒りがそこにあった。
「見捨てません」
石原の声は小さかったが、決意がこもっていた。
「むしろ逆です。地方にこそ、子育ての希望があります」
「どういう意味ですか」
「東京の出生率は0.85。長野県は1.45。地方の方が、子供を産み育てやすい環境があるということです」
「でも、仕事がありません」
石原は一瞬、言葉を選んだ。地方紙の記者の前で本音を言うわけにはいかない。
「地方には地方の強みがあります。三世代同居、広い住宅、豊かな自然環境。これらの価値を活かしながら、地元で安定した雇用を創出する。建設、介護、農業、観光。地に足のついた産業を強化します」
「でも、若者が求める仕事は...」
「高田さん」
石原の声に、農林族として地方の現実を知り尽くした複雑な感情が滲んだ。
「地方と都市、それぞれの特性を活かした施策が必要です。地方では、インフラ整備、防災対策、次世代農業、再生可能エネルギーなど、未来を支える産業を育成し、若者が誇りを持って働ける環境を整備します。都市部では、職住近接や三世代近居への支援を強化する。画一的ではない、多様な選択肢を提供することが重要です」
石原が「リモートワーク」という言葉を意図的に避けたことに、地方紙の記者たちは気づいた。デジタル技術による地方創生という幻想を、この老政治家は信じていない。しかし、その幻想すら奪えば、地方に残されるものは何もない。希望という名の嘘を語るか、絶望という真実を告げるか。石原は前者を選んだ。
高田は食い下がった。
「それは結局、地方を諦めるということでは?」
石原は苦笑した。
「諦めてはいません。ただ、現実を直視する必要があります」
「どういう意味ですか」
「高田さん、地方創生の最大の成果は何だったと思いますか」
高田は答えに詰まった。
「それは『東京一極集中は止められなかった』という教訓です。しかし同時に、地方には地方にしかない価値があることも再認識しました」
石原は続けた。
「子育て環境、生活コスト、人間関係の濃密さ。これらは都市では決して得られない貴重な財産です。地方で生まれ育った若者が、誇りを持って地元で活躍できる。そういう持続可能な雇用環境を、着実に構築していきます」
石原は一呼吸置いた。
「もちろん、すべての若者を地元に留めることは難しい。しかし、『地元に残りたい』と願う若者が、その選択を実現できる社会を作る。それが政治の責任だと考えています」
地方紙の記者たちは複雑な表情で聞いている。美辞麗句に包まれているが、その奥に潜む現実主義を感じ取っていた。
◇ 1-11 日経新聞の経済分析(7時20分)
日本経済新聞の渡辺正樹(1975年生まれ、52歳)が立った。
「日経新聞の渡辺です。経済への影響についてお聞きします。すでに円は154円まで下落、日経平均は5%下げています。市場はパニック状態です。これについては」
渡辺の声は冷静だったが、その目は鋭い。
「市場の短期的な反応は、想定の範囲内です」
石原は慎重に言葉を選んだ。
「もちろん、市場の安定は重要です。しかし、持続不可能な楽観論を維持することによる将来的なリスクの蓄積は、より深刻な市場の混乱を招く可能性があります」
「でも、このままでは日本国債の格付けも...」
「渡辺さん」
石原は穏やかに、しかし確信を込めて言った。
「市場は最終的に、透明性と予測可能性を評価します。今回の談話は、日本政府が現実を直視し、持続可能な解決策を模索する意志を示したものです。短期的な変動はあるでしょうが、中長期的には市場の信認を得られると考えています」
「しかし、国債の買い手が...」
「日本国債の90%以上は国内で保有されています。そして日本国民は、この国の未来を信じています。私も信じています」
渡辺は沈黙した。石原の答弁は、市場の懸念を認めつつも、パニックを煽らない絶妙なバランスだった。
◇ 1-12 フリーランス記者の乱立(7時22分)
「私にも質問させろ!」
また別のフリーランス記者が立ち上がった。
「ムーブニュース・ドットコムの浅海です!」
浅海敏志(1961年生まれ、66歳)。日本のインターネットメディアの草分け的存在だ。
「総理、あなたの談話は、基本的人権の否定ではないですか」
「どういう意味でしょう」
「日本国憲法24条。婚姻は両性の合意のみに基づく。つまり、結婚も出産も、個人の自由です」
浅海は憲法の条文を暗唱した。
「それを、事実上強制するのは、憲法違反ではないですか」
石原は慎重に答えた。
「強制はしていません。選択肢を提示しているだけです」
「『産まなければ老後は地獄』が選択肢ですか」
「地獄とは申し上げておりません。選択に応じた相応の準備が必要となる、という事実を述べているだけです」
「その『事実』が、圧力になっているんです」
浅海の議論は論理的だった。さすがに長年、権力と対峙してきただけある。
このやり取りを、若い記者たちが食い入るように見つめている。憲法論議にまで発展した議論は、彼らにとって勉強でもあった。
◇ 1-13 休憩前の最後の質問(7時25分)
「恐れ入りますが、7時30分で一旦、10分間の休憩を入れさせていただきます。最後にもう一問」
塩田がアナウンスした。記者たちから不満の声が上がる。
「最後と言わず続けろ!」
「まだ1時間だぞ!」
「申し訳ございません。総理も水分補給が必要ですので...では、そちらの方」
フリーランスの岩田高士が勝手に立ち上がった。
「指名されてませんが、IWJの岩田です!」
「あの、指名を...」
「総理!」
岩田は塩田を無視して叫んだ。
「これは新自由主義の失敗を国民に転嫁する暴論ではないですか!格差を拡大し、非正規雇用を増やし、若者から希望を奪ったのは歴代民自党政権でしょう!」
会場がざわついた。岩田の独演会が始まった。
「その責任を棚上げして『子どもを産め』とは、ファシズムそのものではないですか!総理!答えてください!」
石原が手を挙げて、塩田を制した。
「お答えします」
会場が静まった。
「ご批判は甘んじて受けます。確かに、我々の政策に問題がなかったとは言いません」
岩田が勝ち誇ったような顔をした。
「しかし」
石原の声が強くなった。
「批判だけでは一人も子供は生まれません。過去の責任追及と、未来への対策は、分けて考える必要があります」
「詭弁だ!」
「詭弁ではありません。現実です」
石原は立ち上がった。
「では、10分間休憩します」




