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第4章:記者会見という戦場(2)第1部 開戦(午後6時30分〜7時30分)

◆ 第1部 開戦(午後6時30分〜7時30分)



◇ 1-1 総理入場(6時30分)


「それでは、ただいまより内閣総理大臣談話に関する記者会見を行います」


塩田の声が、マイクを通して会場に響いた。


「本日は総理ご自身にご出席いただいております。まず冒頭、総理より先ほどの談話について補足説明がございます。総理、お願いいたします」


扉が開き、石原慎吾総理が入場した。


普段の温和な表情は影を潜め、そこにあったのは十字架を背負う者の覚悟だった。1957年生まれ、70歳。かつて東大雄弁会の主将として全国制覇を果たした弁論術と、40年の政治経験で培った洞察力。農林族の重鎮として地方の現実を知り尽くし、人柄で支持を集めてきた政治家が、今夜は最も困難な真実を語ろうとしていた。雄弁会で磨き上げた論理構成力のすべてを、国民への最後の訴えに込めようとしている。


石原は演台に立つと、10秒間、記者たちを見渡した。


沈黙。


130人を超える記者たちも、息を詰めて見つめ返す。カメラのシャッター音だけが、機械的に響いている。


「国民の皆様に、誠に重大なお願いをいたしました」


石原の声は静かだったが、その底には覚悟の重さがあった。


「これが我が国の偽らざる現実であります。皆様のご質問をお受けいたします」



◇ 1-2 NHKの第一撃(6時33分)


塩田が司会を再開した。


「本日は談話の重大性に鑑み、通常の幹事社代表質問は省略し、直接質疑応答に入らせていただきます」


異例のアナウンスに、記者たちがざわめいた。質問受付の形式的な説明が続く中、記者たちの手が一斉に挙がった。130本を超える腕が天井に向かって伸び、まるで槍衾のような光景だった。


「はい、前列中央の方」


NHKの山田信二が立ち上がった。40歳のエース記者は、いつもの冷静な表情の裏に、獲物を狙う肉食獣のような鋭さを宿していた。


「NHKの山田です。単刀直入に伺います。今回の談話は事実上、社会保障制度の崩壊を認めたということですね?」


石原は一呼吸おいた。その間、会場の空気が凍りついたように静まり返った。


「『崩壊』という表現は適切ではございません」


山田の追及が始まった。「100年安心プラン」の嘘、10年での破綻、そして「詐欺」という言葉。記者たちは身を乗り出し、カメラのシャッター音が機関銃のように響いた。


石原の顔に、一瞬だけ苦渋が走った。70歳の老政治家の額に、汗がにじみ始めている。しかし、彼は雄弁会で培った技術を総動員して反撃に転じた。


「確かに、楽観的にすぎる見通しであったことは認めざるを得ません」


「楽観的、で済む問題ですか」


山田の声が会場に響く。NHKのカメラが、二人の攻防を克明に記録していた。


「過去を責めても、未来は変わりません。今、必要なのは行動です」


石原の声に力がこもった。これは単なる答弁ではなく、40年の政治人生をかけた信念の吐露だった。



◇ 1-3 朝日新聞の糾弾(6時38分)


朝日新聞の田中美咲が立ち上がった瞬間、会場の温度が変わった。35歳、東大法学部首席卒業、司法試験合格者。彼女の怒りは、すでに顔を真っ赤に染めていた。


「朝日新聞の田中です。総理の談話は女性への出産強要です。リプロダクティブ・ライツの観点から、極めて問題があります」


声が震えていた。それは怒りだけではなく、個人的な憤りも含んでいた。独身の彼女にとって、この談話は直接的な攻撃だった。


石原が深呼吸する音が、マイクを通して会場に響いた。


「ご指摘の懸念は理解いたします」


「理解では済まされません!」


田中の叫びが会場を切り裂いた。前列の記者たちが振り返り、カメラが一斉に彼女を捉えた。


田中と石原の応酬は激しさを増した。「産む機械」「柳沢大臣の失言」「生産ノルマ」。言葉が弾丸のように飛び交う中、田中の目に涙が浮かんだ。それは怒りの涙か、それとも絶望の涙か。


「『産まなければ老後は地獄』と脅しておいて、それが自由ですか?」


田中の最後の一撃に、石原の顔も紅潮した。二人の間の空気が、今にも発火しそうなほど熱を帯びていた。


「脅しではありません。予測です。数学的な現実です」


「数学?女性の人生を数学で語るんですか?」


会場が凍りついた。250人の記者たちが、息を殺してこの歴史的な対決を見守っていた。



◇ 1-4 産経新聞の直球(6時45分)


塩田が田中の激昂を制して、次の質問者を指名した。


産経新聞の佐藤隆志が立った。49歳の保守派論客は、感情論を嫌う。彼の関心は数字だけだった。


「産経新聞の佐藤です。感情論ではなく、具体的な数字をお聞きします。年金制度は正確に何年もちますか?」


石原の表情が引き締まった。ついに核心の数字を明かす時が来た。会場の記者たち全員が、ペンを構えた。


「現状の出生率1.20が続けば、年金積立金は2030年9月に枯渇します」


一瞬の静寂。そして爆発。


「3年半後ではありませんか!」


佐藤の叫びが会場に響いた。記者たちが一斉に電卓を叩き始める。カメラのフラッシュが機関銃のように光った。


「はい。正確には3年5ヶ月後です」


石原は淡々と答えた。まるで死刑宣告を読み上げる裁判官のように。


「では、何人産めば制度は維持できるのですか」


「計算上、各家庭平均3.2人」


「3.2人!?」


会場が蜂の巣を突いたような騒ぎになった。記者たちの驚愕の声、携帯電話で本社に連絡する声、「ありえない」という呟き。


「それは現実的に可能なのですか?」


佐藤も、保守派とはいえ、この数字には動揺を隠せなかった。


「フランスでは2.0、イスラエルでは2.9を維持しています。不可能ではありません」


「しかし、日本の現状では...」


「だからこそ、今日、真実をお話ししたのです」


石原の声には、断崖から飛び降りる覚悟があった。



◇ 1-5 共同通信の追及(6時52分)


共同通信の鈴木洋子(1988年生まれ、39歳)が手を挙げた。


「共同通信の鈴木です。総理、先ほど『学歴にこだわらず』とおっしゃいましたが、これは教育の放棄ではありませんか。日本の競争力はどうなるのでしょうか」


鈴木は2人の子供を持つ母親でもある。この質問には、個人的な不安も込められていた。


石原は少し考えてから答えた。


「教育を放棄するのではありません。しかし、優先順位を見直す必要があるということです」


「優先順位?」


「一人の子供に2000万円の教育投資をして大学院まで行かせるより、3人の子供を高校まで育てる方が、家族にとって、そして社会にとって、持続可能かもしれないと申し上げているのです」


「それは、階級社会への逆戻りではありませんか」


鈴木の声が鋭くなった。


「金持ちの子供だけが高等教育を受けられる社会になるということですか」


「いいえ」


石原は首を振った。


「むしろ逆です。少数の高学歴エリートより、多様な職能を持つ多くの若者が必要なのです」



◇ 1-6 週刊文春の皮肉(6時58分)


「次の方、そちらの眼鏡の方」


週刊文春の小林次郎(1985年生まれ、42歳)が立った。スクープで何人もの政治家を失脚させてきた、恐れられる記者だ。


「週刊文春の小林です。総理、単刀直入にお聞きします。これは4月1日、つまりエイプリルフールの冗談ではないのですか?」


会場に苦笑が漏れた。しかし、その笑いはすぐに消えた。


石原も一瞬、苦笑した。


「残念ながら、冗談ではありません」


石原の声が、急に老けて聞こえた。


「小林さん、私も冗談であってほしかった。しかし、これが我が国の現実です」


「なぜ今日なのですか。4月1日という日付に意味は?」


「新年度の始まりです。新しい政策方針を示すには適切な時期です。また、年度末の統計データが揃い、最新の試算が完了したタイミングでもあります」


石原は淡々と答えたが、記者たちの中には「本当にそれだけか」という疑念が残った。しかし、総理がそれ以上を語ることはなかった。


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