第4章:記者会見という戦場(1)序章 嵐の前(午後6時15分〜6時30分)
◆ 序章 嵐の前(午後6時15分〜6時30分)
午後6時15分。
首相官邸の記者会見室は、すでに戦場と化していた。あちこちで記者たちが情報交換し、携帯で本社と連絡を取り、隣同士で今夜の質問戦略を練っている。普段の会見とは明らかに違う緊張と興奮が、蜂の巣を突いたような騒がしさを生み出していた。
通常なら100人も入れば満員の会見室に、談話開始時点ですでに130人を超える記者が詰めかけていた。最前列には内閣記者会常勤19社の指定席、その後ろに臨時で増設された座席、さらに後方には立ち見の記者たち。廊下にも数十人が待機し、中の様子を窺っている。談話の衝撃が伝わるにつれ、さらに記者が駆けつけてくることは確実だった。
NHKの山田信二(1987年生まれ、40歳)は、最前列中央の指定席で、録音機器の最終チェックをしていた。政治部のエース記者として、数々の歴史的会見を取材してきたが、今日の雰囲気は明らかに異常だった。
隣の朝日新聞の席では、田中美咲(1992年生まれ、35歳)が、すでに怒りを隠そうともしない表情でノートパソコンを開いている。東大法学部を首席で卒業し、司法試験にも合格しているが、「権力の監視」を志して記者になった女性だ。
田中の唇が、かすかに動いた。
「これは戦争ね」
隣席の記者にだけ聞こえる声で呟いた。
後列では、フリーランスの記者たちが陣取っていた。Independent Web Journal(IWJ)の岩田高士(1969年生まれ、58歳)は、すでに戦闘モードだ。カメラを自前で持ち込み、YouTubeでの生配信準備を整えている。
「政府の虚偽を徹底的に検証する」
岩田の目は、獲物を狙う鷹のように鋭かった。
岩田の隣では、フリーランスの水田真理(1989年生まれ、38歳)が、緊張した面持ちで座っている。5年間の不妊治療で貯金を使い果たし、先月ついに治療を諦めたばかりだった。総理談話を聞いて、いてもたってもいられずに会見参加を申し込んだのだ。
海外メディアも集結していた。CNNの東京支局長ジェームズ・ハリソン、BBCのサラ・チェン、中国中央電視台(CCTV)の王磊記者。韓国のKBSやMBC、台湾のメディアも来ている。
「日本の少子化対策の転換点になる」
BBCのサラが同僚と英語で話している。
地方紙の記者たちも、普段の定位置とは違う場所に陣取っていた。北海道新聞の山口太一(1983年生まれ、44歳)、西日本新聞の原田美和(1990年生まれ、37歳)、沖縄タイムスの比嘉健太(1985年生まれ、42歳)。
「東京の記者とは違う視点で切り込まないと」
山口が仲間内で話している。
時計が6時25分を指した。
内閣広報官の塩田太郎(1975年生まれ、52歳)が、控室から出てきた。外務省出身のエリート官僚だが、今日ばかりは顔が青白い。手にした進行表が、微かに震えている。
「まもなく開始します。携帯電話はマナーモードに。録音・撮影は指定メディアのみでお願いします」
塩田の声に、会場の空気が一変した。記者たちが一斉にペンを構え、カメラマンがシャッターに指をかける。
そして、6時30分。
運命の記者会見が始まった。




