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第3章 談話(5)スポーツジム「ゴールドジム」新宿店

◇ スポーツジム「ゴールドジム」新宿店


ランニングマシンがずらりと並ぶフロア。それぞれのマシンに備え付けられたモニター。普段は音楽番組やスポーツ中継を流している。


30代の女性会員が、時速8キロで走りながら、画面をちらりと見た。総理の顔。字幕が流れている。


《複数の子どもを持つことをご検討いただきたい》


一瞬、リズムが乱れた。速度を6キロに落とす。汗を拭く。


隣のマシンの男性は、イヤホンで音楽を聴きながら黙々と走っている。その向こうの女性は、スマートフォンでドラマを見ている。


「まず相手を見つけないと...」小さくつぶやいた。


ウェイトトレーニングエリアでは、誰も画面を見ていない。筋肉と向き合うことに集中している。ただ、受付カウンターのスタッフが、モニターを見上げて眉をひそめていた。



◇ Twitter - 18:12


@economics_prof

「学歴にこだわらず人数を確保」

これ、文明の後退では...?

知識社会から農業社会への逆戻り


↪ @blue_collar_pride

何が後退だよ。大学出てニートやってる奴より

高卒で働いてる俺らの方が偉いだろ


↪ @economics_prof

それは極論。高等教育には意味がある


↪ @blue_collar_pride

意味があっても子供産めなきゃ国が滅ぶ


@university_student

4年間必死に勉強してきたのに...

奨学金800万どうすんの


↪ @dropout_success

俺、大学中退して起業した

年収2000万

大学は時間の無駄だった


↪ @university_student

それはあなたが優秀だっただけ


@rural_farmer

田舎じゃ普通に子供3人、4人いるよ

都会が異常なだけ


↪ @tokyo_single

田舎は娯楽がないから子作りしかすることない


↪ @rural_farmer

は?失礼すぎる

家族の絆があるんだよ


@infertility_fighter

不妊治療無償化って言うけど

精神的な苦痛は誰が補償してくれるの

3人産めって言葉に傷ついた


♡ 1.2万いいね


↪ @kind_doctor

不妊治療医です

無償化は朗報ですが、成功率は3割程度

過度な期待は禁物です


@gen_z_voice

俺たちZ世代、完全に見捨てられた

年金ないなら払いたくない


↪ @boomer_wisdom

甘えるな

俺たちの時代はもっと大変だった


↪ @gen_z_voice

あなたたちは年金もらえるじゃん

逃げ切り世代が何言ってんの



◇ 記者会見室


総理は支援策の説明に入った。記者たちが再び身を乗り出す。


「もとより、政府が責任を放棄するわけではありません。以下の緊急措置を直ちに実施いたします」


総理は一つ一つ、丁寧に読み上げ始めた。


「第一に、第3子以降の出産・育児に対する全面的な経済支援」


「第二に、多子世帯への住宅支援の抜本的拡充」


「第三に、不妊治療の完全無償化と治療枠の大幅拡大」



◇ 不妊治療クリニック(同時刻)


待合室の10組ほどの夫婦と女性たちが、一斉に顔を上げた。手にしていた雑誌を閉じ、スマートフォンの画面から目を離し、壁掛けテレビに視線を集中させる。


《不妊治療の完全無償化》


35歳の山田恵子は、震える指でLINEを開いた。3年間の治療で既に400万円。貯金は底をついていた。


「無償化...本当に?」


隣の席の42歳の女性が、苦い笑みを浮かべた。


「きっと年齢制限があるわ。35歳までとか」


恵子の指が止まった。来月で36歳。ギリギリのライン。


「でも、私たちみたいな人がいるから、若い人たちも焦るのよ」


42歳の女性は自嘲的に続けた。彼女の通院歴は7年。総額800万円。それでもやめられない。やめたら、今までの全てが無駄になる気がして。



◇ 記者会見室(続き)


「第四に、養子縁組制度の簡素化と支援強化」


「第五に、地域における相互扶助システムの構築支援」


総理は原稿から目を上げた。


「しかしながら、これらの施策をもってしても、政府にできることには限界があることを、率直に認めざるを得ません」


重い沈黙が流れた。



◇ Twitter - 18:15


@working_mom_tokyo

政府「限界がある」

いや、限界があるのはこっちだよ

保育園落ちた、学童入れない、残業でお迎え遅刻

これで3人目?無理ゲーすぎる

� 24.5K RT 8,921


@pension_calculator

計算した

現在の賦課方式だと1.2人で高齢者1人を支える場合

所得税率45%、消費税25%、社会保険料率35%

手取りがマイナスになる件

(@_@) 18.2K � 5,432 RT 12.3K


@rural_reality

地方だともう3人子供いる家庭普通だよ

ただし、ジジババ同居で共働きが前提

都会の核家族とは条件が違う

(^_^) 892 � 231



◇ Instagram - 18:16


@happy_mama_niigata

[写真:大きく膨らんだお腹に手を当て、2歳と4歳の子どもと一緒に笑顔でピース]

「総理の言ってた3人、来月クリアしまーす♡

上の子たちもお姉ちゃんになるの楽しみにしてる♡

実家の田んぼ手伝ってくれるじじばばのおかげ

#3人目妊娠中 #新潟ママ #大家族 #総理ベビー」

♡ 12,847 � 892


 コメント:

 @tokyo_mom:「羨ましい!実家のサポート最強」

 @single_lady:「そういう環境があればね...」

 @niigata_friend:「おめでとう!うちも4人目考えてる」


この瞬間から、日本中で静かな認識の変化が始まっていた。今まで「無計画」「教育費どうするの」と陰口を叩かれていた大家族が、突然「国家に貢献している」「すでにノルマを達成した勝ち組」として見られ始める。


「クリア」—— @happy_mama_niigataが何気なく使ったこの言葉が、瞬く間にSNSで拡散された。「2人目でもうすぐクリア」「あと1人でクリア」「クリア済み家族」。まるでゲームのステージのように、子どもの数が「クリアすべき目標」として認識され始める。言葉が現実を作り出す瞬間だった。


30分後には「#3人クリアチャレンジ」がトレンド入り。1時間後には、マタニティマークに「クリアまであと○人」と書き込む画像が投稿され始める。誰も強制していない。でも「クリア」という言葉が生まれた瞬間、それは達成すべきノルマに変わっていった。



◇ 記者会見室


石原総理は、談話の終盤に入った。声に一層の重みが加わる。


「国民の皆様、特に若い世代の方々に申し上げます」


若手記者たちが、緊張した面持ちで総理を見つめる。


「結婚や出産は、確かに個人の選択であり、自由であります。しかし、その選択が、将来の皆様自身の生活に直結することを、どうか真剣にお考えください」


総理は一呼吸置いた。


「子どもを持たないという選択をされた方々を批判するつもりはありません。しかし、その選択には、老後の生活設計において、相応の準備が必要となることを、ご理解いただきたいのです」


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