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第3章 談話(4)記者会見室

◇ 記者会見室


総理は間を置かずに続けた。


「これは、国家のためではありません。皆様ご自身と、皆様の家族の将来の生活を守るためであります。一人の子どもに老後の全てを託すことは、その子にとっても過重な負担となります」


NHKの山田記者が、激しくメモを取っている。


総理の声が、さらに重みを増す。


「できれば3人、あるいはそれ以上の子どもを育てることで、将来の相互扶助の基盤を、各家庭で構築していただきたいのです」



◇ ラーメン屋「一蘭」


仕切りで区切られた「味集中カウンター」。各席に設置された給水器、注文用紙、暖簾。他人の顔は見えない設計のはずが、今日は違った。


サラリーマンが替え玉を頼もうと暖簾を上げた瞬間、厨房のテレビから流れる声が聞こえた。


《できれば3人、あるいはそれ以上》


箸が空中で止まる。チャーシューをつまんだまま、固まった。麺が伸びていく。スープが冷めていく。


隣の席から、くぐもった舌打ちが聞こえた。仕切り越しに、誰かが呟く。


「3人?独身の俺に何の関係が...」


反対側から別の声。


「つーか、デート代すら厳しいのに」


見えない連帯感が、仕切りで区切られた空間に生まれていた。孤独を楽しむための店で、孤独な男たちが、同じ現実を噛みしめている。



◇ ファミリーレストラン「サイゼリヤ」


キッズドリンクバーの歓声、ミラノ風ドリアの香ばしい匂い、子どもたちの笑い声。平日夜のサイゼは、家族連れの楽園だ。


窓際の6人掛けボックス席。5人家族が夕食を取っている。8歳(小3)、6歳(小1)、4歳。子どもたちはドリンクバーで「虹色ジュース」を作るのに夢中だ。オレンジとメロンソーダとカルピスを混ぜて、新しい味の実験中。


《3人、あるいはそれ以上》


母親——ノーメイクだが健康的に日焼けした顔が活発そう——が末っ子の4歳児を見守りながら、ちらりとテレビを見た。


「うち、もうクリアしてるね」


明るく笑う。3人の子育ては確かに大変だが、この賑やかさは彼女の誇りでもある。100円のキッズドリンクバーで1時間は子どもたちが楽しめる。コスパ最高の娯楽だ。


隣のテーブルでは、老夫婦がその賑やかな家族を微笑ましく眺めている。


「いいわねぇ、活気があって」


老婦人がつぶやくと、若い母親がちょっと恥ずかしそうに会釈した。一人っ子を連れた別のテーブルの若夫婦も、5人家族の楽しそうな様子を見て、むしろ希望を感じているようだった。



◇ 高校の職員室


定期試験の採点で残業中の職員室。赤ペンの音と、ため息が時折聞こえる。職員室の隅の55インチ液晶テレビから、総理の会見が流れている。


|総理が《3人、あるいはそれ以上》と言った瞬間、20代後半の数学教師の赤ペンが止まった。答案用紙の上に、インクが滲む。


「俺の給料で3人?」


呟きは誰に向けたものでもない。隣席の50代のベテラン国語教師が、老眼鏡を外して振り返った。


「俺の時代でも2人でカツカツだったよ。でも...」


言いかけて、職員室を見回す。独身の教師が半数以上。既婚者でも子どもがいるのは3割程度。


「生徒たちには、どう説明すりゃいいんだ」


28歳の女性英語教師が、婚約指輪をいじりながら画面を見つめている。来年結婚予定。でも今、将来設計が全て揺らいでいた。



◇ 不妊治療クリニック


パステルピンクの壁紙、消毒液のかすかな匂い、静かなBGM。待合室には10組ほどの夫婦や女性が、それぞれの思いを抱えて座っている。


35歳の山田恵子は、ファイルに挿んだ検査結果を無意識に整えながら、天井の隅に設置された液晶テレビを見上げた。


《できれば3人、あるいはそれ以上》


総理の言葉が、静かな待合室に響いた。恵子の手が震えた。ファイルから、今朝の基礎体温表がすべり落ちる。


3年間、毎朝測り続けた数値。月に20万円の治療費。仕事の調整。周囲からの悪意のない「まだ?」。それでもまだ1人も。


隣に座った40代の女性が、黙ってポケットティッシュを差し出した。目を合わせない。お互いの事情を聞かない。ただ、同じ痛みを知っているだけ。


「私たちのことは...」


誰かが小さくつぶやいた言葉が、待合室に消えた。



◇ 記者会見場(同時刻)


水田真理記者は、総理の「3人以上」という言葉を聞きながら、複雑な表情を浮かべていた。自分自身の不妊治療の記憶が蘇る。でも今は、記者としてここにいる。個人の感情は押し殺して、ペンを走らせる。



◇ Twitter - 18:10


@dr_yamada_obgyn

3人以上って...私の患者さんの半数が不妊治療中で、1人目もまだなんですが

高度生殖医療への保険適用を拡充する方が先では?

d(´∀`*) 1,892 RT 342 ♡ 5,231


@game_dev_taro

ちょwww総理www

まずはソシャゲのガチャ確率上げてくれwww

現実の婚活の方が課金エグいwww

(≧▽≦) 12.3K RT 3,892


@30s_single_tokyo

マッチングアプリで200いいねしても

デートまでいくの5人

付き合うまでいくの1人

そもそも結婚が難しいんですが??

(T_T) 15.2K RT 4,231 ♡ 28.9K


@mama_3kids_life

3人育ててますが、正直ギリギリです

保育園の送迎だけで1日2時間

でも兄弟で助け合う姿を見ると幸せです

(⌒‿⌒) 8,921 RT 1,203 ❤ 15.2K


↪ @single_dad_tokyo

うちも2人だけど、シングルファザーでも

何とかやれてますよ

周りのサポートがあれば


@large_family

うち4人いるけど、やっと評価される時代が来た

今まで「無計画」って言われ続けてきたから


↪ @childless_by_choice

評価って何?産んだら偉いの?


↪ @large_family

偉いとかじゃなくて、社会貢献でしょ

あなたの年金、誰が払うの?


↪ @childless_by_choice

は?私も税金払ってるけど?


@feminist_activist

これ完全に女性を子産みマシン扱い

令和にもなって何言ってんの

#総理辞めろ #リプロダクティブライツ


↪ @conservative_man

現実見ろよ

子供いなきゃ国が滅ぶ


↪ @feminist_activist

だから女に産めって?

男は何するの?


↪ @conservative_man

働いて稼ぐ


↪ @working_mother

は?私も働いてるけど?

育児も仕事も全部女がやれと?



◇ 記者会見室


石原総理は次の章に進んだ。記者たちは、まだ「3人以上」という言葉の衝撃から立ち直れずにいる。


「ここで重要なことを申し上げます。従来、我々は『少数精鋭』という考え方のもと、一人一人の子どもに多額の教育投資を行うことを是としてまいりました。しかし、現下の状況においては、この価値観を見直す時期に来ているのかもしれません」


文部科学省担当の記者が、激しくメモを取り始めた。


「高等教育にこだわることなく、それぞれの子どもが、それぞれの特性に応じて社会に貢献できる道を見出すこと。これもまた、大切な選択肢であります」


総理は一度顔を上げ、会見室を見渡した。


「家族の絆と相互扶助こそが、来るべき時代を生き抜く最も確実な保障となるでしょう」



◇ 大手予備校・河合塾


自習室では受験生たちが勉強の手を止めて、スマートフォンでニュースを見ている。


《高等教育にこだわることなく》


一人が参考書を閉じた。「俺たちの努力、意味ないってこと?」


同じ建物の講師室でも、講師たちがタブレットで中継を見ている。


《家族の絆と相互扶助こそが》


ベテラン講師が苦笑いした。「これで受験産業も終わりかな」


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