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第3章 談話(3)記者会見室

◇ 記者会見室


石原総理は一度水を口に含んだ。そして、談話の核心部分に入った。記者たちの緊張が高まる。カメラのシャッター音が止む。


「政府として、この事態を回避すべく、あらゆる可能性を検討してまいりました。しかし、ここに至って、正直に申し上げなければなりません」


総理は一呼吸置いた。会見室が完全に静まり返る。


「現在の出生率では、政府の力だけでは、もはや全ての国民の老後を保障することは困難であります」


衝撃が走った。記者たちが一斉にメモを取る音が響く。



◇ パチンコ店「ゴールド」


軍艦マーチ、電子音の爆撃、玉が落ちる金属音。天井まで届くタバコの煙が、蛍光灯の光を濁らせている。三百台の島が整然と並び、各台に人間が張り付いている。まるで工場の生産ラインだ。


店内十数か所のモニターに同じ顔——石原総理——が映っているが、音声は完全にかき消されている。字幕だけが、誰も見ていない画面を流れていく。


《政府の力だけでは、もはや全ての国民の老後を保障することは困難》


海物語で大当たり中の常連——作業着の60代——が、玉を右手で受けながら、ふと顔を上げた。


「年金か?」


独り言のようにつぶやいて、すぐに台に視線を戻す。ドル箱がまた一つ満タンになった。七箱目だ。今日の年金、いや、生活保護費は好調らしい。


隣の若者は、スマホでソシャゲをやりながら左手だけで玉を打っている。総理が何を言おうと、彼の世界には関係ない。


ガラス張りの事務所では、店長が小さいテレビをチラ見している。副店長らしき男も横目で見ているが、他のスタッフは出玉管理と監視カメラのモニターに集中している。いつも通りだ。


店長だけが理解している。明日から、客が減るかもしれない。いや、増えるかもしれない。


現実逃避の需要は、不況に強い。



◇ Twitter - 18:07


@angry_citizen

政府が責任放棄宣言www

もう税金払う意味ないじゃん


@realistic_view

いや、これ正直すぎるだろ

でも、誰かが言わなきゃいけなかったこと



◇ 記者会見室


総理は続けた。声は静かだが、会見室全体に響き渡る。


「このような状況において、私は、国民の皆様に、次のことをお願いせざるを得ません」


朝日新聞の田中美咲記者が、ペンを握る手に力を込めた。フリーランスの岩田記者は、身を乗り出したまま固まっている。


総理は顔を上げ、カメラを真っ直ぐ見つめた。


「各家庭において、可能な限り、複数の子どもを持つことをご検討いただきたい」



◇ 美容院「Luxe」


カット台が6席並ぶ店内。パーマ液の甘い薬品臭と、ドライヤーの温風が混じり合っている。壁掛けの液晶テレビは普段ならK-POPのMVか昼ドラを流しているが、今日は違った。


デジタルパーマの機械に繋がれた40代の女性が、鏡越しにテレビを見ている。ロッドが巻かれた頭が重そうだ。


《複数の子どもを持つことをご検討いただきたい》


美容師——20代後半の既婚者——と客が、鏡越しに目が合った。


「一人でも大変なのに...」美容師が小声で呟く。


客が苦笑いを返す。「うち、もう高校生だから関係ないけど...あなたは?」


「去年結婚したばかりで...」


二人の間に、微妙な沈黙が流れた。隣の席では、カラーリング中の若い女性が、スマホでTwitterを開いている。画面には「#複数の子ども」がトレンド入りしている。



◇ 居酒屋「さくら」


赤提灯が揺れる入り口から、サラリーマンの一団が入ってきた。「とりあえずビール!」いつもの掛け声。しかし、店内の空気が妙に重い。


カウンターの常連たちが、焼き鳥も摘まずにテレビを見上げている。大将も、串を焼く手は動かしているが、視線は画面に向いている。炭火の煙だけが、いつも通り天井に昇っていく。


《政府の力だけでは、もはや全ての国民の老後を保障することは困難》


常連の建設作業員がビールジョッキを音を立てて置いた。

「おい、これマジで言ってるのか?」


隣の営業マン風の男が、ネクタイを緩めながら答える。

「政府が限界認めたってことだろ。エイプリルフールだけどな」


「笑えねえ冗談だ」別の客が呟く。


入ってきたばかりのサラリーマンたちも、異様な雰囲気に気づいた。「なんかあったんすか?」若手が先輩に聞く。


「国が潰れるってよ」


カウンターの誰かが皮肉っぽく答えた。


《可能な限り、複数の子どもを持つことをご検討いただきたい》


端の席で一人飲んでいる28歳の男だけは、スマホを見ながらニヤニヤしている。先月結婚したばかり。LINEで妻とやり取りしながら、電卓アプリで何やら計算している。「社宅なら3人いけるな...いや4人でも...」小声で呟く。


「おい兄ちゃん、何ニヤけてんだ」建設作業員が絡む。


「いや、うちの嫁が『3人なら余裕じゃない?』って送ってきて」


カウンター全体が一瞬静まり返った。


大将が黙って、全員のビールを一杯サービスした。「若いっていいな」それだけ言って、また串を焼き始めた。



◇ コンビニエンスストア・セブンイレブン


自動ドアが開くたびに流れる「いらっしゃいませ」の電子音。レジ前の小さなモニターには、普段なら新商品のCMが流れているが、今は総理の顔。


深夜勤明けらしいナース服の女性が、おにぎりとペットボトルのお茶を買おうとしていた。疲れ切った顔で、ぼんやりとモニターを眺めている。


《複数の子どもを》


財布を開きかけた手が止まった。


「...複数?」


レジの大学生——名札には「研修中」のシール——も、バーコードをスキャンする手を止めた。二人とも、違う理由で凍りついている。


ナースは不妊治療で疲弊している現実を思い、学生は就職すら見えない未来を思う。


「あの...298円です」


やっと学生が口を開いた。現実に引き戻されて、ナースはスマホをかざした。PayPayの決済音が、場の緊張を破った。



◇ 産婦人科クリニック


待合室には優しいオルゴール音。壁には赤ちゃんの写真が並び、「おめでとうございます」のカードが貼られている。その温かい空間に、総理の声が異質に響いていた。


診察室で、エコー検査を受けている30代の女性。お腹にゼリーを塗られ、プローブを当てられている。画面には16週の胎児が映っている。第二子だ。


《複数の子どもを持つことをご検討いただきたい》


女性が不安そうに医師を見上げた。上の子はまだ2歳。夫は単身赴任中。実家は遠い。


「先生、これって...私たち、もっと産まないといけないんでしょうか」


医師——50代の女性——はプローブを置いて、優しく答えた。


「まず、今のお子さんを無事に。それだけ考えましょう」


でも医師自身も、自分の娘——35歳独身——のことを思い、胸が締め付けられていた。


隣の診察室からは、不妊治療の説明をする声が漏れ聞こえてくる。「可能性はゼロではありません」という言葉が、壁越しに響いた。



◇ Twitter - 18:08


@feminist_yuki

ちょっと待って、何?「複数の子どもを」って何それ???

女性は子供製造機じゃないんですけど!!!

 ↪️ @patriot_japan

  当たり前のこと言ってるだけじゃん

  国の未来考えろよ

 ↪️ @feminist_yuki

  は???女性を何だと思ってるの?

  あなたが産んでみれば??

 ↪️ @patriot_japan

  生物学的に無理だろ

 ↪️ @feminist_yuki

  それが差別だって言ってんの!!


@single_life_ok

複数どころか、結婚すらしてないんですが...

マッチングアプリで心折れてる俺はどうすれば

Good! 2.3万


@mother_of_one

1人でも限界なのに3人とか正気?

保育園も入れないのに


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