第2章 決断(6)◆12 臨時閣議 - 最後の攻防
◆ 12 臨時閣議 - 最後の攻防
4月1日 木曜日 午前8時30分 総理官邸
閣僚たちが、次々と官邸に到着していた。
「おはようございます」
「緊急招集とは、何事でしょうか」
「北朝鮮でも動いたのか」
誰も、本当の理由を知らない。民自党の根回しを受けた数人を除いて。
創世党の塩田太郎が、不機嫌そうに入ってきた。
「石原総理、朝から呼び出すとは、よほどの緊急事態か」
「そうです」
石原の答えは、簡潔だった。
衆政党の志茂野創平も到着した。
「おい、何だよ急に。俺、今日は地元で講演会があるんだぞ」
「申し訳ない。でも、これは最優先事項だ」
志茂野は、何か察したようだった。
「まさか...」
午前8時45分 総理官邸 閣議室前
「皆様、申し訳ありませんが、セキュリティチェックにご協力ください」
秘書官が、閣僚たちに告げた。
「セキュリティチェック?」
塩田が眉をひそめた。
「はい。携帯電話、スマートフォン、タブレット、すべての通信機器をお預かりします」
「なぜだ」
「国家機密に関わる案件のためです」
志茂野が怒った。
「ふざけんな!俺たちを信用してないのか」
富沢官房副長官が、冷静に答えた。
「信用の問題ではありません。必要な措置です」
「もし拒否したら?」
「閣議に参加できません」
重い沈黙が流れた。
そして、一人、また一人と、通信機器を預け始めた。
最後まで抵抗していた塩田も、ついに携帯を手放した。
「これは、後で問題にするぞ」
「どうぞ」
石原は、動じなかった。
◆ 13 運命の閣議
午前9時 閣議室
全閣僚が着席した。
いつもと違う雰囲気に、皆が緊張していた。
「臨時閣議を開催する」
石原が、厳かに宣言した。
「本日の議題は、ただ一つ。本日午後6時に発表する、内閣総理大臣談話についてだ」
ざわめきが起きた。
「本日?」
「談話?」
「何の話だ」
石原は、資料を配るよう指示した。
秘書官たちが、素早く配布する。
表紙には『我が国の人口問題に関する国民へのお願い 内閣総理大臣談話(案)』と記されていた。
「読んでいただきたい」
石原が言った。
閣僚たちが、一斉にページをめくる。
そして、読み進めるにつれて、顔色が変わっていく。
驚愕、困惑、怒り、恐怖。様々な感情が、顔に浮かんでは消えた。
山市厚労大臣が立ち上がった。
「皆さん、落ち着いてください。私から、数字を説明します」
山市は、追加資料を配った。
「これは、我が省の藤原企画官が作成した試算です」
グラフと表が並んでいる。
「このままでは、2030年に年金は枯渇します。最悪の場合、2029年3月」
会議室が、静まり返った。
「嘘だろ」
誰かが呟いた。
「残念ながら、事実です。複数の手法で検証済みです」
山市は、淡々と説明を続けた。
保険料収入の減少、給付の増大、そして母親給付金の影響。
すべてのデータが、同じ結論を示していた。
「つまり」
山市は締めくくった。
「もう、嘘はつけないのです」
塩田が、資料を机に叩きつけた。
「総理!これは何だ!『3人以上産め』だと?正気か!」
「正気です」
「ふざけるな!こんなもの、国民が受け入れるわけがない!」
創世党の他の閣僚も、次々と反対の声を上げた。
「時代錯誤だ」
「女性蔑視だ」
「ファシズムだ」
高橋文科大臣が、手を挙げた。
「総理、私は女性として、この談話に強い違和感を覚えます」
高橋の声は、震えていた。
「でも」
高橋は続けた。
「数字を見れば、何かしなければならないことも分かります」
高橋は、石原を見た。
「女性への配慮を条件に、賛成します」
志茂野が立ち上がった。
「総理、これは俺たちの政治生命を終わらせる気か!」
「そうかもしれない」
石原の冷静な答えに、志茂野は絶句した。
「本気で言ってるのか」
「本気だ」
長い沈黙が流れた。
塩田が、重い口を開いた。
「総理、それでも私は、これは間違っていると思う」
「塩田君」
石原は、塩田を真っ直ぐ見た。
「君には二つの選択肢がある。賛成するか、辞表を書くか」
「それは脅迫ですか」
「いいえ。これが内閣の連帯責任です」
塩田と石原の視線が、激しくぶつかり合った。
会議室の空気が、さらに重くなる。
「塩田君、君にも孫がいるだろう」
「...8歳と5歳だ」
「彼らに、どんな日本を残したい?」
塩田は、拳を握りしめた。
そして、長い沈黙の後、吐き捨てるように言った。
「議事録に、私の懸念を明記することを条件に...異議なし」
石原は頷いた。そして、他の閣僚を見回した。
「他に、異議のある者は?」
志茂野が、苦渋の表情で首を振った。
「...異議なし」
一人、また一人と、暗い声で「異議なし」の言葉が続く。
まるで葬式のような、重苦しい全会一致だった。
「では」
石原が立ち上がった。
「全会一致により、本日午後6時、総理談話を発表することを決定する」
誰も拍手をしない。
静寂の中での決定だった。
石原は、閣僚たちを見回した。そして言った。
「『過ちて改めざる、これを過ちという』」
論語の一節が、静かに響いた。
「我々は長年、真実から目を背けてきた。今日、その過ちを改める」
石原は、窓の外を見た。
桜が満開だ。風に花びらが舞っている。
そして、独り言のようにつぶやいた。
「種を蒔かねば、実りはない...今日蒔く種は苦いが、いつか必ず...」
山市厚労大臣だけが、小さく頷いた。
彼もまた、農家の息子だった。種蒔きの大切さを、知っている。
午前10時15分。
全会一致の決定の後、重い沈黙が会議室を支配していた。
「では、これより情報管理措置を発動する」
富沢が、淡々と宣言した。
「どういうことだ」
志茂野が、疲れた声で聞いた。
「午後6時の発表まで、全員、官邸に留まっていただきます」
「軟禁か...」
塩田の声には、もう抵抗する力はなかった。
「必要な措置です」
石原は立ち上がった。
「皆さんには申し訳ない。でも、パニックを防ぐためだ。ご理解いただきたい」
閣僚たちは、諦めたように座り込んだ。
全員が、運命共同体になった。
もう、誰も逃げられない。
午後6時。
石原慎吾総理は、歴史的な談話を発表することになる。
それは、日本の未来を変える、最初の一歩となるのか。
それとも、破滅への序曲となるのか。
その答えは、まだ誰にも分からない。
【第2章 完】




