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第2章 決断(4)◆6 女性閣僚の反発

◆ 6 女性閣僚の反発


3月17日 水曜日 午前10時 総理官邸


内閣で唯一の女性閣僚、文部科学大臣の高橋陽子が総理室を訪れた。


58歳。東京大学理学部を卒業後、研究者として活躍。40歳で政界入り。2人の子供を育てながらキャリアを積んだ、女性活躍の象徴的存在だ。


「総理、お話があると聞きました」


高橋の表情は、すでに警戒心に満ちていた。おそらく、山市から何か聞いているのだろう。


「高橋さん、まず、これを読んでください」


石原は、談話の草案を渡した。富沢が昨夜書き直したものだ。


高橋は、眼鏡を直して読み始めた。読み進めるにつれて、顔が青ざめていく。そして、顔を上げた。


「総理、正気ですか?」


「正気です」


「『3人以上産め』ですって?これは女性を何だと思っているんですか」


高橋の声が震えていた。怒りで。


「高橋さん、誤解しないでください。これは命令ではなく」


「お願い?もっと悪質です」


高橋は立ち上がった。


「総理、私は2人の子供を育てながら、必死にキャリアを積んできました。どれだけ大変だったか、分かりますか?」


「想像はできます」


「想像?」


高橋の声が高くなった。


「男性には絶対分からない。妊娠中の辛さ、出産の痛み、育児と仕事の両立の困難さ」


石原は黙って聞いていた。


「それなのに、『3人産め』?私たちを繁殖マシンとでも思っているんですか?」


「そんなつもりは」


「でも、そう聞こえます」


高橋は、涙を浮かべていた。怒りの涙だ。


「総理、女性は自分の人生を生きる権利があります。子供を産むか産まないか、何人産むか、それは個人の自由です」


「おっしゃる通りです」


「なら、なぜこんな談話を」


石原は、ゆっくりと言った。


「高橋さん、あなたのお子さんは今、何歳ですか」


「長男が28歳、次男が25歳です」


「彼らは、年金をもらえると思いますか?」


高橋は黙った。


「このままでは、もらえません。あなたのお子さんたちは、老後、どうやって生きていくのですか」


「それは...」


「子供がいれば、少なくとも助け合える。でも、いなければ?」


高橋は、椅子に座り直した。そして、小さな声で言った。


「でも、産めない人もいます」


「その通りです。だから、不妊治療の完全無償化も盛り込みます」


「産みたくない人は?」


「それも自由です。ただ、選択には結果が伴うことを、正直に伝えるべきだと思います」


高橋は、しばらく考えていた。そして言った。


「総理、女性の支持率はゼロになりますよ」


「覚悟しています」


「本当に?」


「はい」


高橋は、深いため息をついた。


「分かりました。私は反対ですが、閣議では従います。ただし、条件があります」


「聞きましょう」


「女性が働きながら子育てできる環境整備を、談話に明記してください。保育所の拡充、育休の充実、フレックスタイム、テレワーク。すべて」


「分かりました」


高橋は立ち上がった。


「総理、私はあなたを尊敬しています。でも、今回ばかりは賛同できません」


「理解します」


高橋が部屋を出た後、石原は窓の外を見た。


女性の反発は予想していた。でも、高橋の涙は、予想以上に心に刺さった。


本当に、これでいいのか。


でも、もう後戻りはできない。



◆ 7 息子たちとの対話


3月20日 土曜日 午後3時 総理公邸


長男の健一と次男の雄二が、公邸を訪れた。


健一、45歳。1982年生まれ。大手商社勤務。妻と子供2人(中学2年と小学5年)。


雄二、43歳。1984年生まれ。官僚(国土交通省)。妻と子供1人(小学3年)。


「父さん、話って何?」


健一が聞いた。


石原は、息子たちを書斎に通した。そして、ドアを閉めた。


「お前たちに、伝えておきたいことがある」


「改まって、どうしたの」


雄二が心配そうに聞いた。


石原は、息子たちの顔を見た。健一は自分に似て、真面目で不器用。雄二は母親似で、要領がいい。


「近々、重要な発表をする」


「どんな?」


「詳細は言えない。国家機密だから」


健一と雄二は、顔を見合わせた。


「でも、一つだけ言える。日本は大きく変わる」


「変わる?」


「ああ。そして、批判の嵐が起きる。私は、国民の敵になるかもしれない」


健一が身を乗り出した。


「父さん、何をするつもりなんだ」


「正しいことをする。ただ、それが受け入れられるとは限らない」


雄二が言った。


「父さん、僕たちにできることは?」


石原は、息子たちを見た。そして言った。


「家族を大切にしろ」


「え?」


「健一、お前は45歳か。もう中年だな」


「父さんこそ、70歳じゃないか」


「雄二は43歳。お前たちには子供がいる。健一には2人、雄二には1人」


石原は息子たちを見つめた。


「できれば、もう少し増やすことを考えてみないか」


「父さん、いきなり何を」


石原の胸に、1990年のあの心残りが一瞬よぎった。しかし、それを振り払うように言った。


「日本の未来のためだ。お前たちにはまだ時間がある」


健一と雄二は、父親の様子がいつもと違うことに気づいた。何か、決定的な何かを抱えている。


「父さん」


健一が言った。


「何があっても、僕たちは父さんの味方だ」


雄二も頷いた。


「そうだよ。家族じゃないか」


石原は振り返った。目に、涙が浮かんでいた。


「ありがとう」


親子3人で、静かに時を過ごした。


もしかしたら、これが最後の穏やかな時間かもしれない。そんな予感がした。


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