第2章 決断(1)◆1 黎明
◆ 1 黎明
2027年3月15日 月曜日 午前5時30分 総理公邸
石原慎吾は、いつものように午前5時30分に目を覚ました。
70歳。総理大臣就任から2年3ヶ月。支持率は就任時の48%から25%まで落ちていた。連立政権は崩壊寸前。野党からは「史上最弱の総理」と揶揄される日々。
ベッドから起き上がると、妻の恵子はまだ眠っていた。67歳になる妻は、最近めっきり白髪が増えた。総理の妻という重責が、彼女を老けさせているのかもしれない。
石原は静かに寝室を出て、書斎に向かった。
書斎の窓から、まだ暗い東京の街が見える。国会議事堂のシルエットが、朝焼けの空に浮かび上がり始めていた。あの建物の中で、これから歴史的な決断を下さなければならない。
机の上には、2月22日に藤原から受け取った極秘資料が置かれていた。表紙には「取扱注意・廃棄指定」の赤いスタンプ。
『公的年金持続可能性に関する緊急試算』
何度読み返しても、結論は変わらない。
2030年9月、積立金枯渇。
最悪の場合、2029年3月。
つまり、あと2年。
石原は、自分の政治人生を振り返った。
1979年、東京大学農学部を卒業し、農林水産省に入省。当時は日本の農業を守りたい一心だった。しかし、官僚として8年間働く中で、限界を感じた。机上の理論では、現場は変わらない。
1987年、30歳で衆議院議員に初当選。若き農林族の希望の星と呼ばれた。
1990年の落選。そして、いつまでも消えないあの心残り。
1993年、36歳で国政復帰。雪辱を果たしてから34年。農林族として、地道に実績を積み重ねてきた。決して華やかな政治家ではなかった。むしろ地味で、不器用で、口下手。テレビ討論では、いつも野党の論客にやり込められていた。
それでも、誠実さだけは失わなかった。嘘をつかない、約束は守る、現場の声を聞く。その姿勢が、徐々に評価されるようになった。
そして2年前、まさかの総理就任。派閥の力学と、消去法の結果だった。「他に適任者がいない」という理由で選ばれた総理。
就任時、石原は国民に約束した。
「私は不器用な人間です。でも、嘘はつきません」
その約束を、今まで守ってきたつもりだった。
でも、年金については嘘をついていた。いや、真実を隠していた。それは同じことだ。
石原は、書斎の本棚から一冊の本を取り出した。『論語』。座右の書だ。
「巧言令色、鮮し仁」
巧みな言葉と取り繕った表情には、真の思いやりは少ない。孔子の教えだ。
自分は今まで、巧言令色で国民を欺いてきたのではないか。「100年安心プラン」という美辞麗句で。
石原は、携帯電話を手に取った。富沢誠一郎官房副長官の番号を押す。
3コール目で、富沢が出た。
「おはようございます、総理」
富沢の声は、すでに覚醒していた。彼もまた、早起きなのだろう。
「富沢君、今日から談話の準備を始める」
「承知しました」
「君に原稿を書いてもらいたい」
電話の向こうで、富沢が息を呑む音が聞こえた。
「私が、ですか」
「君しかいない。君なら、真実を書ける」
富沢誠一郎、52歳。1975年生まれ。東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。産業政策のエキスパートとして知られていた。そして何より、石原が最も信頼する側近だった。
「分かりました。ただ、総理」
「何だ」
「本当に、4月1日に発表されるのですか」
石原は、窓の外を見た。朝日が昇り始めている。新しい一日の始まりだ。
「ああ。エイプリルフールに真実を語る。皮肉だろう?」
「確かに」
「富沢君、君には子供がいたね」
「はい、2人です。14歳と11歳」
「彼らのためにも、真実を語ろう」
電話を切った後、石原は深呼吸をした。
決断は下した。後は、実行するだけだ。
◆ 2 朝食の時間
午前7時 総理公邸 食堂
「おはよう」
恵子が食堂に入ってきた。
「おはよう。よく眠れた?」
「まあまあね。あなたこそ、また早起きして」
恵子は、石原の顔を心配そうに見た。クマが濃い。最近、ろくに眠れていないのだろう。
「最近、顔色が悪いわよ」
「そうか?」
「ええ。何か、重大なことがあるんでしょう?」
67歳。結婚して42年。恵子には隠し事ができない。
石原は、トーストを口に運びながら言った。
「ちょっと、難しい決断をしなければならなくてね」
「年金のこと?」
石原は驚いた。
「なぜ分かった?」
「新聞を読めば分かるわよ。最近、年金の記事が多いもの。それに、山市厚労大臣がよく来てるじゃない」
恵子は、紅茶を飲みながら続けた。
「それに、健一と話したの」
健一。長男。45歳。1982年生まれ。大手商社勤務。
「健一が何か言ってたのか」
「『父さんが何か重大なことを抱えてる気がする』って。『顔に出てる』って」
親子というのは、不思議なものだ。言葉にしなくても、何かを感じ取る。
「そうか」
「慎吾さん」
恵子が、石原の名前を呼んだ。家では、いつも「慎吾さん」と呼ぶ。
「私たちは夫婦よ。何でも話して」
石原は、恵子の目を見た。42年間、苦楽を共にしてきた妻。農水省時代の薄給にも文句を言わず、選挙の時は一緒に頭を下げて回った。1990年の落選の時も、黙って支えてくれた。
でも、これだけは話せない。国家機密だから。いや、それ以上に、恵子に重荷を背負わせたくないから。
「大丈夫だ。心配するな」
恵子は、それ以上追及しなかった。ただ、石原の手をそっと握った。
「無理しないでね」
その温もりが、石原の心に染みた。




