⑧
あれは二年前の事だった。
オレは幼馴染のクローと一緒に家出を決行していた。
目的地があったワケじゃない。
ただ、クローを連れてどこかへ逃げ出したかった。
オレ達を包む全てから逃げ出したかった。
親のいないクローは田舎の港町で浮いていたし、一緒に遊んでいるオレを変な目で見る奴もいた。
もちろん直接何か言ってくる奴には言い返したし、陰口を叩いている奴は真正面から睨みつけてやっていた。
ある時、町で盗難騒ぎが起こった。
真っ先に疑われたのがクローだった。
庇ったのはオレと、おやっさんだけだった。
クローの親代わりのおやっさんは猛抗議してくれた。
結局盗んだ奴は見つかったけれど、クローに濡れ衣を着せた奴らは謝らなかった。
憤るオレに向かって、オレの家族は困った顔をして言ったのだ。
『だってしょうがないじゃない。あの子は違うのだから』
違うからなんだ。
確かにクローはオレとは違う。
クローは実の親に捨てられ、親代わりのおやっさんと町外れに住んでいる。
違うからなんだ。
確かにクローは周りとは違う。
クローは上辺だけを取りつくろう周りの奴らとは、全く異なっていた。
オレは何かを証明したかったんだと思う。
でも方法がわからなかった。
それで、どっちが言い出したのか忘れたけれど、オレ達は夜中に家を抜け出した。
ただただ、ひたすら竹林を歩いていた。
真剣な話をしたり、馬鹿な話をしたり。
そうして歩き進み、オレ達は行き当たったのだ。
竹藪の中の死体に。
おそらく旅人か何かだったと思う。
男性の獣人の死体。
夜の匂いに混ざって、死臭がじっとりと漂っていた。
クローの手前、冷静さを保とうと努力をした。
息を止め、恐る恐る死体に近づく。
干からびた毛に虫がたかり、腐った肉がのぞいていた。
そこで、クローが息を呑む声がした。
「……? どうした?」
振り返ったオレに、クローはジェスチャーでその場から動かないよう伝えて来た。
「なんだよ、どうしたんだ?」
クローはささやいた。
叫びそうになるのを理性でなんとか抑えているような、低い声だった。
「……ミオ……し…した……」
(下? なんだ? 足元か?)
クローの視線を辿るように足元を見下ろした時、オレは思わずその場から飛び退いた。
全身が総毛立った。
恐怖のあまり喉が凍りつき、悲鳴は出なかった。
今までいた場所には、ヌラヌラと光り、ズルズルとうごめく、細長い生物がいた。
月明かりの中、赤黒いソレは死体の腹から草むらの影へと這って行く。
「《長虫様》だ……」
オレはかすれた声で言った。
「まさか……」
クローが、同じくかすれた声で答えた。
死んだ生き物から這い出す魂。
全ての命の原型《長虫様》。
その長い身体がズッズッと引きずられて竹林の奥へと進んでいく。
ふとオレは顔をあげた。
急に飛び退いたせいだろう。
オレとクローは《長虫様》を挟んで、こちら側とあちら側に分かれて立っていた。
まるで気味の悪い川に隔てられたみたいだ。
岸辺に取り残されたのは、オレの方か、クローの方か。
急に不安が襲って来たオレは、クローに声をかけた。
「おい、クロー……こっちへ来いよ」
「イヤだ」
クローはその時、なんだか泣きそうな顔をしていた。
怖かったのかもしれない。
寂しかったのかもしれない。
「ミオ。君がこっちに来るんだよ」
クローはそう言った。
オレは何度か瞬きをして、それから頷いた。
数歩下がって助走をつけた。
そんな必要なかったかもしれないけれど、万が一でも《長虫様》を踏みつけるなんて事は、したくなかったからだ。
横たわった《長虫様》を飛び越えたオレは、勢い余ってクローにぶつかった。
「ごめん」
オレがそう言うと、クローは笑顔になった。
「謝らないでよ」
その時触れたクローの肌はひんやりと冷たかった。
どこかから視線を感じた。
《長虫様》だろうか。
オレにはわからなかった。