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その不祥事、お包みします  作者: 輪二
第一章 
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 どうしようもなくなった空気を、どうにかしようとしてくれたのか、バショウ隊長は、少し大きめの声で話題を変えた。


「ところで、だね。昨日オレちゃまが捕まえたフードの男。《クチナワ者》だったらしいじゃないか」


 あの騒動から丸一日。

 捕縛されたフード男は、第一部隊の手で取り調べが行われているとの事だったが——。


「えっと……確か《クチナワ者》って言うと、顔に入れ墨を彫られた前科者の事ですよね」

「ああ、そうさ」


 バショウ隊長は頷く。


「《クチナワ者》と言うのは罪人の事だ。『王国民こそが資源』の理念の元、乱暴な捕物はなくなり、命の価値が高まったけれど、どんな時代も罪人はいるからね」


 凶悪犯は長期に渡って牢に繋がれ、軽犯罪は説諭で終わることもある。

 ただ、罪の軽い重い関係なく、罪人である印として、入れ墨を彫られるのだ。


 口回り――鼻先から頬、そして顎の下といった具合に、ぐるりと入れられる入れ墨。

 それが縄目模様になっていて、まるで口輪を嵌められたようになるのだ。


 (口輪――まるで、犯罪者に発言権はないとでも言うようだよな)


 罪の重さによって彫られる縄の長さは変わる。

 罪が重ければ重いほど、縄模様も長くなる。

 罪を重ねても同じ事だ。

 前の模様に繋げるように入れ墨を延長させられる。


 そのため、重犯罪を犯したり、罪を重ねた罪人を《クチナワ者》と呼ぶ。


「昨日はすまなかった。バショウ」


 トキワ隊長は顔を上げてしみじみと言う。

 どうやら復活したようだ。


「君がいなければ、あのクチナワ者も死んでいただろう。助かったよ」


 トキワは深いため息をついた。


「どうせ私など、所詮お飾りの若造だよ。実力が伴わない癖に、よくもまあ偉そうに隊長などやっているもんだ。すまないにも程がある」

「誰も思ってないよ、そんな事」


 バショウ隊長が、ポフポフとトキワ隊長の肩を叩く。


(……トキワ隊長、裏ではこんな感じなんだな)


 旧知の仲の間柄だからだろうか。

 トキワ隊長は昨日の威厳ある風格はどこへやら、バショウ隊長に随分と素を見せているというか、弱音を吐いている。


(なんだか見てはいけないものを見ている気分だ)


「この白い隊服を着ている以上、王の期待に応えなければならないけどな。親が『三牙一賢』の一人だったくせに、子供は大した事ないなんて思われてはたまらんよ」


(……ん?『三牙一賢』? どこかで聞いた事があるな――)


 オレが首を傾げている横で、バショウ隊長は困ったような顔でモフモフと両手をもみ合わせている。


「だからね、そんな事誰も思ってないよ。なあ、オレちゃま」

「え、あ、え? オレですか?」


(オレに話を振らないでくれ)


「そうだろ? オレちゃま? トキワは頼りになるよな?」

「すまないね。遠慮せずに、何を言ってくれても構わないよ」

「はあ、まあ、それじゃ、恐れながら」


 オレは首を傾げながら答える。


「『さっきのあんな姿見ちゃうと、正直言って第一部隊の隊長だと信じられないなぁ』と心の底から――」

「だ、か、ら! 言葉を包め! 包むんだよ!」


 バショウ隊長が、オレの顔をボフッと掴む。

 ちょっと痛い。


「でも、バショウ隊長だって昨日フード男を助けた後『一度捕縛したにも関わらず、逃げられ死なせたとあっちゃぁ、これは第一部隊の不祥事ですよね。トキワ隊長の不始末ですよね。あたくしのお陰で助かったので感謝して下さい』って――」

「そこまでは言ってないよ!」

「でも言いたそうでしたよね?」

「だから! あたくしはそんな無礼じゃないよ! オレちゃま、もっと言葉を包んでくれよ」


(だって……遠慮せずにって言われたから……)


 目の光を失ったトキワ隊長の顔を覗き込みながら、バショウ隊長は無理矢理話題を戻す。


「そういや、聞いてなかったけどさ。結局、あの『クチナワ者』はなんで逃げてたんだい?」

「……それがなぁ……」


 トキワ隊長がボソリと呟く。


「……花泥棒、だそうだ」

「はなどろぼう?」

「これだよこれ」


 机の上にドンと乗せられていた鉢植えを指さす。

 セロファンと色紙で包まれ、リボンで飾られた鉢植えだった。

 今まで詰所の備品かと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。


「マタタビの木さ」

「マタタビ……ですか?」


 家の門口に植える植物としては割と一般的だし、オレもよく知っている。

 ただ——。


「なんだって、そんなものを盗んだのかな」

 バショウ隊長は首を捻る。


 確かにそうだ。

 マタタビの鉢植えなど、園芸店に行けばいくらでも手に入る。

 あんな逃走劇を繰り広げてまで盗む理由がわからない。


「その鉢を抱えてコソコソと不審な動きをしていたのを隊員の一人が見咎めてな。声をかけた所、逃走したもんだから、あそこまで大事になったんだ。鉢の方は、逃げる途中で邪魔になったのか、物陰に隠しておいたらしい」

「ははあ。何がしたかったんだろうな」

「それで、このマタタビ……これを元の持ち主に返却しなければならないんだが……」


 そこでトキワ隊長はバショウ隊長をチラリと上目遣いで見つめた。


「これがなぁ《称号持ち》のお屋敷でな。すまないが、これを返すのは、君に頼めないかな」

「なるほど。……ちなみに《カガチ》と《ミズチ》、どちらだい?」


 トキワ隊長はどこか恨めしげな目でバショウ隊長を見つめる。


「君に頼む時点で決まってるだろう。《カガチ》の方さ」


 バショウ隊長は頬に手を当て、コクコクと頷いた。


「よろしい。『あん包み』をこんなにもらっちゃ、引き受けないわけにもいかんだろう」

「いや、すまないね。助かるよ」


 トキワ隊長はホッとした顔で立ち上がった。


「これが屋敷の地図だ。頼んだよ」

「ええ、承知承知……あ、そうだ。聞き忘れてたけど、トキワ」

「なんだい?」

「昨日発見された、崖下の遺体……身元は分かったかい?」

「ああ、君が見つけた死体だね。いや、すまない。まだ確認中だよ。気になるかい?」


 バショウ隊長は「いえいえ」と手を振った。


「まあ、もしわかったら、その時はご一報くださると嬉しいな」

「ああ、わかった。分かり次第すぐ伝えるよ」


 そう言ってトキワ隊長は、第八部隊の詰所を出ていった。

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