⑤
翌日の事。
第八部隊の詰所で、オレは恐る恐るバショウ隊長に切り出した。
「あの、バショウ隊長。一つお聞きしたいんですが……」
「んん? どうした『オレちゃま』。制服がブカブカなのは我慢してくれよ? 小さなサイズがないんだ」
「やめてください、その変な呼び名。そうじゃなくて、あの、第八部隊の他の隊員は……?」
第八部隊の詰所内はかなり質素だ。
大きな植物の鉢がテーブルにドンと置かれ、椅子には三人が座っている。
オレとバショウ隊長、そして——。
「すまないね、ミオ君。第八部隊の隊員は、フラフラと街に出て遊んでいるんだ」
眉根を寄せて呆れた口調でそう言ったのは、第一部隊隊長トキワだった。
黄金と見まごうばかりの美しい毛並みに、青い虹彩。炭で描いたように流れる黒い縞模様。
(昨日、向かい合った時も思ったけど、改めて近くで見ると、やっぱり凄みのある美しさだな……)
「街でフラフラって……それはパトロールって事ですか?」
「いいや。言葉通り、遊び回ってるだけだ」
「え……」
バショウ隊長の方を見ると、彼女はトキワ隊長が差し入れてくれた『あん包み』を頬張っている所だった。
「んふぅ。この味、まさにアレがアレだねぇ……」
ごくりと飲み込み、恍惚とした表情を浮かべている。
相当美味しかったんだろう。
舌が出しっぱなしになっている。
王都カーマイン名物『あん包み』。
肉と野菜を刻み、トロリとしたあんと一緒に生地に包んで揚げたものだ。
外はパリパリ、中はフワフワ、かぶりつくと、ジュワリと口の中に広がる具の旨み。
隊長に倣って、オレも『あん包み』を口いっぱいに頬張る。
(……確かに、うまい……)
「ここの隊員はね、任務中だというのに芝居を観に行ったり、菓子店に入り浸ったり、ほとんど詰所にはいないんだ。この前なんか、珍しく詰所に隊員がいると思って覗いたら、買って来た服を並べて衣装比べをしてたんだ」
トキワ隊長は深くため息をついた。
「ただ『称号持ち』との繋がりは深いからね。そっち方面で何か問題が起きた時に、調査を行ったり、場合によっては身柄を拘束するのが、本来の第八部隊の役目だったんだが……」
「今は違うんですか?」
「そうなんだ。どこをどう間違ったのか、上流階級のトラブルを内密に処理する隠蔽集団だと呼ばれるようになってしまったんだよ。バショウは、私なんかよりもよっぽど捕縛術に長けているというのに」
「隠蔽ってのは言い過ぎだね。あたくし共は、ただ、お包みしているだけだからね」
バショウ隊長は両手を胸に当て「包んで隠して守っているんだよ」と、わざとらしくまぶたを閉じた。
「北の不祥事、南の不始末、東の不都合、西の不条理。全部丸ごとあたくし共がお包みするよ」
(なるほど……権力者に融通をきかす隠蔽集団って事で、第一部隊にあんなに嫌われていたのか)
他部隊の隊員からは蛇蝎の如く嫌われているバショウ隊長だけど、どうもトキワ隊長とは知った仲のようだ。
わざわざトキワ隊長の方から第八部隊を訪ねてきた事からも、二人の関係性が窺い知れる。
(……それとも、何か弱味でも握ってるんじゃないんだろうな……)
「黙り込んでどうしたんだい? オレちゃま」
バショウ隊長はニヤニヤとオレを見つめる。
「なあオレちゃま。何かあったら遠慮せずに、あたくしに言ってくれよ」
(……この人、わざとガキ扱いして、オレの反応を楽しんでるな?)
「トキワ隊長の方から訪ねてくるなんて、バショウ隊長は第一部隊の弱点でも握ってるのかな、と思っていたんです」
「いやいや、そんなわけないだろう。オレちゃまはあたくしをなんだと思ってるんだい」
「その『オレちゃま』って呼び方やめて下さい。オレの名前はミオです」
「だってピッタリだろう」
「あんまり新人をからかうものじゃないよ」
トキワ隊長が横からバショウ隊長をたしなめてくれた。
「すまないね、ミオ君。根は悪い奴ではないんだ」
自分で言うのもおかしいけれど、昨日の活躍ぶりからか、トキワ隊長は随分とオレを買ってくれているようだ。
他部隊の新入りであるオレにも気安く接してくれる。
「まあ、弱味を握られている、と言えばある意味そうだね。私とバショウは子供の頃からの付き合いなんだ」
「え! そうだったんですか」
「ああ。バショウの父上と私の父は《王の鉤爪》の元隊員でね。子供の頃はしょっちゅう王宮にも出入りしていてね」
するとバショウ隊長が口を挟む。
「ここだけの話、小さい頃は姫様と一緒に三人で遊んでたのさ」
「ひ……姫様と? えっと……サンセ陛下のご息女、リア姫の事ですか?」
「そうさ。つまり、あたくしとトキワと姫様は、三人とも幼馴染ってわけだ」
なんだか凄い話を聞いてしまった気がする。
「まるで、芝居の通りですね」
オレがそう言うと、バショウ隊長は愉快そうに首を傾げた。
「おや、オレちゃま。王都の芝居に詳しいのかい?」
「詳しいってわけじゃないですけど……トキワ隊長が芝居のモデルになってるらしいって噂は聞きました」
《王の鉤爪》に入隊するにあたって、王都の事も色々と調べた。
調査の一環として、流行りの芝居ぐらいはもちろん抑えるべきだと思ったのだ。
「王都で流行っている芝居に、姫君と騎士の恋物語があるんですよね? 確か『欲しがり姫と黄金の騎士』だったかと。連日満員でチケットを買うための長蛇の列ができているとか。その騎士が、トキワ隊長にそっくりで、相手役がリア姫なんじゃないかって——」
「すんごく詳しいな」
バショウ隊長が呆れたように言った。
「なんだいオレちゃま。やっぱり芝居好きなのかい?」
「いや、別にそういう事じゃ……」
嘘だ。めちゃくちゃ好きだ。
故郷マルーンでは、旅の一座がやってくるのを今か今かと待ち侘びていた。
(恋物語も悪くはないけど、オレはやっぱり冒険モノとか、探偵モノが好きだな)
「……あの、もしかして、姫様とトキワ隊長も、実際恋仲だったり……」
ふとそんな言葉を口にすると、トキワ隊長はガタリと立ち上がって「すまないが、聞き捨てならないぞ! ミオ君」と叫んだ。
(おっと……さすがに失礼だったか……)
「あの月の輝きすら霞む美の化身、リア姫様と私が恋仲などと……いや恐れ多い……そうなったらいいけどな!……でもそんな……」
バタバタと身悶えを始めた。
(なんだ、この人)
バショウ隊長が肩をすくめる。
「こいつはな、小さい頃からリア様に一途でね」
「そりゃあそうだろう! あんな美しい存在が近くにいらっしゃるんだ! すまないが、他の女性など目にも入らない!」
「は、はあ……」
「いや、でもな、私の事を姫様はどう思っているかなんてわからないからな! だからそんな、芝居通りお似合いですね、なんて言われても私はどうしたら……お似合いかな? ね? すまないが、私と姫はやっぱりお似合いかい?」
(え? あれ? 今オレが質問されてる?)
チラリとバショウ隊長の顔を伺う。
彼女は口の端をクイと歪ませて、小さく首を振った。
(これは、正直に思った事を言ってやれって意味かな)
うん。それならば。
オレは「恐れながら」と口を開いた。
「『トキワ隊長は、噂ではすごい方だと聞いているし、実物も見目麗しいお方なのに、中身は意外と厄介な方なのだなあ』と感じ入っておりました」
「おい待て、オレちゃま」
バショウ隊長がオレの肩を掴む。
「そんな直接的に言ってやるな。君は、言葉を包むと言う事を知らんのか」
「え……でも」
オレは隊長をしげしげと見返しながら首を傾げる。
「バショウ隊長だって『見た目は悪くないけど、中身がこんなに気持ち悪かったら、姫様だって「え……ちょっと……ムリ……」ってなりそうだなぁ』って——」
「言ってないよ! 一言も言ってない!」
「そんな顔してましたよ」
(……ダメだったのか?)
振り返ると、トキワ隊長は鼻先を机にめり込ませて突っ伏している。
どうやらもう手遅れだ。
オレは配属二日目でやらかしてしまったらしい。






