②
それを知るのは、ごくわずか。
知られてはならない、王国の秘密。
バショウは、姫のフリをしていた。
青みがかった薄手のベールをまとうと、バショウの毛皮は白銀のように輝いた。
まるで姫のようだった。
けれども違うのだ。
本当は逆なのだ。
バショウが姫を真似たのではない。
姫がバショウを真似たのだ。
リア姫が、バショウのような白銀の毛皮をかぶっているのだ。
『原種返り』——《牙無し》は、血が濃くなりすぎると生まれる、との研究がある。
《カガチ》に《牙無し》が多いのは、そのためなのではないか。
称号持ちは称号持ち同士、婚姻関係を結ぶ。
それによって血が濃くなり、《牙無し》が生まれるのだ。
それは、《オロチ》にも言える事だ。
もしも《オロチ》に《牙無し》の子が生まれてしまったら……
未だ差別意識の根強いこの国で、その子供は国民から《オロチ》だと認めてもらえるだろうか。
(まだ無理だろうね……)
バショウは、王弟ラウイとその息子に想いを馳せる。
そう。
ラウイもまた《牙無し》の子を持つ親だった。
ラウイは遠い港町に我が子を捨てた。
王家の中での地位を守るため、彼は子供を切り捨てた。
けれどラウイは、クーデターを起こすにあたり、わざわざ子供を王都へ呼び寄せた。
そして、呼んでおきながら、匿う事はしなかった。
野心家の父親は、わざと我が子を苦界に沈めた。
現王を恨み、王国を憎む人形を作ろうとしたのだろう。
もっとも、《牙無し》の彼が恨んだのは、王国ではなく、父親だったのだが。
その憎しみの刃は、父親の首を落とすほど鋭く磨がれてしまった。
(まだだ。まだ、時代が追いついていない)
まだ隠し通さなくてはならない。
個人の命の重さが、国の基盤が、外部との国交が、全てにおいて幼い《オオ虫ノ国》。
今はまだ《牙無し》である事を隠さなくてはいけない。
それが、現王の一人娘であれば尚更だ。
ノジが自分の父の毛皮をかぶったように。
王国の姫もまた、幼い頃から、白銀の毛皮で身を包まなくてはならなかった。
バショウが幼き頃から姫と共に過ごした理由。
それは、バショウが姫の影武者だったからだ。
遠目であれば、毛皮をかぶってベールをまとえば、国民の目は誤魔化せる。
包んでいれば、隠し通せる。
ただ、誤魔化しの効かない場では、バショウは姫の影武者として、彼女になり変わった。
紫の瞳の美しい姫。
(あたくしの……牙無し姫)
♢ ♢ ♢
もしもリア姫が『欲しがり姫』だったら。
あれが欲しい、これが欲しいとわがままを言ったなら、バショウは全てどんな手を使ってでも用意しただろう。
あの芝居のように、身代わりにもなった。
けれどもリア姫が欲しがる物はただひとつ。
——なあ、バショウ。余は『国民の幸せ』が欲しい。
それは建前ではなかった。
上辺だけの言葉ではなかった。
着飾るためのドレスような偽善ではなく、彼女は心底、王国民の幸せだけを願っていた。
(ならば、あたくしは、あなた様にそれを差し上げましょう)
《王の鉤爪》として、王国を守り、国民の幸せを守る。
バショウが身を包むえんじ色の隊服。
それは彼女の白銀の毛をくすんだ白灰色に見せかかる。
そのおかげでリア姫の影武者であると悟られずにすんでいる。
けれど、狙いはもう一つあった。
それは『第八部隊はえんじ色の隊服を着ている』と周りに思い込ませる事だ。
『もみ手部隊』と後ろ指をさされるバショウ。
誰も思うまい。
街のありとあらゆる場所に、第八部隊が潜んでいる事を。
例えば市場の露天商。
例えば菓子屋の売り子。
例えば花屋の店員。
例えば屋敷の使用人。
例えば劇団の裏方。
例えばアコーディオン弾き。
あらゆる場所に第八部隊はいる。
トキワがミオに以前こう言っていた。
「第八部隊の隊員は、フラフラと街に出て遊んでいるんだ」と。
——任務中だというのに芝居を観に行ったり、菓子店に入り浸ったり、ほとんど詰所にはいないんだ。
——珍しく詰所に何人かいるかと思ったら、買って来た服を並べて衣装比べをしてたんだ。
衣装比べ。
それは文字通り、衣装——潜入する際に身を包む服を選んでいたのだ。
バショウが隊服に身を包み、『もみ手のバショウ』として街中で目立てば目立つほど、潜入中の隊員達は目立たなくなる。
まさか、街を包むアコーディオンの音色の中に、隊員同士でしかわからない『合図』が紛れているとは、誰も気が付かないだろう。
秘密の合図が隠れているのは、何も蝋燭や鉢植えや封筒だけとは限らないのだ。
目に見える物とは限らないのだ。
他者との関係なんて、誤解の上に成り立っている。
誤解を重ね着して、利用してやる。
そもそも『隠蔽』されているとわかっているものを『隠蔽』とは呼ばない。
バショウが囮となり、引き付けている間に、真の隠蔽はひっそりと行われる。
大切な幼馴染。
紫の瞳の姫。
恋だの忠誠だの、そんな言葉では包めない想いをバショウはずっと抱えている。
王国民の幸せを願うリア姫のため、バショウは包むのだ。
北の不祥事、南の不合理、東の不都合、西の不始末。
この国の全部を、あたくしがお包みします。
そしてこの国の全てを包んで——。
「姫、あなたに贈ります」
包むのは
守るため
隠すため
装うため
そして、贈るため。
バショウは手に持っていた紫の石のブローチをミオに手渡した。
そして柔らかく微笑んで言った。
「これ、贈り物用に包んでくれるかい」
『その不祥事、お包みします』——了——
『その不祥事、お包みします』は、これにて完結となります。
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