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その不祥事、お包みします  作者: 輪二
エピローグ
52/52

 それを知るのは、ごくわずか。

 知られてはならない、王国の秘密。


 バショウは、姫のフリをしていた。

 青みがかった薄手のベールをまとうと、バショウの毛皮は白銀のように輝いた。

 まるで姫のようだった。


 けれども違うのだ。

 本当は逆なのだ。


 バショウが姫を真似たのではない。

 姫がバショウを真似たのだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



『原種返り』——《牙無し》は、血が濃くなりすぎると生まれる、との研究がある。


《カガチ》に《牙無し》が多いのは、そのためなのではないか。

 称号持ちは称号持ち同士、婚姻関係を結ぶ。

 それによって血が濃くなり、《牙無し》が生まれるのだ。


 それは、《オロチ(王家)》にも言える事だ。


 もしも《オロチ》に《牙無し》の子が生まれてしまったら……

 未だ差別意識の根強いこの国で、その子供は国民から《オロチ》だと認めてもらえるだろうか。


(まだ無理だろうね……)


 バショウは、王弟ラウイと()()()()に想いを馳せる。


 そう。

 ラウイもまた《牙無し》の子を持つ親だった。


 ラウイは遠い港町に我が子を捨てた。

 王家の中での地位を守るため、彼は子供を切り捨てた。


 けれどラウイは、クーデターを起こすにあたり、わざわざ子供を王都へ呼び寄せた。

 そして、呼んでおきながら、匿う事はしなかった。


 野心家の父親は、わざと我が子を苦界に沈めた。

 現王を恨み、王国を憎む人形を作ろうとしたのだろう。


 もっとも、《牙無し》の彼が恨んだのは、王国ではなく、父親だったのだが。

 その憎しみの刃は、父親の首を落とすほど鋭く磨がれてしまった。


(まだだ。まだ、時代が追いついていない)


 まだ隠し通さなくてはならない。

 個人の命の重さが、国の基盤が、外部との国交が、全てにおいて幼い《オオ虫ノ国》。

 今はまだ《牙無し》である事を隠さなくてはいけない。


 それが、現王の一人娘であれば尚更だ。


 ノジが自分の父の毛皮をかぶったように。

 王国の姫もまた、幼い頃から、白銀の毛皮で身を包まなくてはならなかった。


 バショウが幼き頃から姫と共に過ごした理由。

 それは、バショウが姫の影武者だったからだ。


 遠目であれば、毛皮をかぶってベールをまとえば、国民の目は誤魔化せる。

 包んでいれば、隠し通せる。

 ただ、誤魔化しの効かない場では、バショウは姫の影武者として、彼女になり変わった。

 紫の瞳の美しい姫。


(あたくしの……()()()()



   ♢   ♢   ♢



 もしもリア姫が『欲しがり姫』だったら。

 あれが欲しい、これが欲しいとわがままを言ったなら、バショウは全てどんな手を使ってでも用意しただろう。

 あの芝居のように、身代わりにもなった。


 けれどもリア姫が欲しがる物はただひとつ。



——なあ、バショウ。余は『()()()()()』が欲しい。



 それは建前ではなかった。

 上辺だけの言葉ではなかった。


 着飾るためのドレスような偽善ではなく、彼女は心底、王国民の幸せだけを願っていた。


(ならば、あたくしは、あなた様にそれを差し上げましょう)


《王の鉤爪》として、王国を守り、国民の幸せを守る。


 バショウが身を包むえんじ色の隊服。

 それは彼女の白銀の毛をくすんだ白灰色に見せかかる。

 そのおかげでリア姫の影武者であると悟られずにすんでいる。


 けれど、狙いはもう一つあった。


 それは『第八部隊はえんじ色の隊服を着ている』と周りに思い込ませる事だ。


『もみ手部隊』と後ろ指をさされるバショウ。


 誰も思うまい。

 街のありとあらゆる場所に、第八部隊が潜んでいる事を。


 例えば市場の露天商。

 例えば菓子屋の売り子。

 例えば花屋の店員。

 例えば屋敷の使用人。

 例えば劇団の裏方。

 例えばアコーディオン弾き。


 あらゆる場所に第八部隊はいる。


 トキワがミオに以前こう言っていた。

「第八部隊の隊員は、フラフラと街に出て遊んでいるんだ」と。



——任務中だというのに芝居を観に行ったり、菓子店に入り浸ったり、ほとんど詰所にはいないんだ。


——珍しく詰所に何人かいるかと思ったら、買って来た服を並べて衣装比べをしてたんだ。



 衣装比べ。

 それは文字通り、衣装——潜入する際に身を包む服を選んでいたのだ。


 バショウが隊服に身を包み、『もみ手のバショウ』として街中で目立てば目立つほど、潜入中の隊員達は目立たなくなる。


 まさか、街を包むアコーディオンの音色の中に、隊員同士でしかわからない『合図』が紛れているとは、誰も気が付かないだろう。

 秘密の合図が隠れているのは、何も蝋燭や鉢植えや封筒だけとは限らないのだ。

 目に見える物とは限らないのだ。


 他者との関係なんて、誤解の上に成り立っている。

 誤解を重ね着して、利用してやる。


 そもそも『隠蔽』されているとわかっているものを『隠蔽』とは呼ばない。

 バショウが囮となり、引き付けている間に、真の隠蔽はひっそりと行われる。


 大切な幼馴染。

 紫の瞳の姫。


 恋だの忠誠だの、そんな言葉では包めない想いをバショウはずっと抱えている。

 

 王国民の幸せを願うリア姫のため、バショウは包むのだ。


 北の不祥事、南の不合理、東の不都合、西の不始末。

 この国の全部を、あたくしがお包みします。

 そしてこの国の全てを包んで——。


「姫、あなたに贈ります」


 包むのは

 守るため

 隠すため

 装うため



 そして、贈るため。



 バショウは手に持っていた紫の石のブローチをミオに手渡した。

 

 そして柔らかく微笑んで言った。


「これ、贈り物用に包んでくれるかい」





  『その不祥事、お包みします』——了——

『その不祥事、お包みします』は、これにて完結となります。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

もしよろしければ、感想など一言でもお寄せいただけると、とても励みになります。

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