⑨
「……え……?」
オレの喉の奥から掠れた声が出た。
(クローが、ヘビワタリを墜落させる実行役だった……?)
「爆発音を合図に、ボクがヘビワタリの三号車を墜落させる手筈になっていた。だけど、失敗しちゃってさ」
クローはへへっと笑った。
「ボク達はね、二つに分けられていた。クーデターの計画を詳しく知っている者。そして、クーデターの駒として扱われ、何も知らされていない者。ボクは、前者だった。そして、ボクに良くしてくれたクチナワ者は、後者だった」
ヘビワタリには、大勢のクチナワ者が乗っていた。
彼らは、何も知らされずヘビワタリに乗せられた。
ただ、トープへ向かうように、と。
そこで仕事があるから、と。
自分達が、誘拐のカモフラージュのためだけに、殺されるのだと知らずにいたのだ。
「三号車に、その知り合いのクチナワ者が乗っていてさ。そのせいでボク、尻込みしちゃったんだ。計画は大失敗。あとで相当殴られたよ。計画が完全に狂ったせいで、七人の獣人が、突然消えた事になっちゃったからね」
誘拐した獣人を売り飛ばした事を隠すため、落下事故に巻き込まれた事にしようという企み。
大勢の死者が出るはずだった。
でもそれは、クローが失敗したおかげで未然に防がれたのだ。
気がつくべきだった。
クローからの手紙には『《オロチ》の中に裏切り者』とあった。
『リア姫とトキワに警戒せよ』とあった。
あれを読んで、オレはリア姫とトキワ隊長が、王国を裏切ったのだと思っていた。
けれど、違った。
二人はラウイの身辺を調査しているだけだった。
つまりどう言う事か。
リア姫とトキワ隊長が警戒すべき裏切り者と呼ぶのは、クーデターを企む側の視点だ。
リア姫とトキワ隊長の誤解が解けた時点で、オレは気がつくべきだったのだ。
(……でも、実際には、クローがクーデターを未然に防いだ事になる)
「君は……クーデターを防ぐため、ラウイ殿下を殺したのか?」
「そんなんじゃない。ボクはそんな奴じゃない。ボクは……けだものさ」
クローは暗い声で答える。
(……じゃあ、どうしてラウイ殿下を殺したんだ? それに——そもそも、どうしてクローは、計画の実行役なんていう重要なポジションを任されたんだ?)
「けだものだなんて言うなよ。クロー、君は、結果的にたくさんの人を救ったんだぞ!」
なぜだか、口の中が乾く。
押し寄せる不安に喉がひりつく。
理由はなんだろう。
向かい合ったクローの、暗い眼差しのせいだろうか。
「自分の事……けだものだなんて言わないでくれ……」
(何が、彼にそう言わせてるんだ。クーデターの共犯だった事か? ラウイ殿下を殺害した事か?)
フッとクローが息を吐いた。
笑ったのだろうか?
ため息をついたのだろうか?
「仕事が終わった後に振る舞われるスープ……それが、ボク達の唯一の食事だった」
唐突に話が変わった。
「あれは……あの日は、すごくキツい一日だったなぁ」
過去を思い返しているような口ぶりだ。
「なんでかわかるかい?」と表情を失くした顔でクローはオレに問いかける。
「あの日の剥ぎ取りはね、黒い毛皮だったんだ。ミオ、君に似ていたんだよ」
「オレに?」
「小柄な獣人でさ。ナイフを差し込む時、まるで君に刃物を向けているみたいでさ。我慢できなくて、剥ぎ取り中に吐いちゃったよ」
クローは、オレの黒縞をじっと見つめているようだった。
もし自分だったら——とオレは想像する。
(もしオレだったら、例えばバショウ隊長にそっくりの死体に、ナイフを向けられるだろうか? 心を無にして、その毛皮を剥ぐ事が出来るだろうか?)
「それは……つらかったな……」
絞り出した言葉はあまりにも浅く、オレは自分を殴りたくなった。
けれど、クローは特に気にも留めず言葉を続ける。
「問題はその後さ。仕事終わりの食事の時に、周りのみんなに心配されちゃってさ。渋々『知り合いに似てた』って答えたんだ」
一日の仕事終わりの食事の時間——。
唯一、気を抜けるひととき——。
「そしたら『食っても大丈夫か?』ってさらに心配されるんだよ。まあ、吐き気も止まってたし、スープぐらいは食えそうだったから『いや、もう平気だよ』って答えたよ。本当は、まだ手が震えていたけどね。そうしたらなんて言われたと思う?」
クローの瞳の中に、仄暗い焔が燃えている。
「『ああ、お前、知らなかったのか』って言われたんだ」
彼は声を絞り出した。
「ボク達が今まで食べていたスープ……あれにはさ」
声が震えていた。
「……死体の一部が、一緒に煮込まれていたんだ」
オレはその言葉を呆然と聞いていた。
何度か瞬きをする。
ゴクリと唾を飲み込む。
息が上手く吸えない。
「……死体を……食べていた……」
意図せず掠れた声で繰り返していた。
嫌悪感が湧く以前に、頭が理解を拒んでいた。
けれど、クローはオレの呟きを非難だと捉えたようだった。
ぐしゃり、とクローの顔が歪んだ。
一気にまくし立てる。
「そうでもしなきゃ《牙無し》は飯にありつけない。食材を売ってもらえないんだから、しょうがない。同胞食いは禁忌? ボク達の事を同胞だと思っているヤツがどれだけいる? 元々厭われていたんだ。蔑まれていたんだ。だったら、いいだろう。存在自体が禁忌なんだ。その通りの存在になってやろう。外側に中身を合わせてやろう。火葬されるんだから、バレないんだから——」
(これは——オレ達の罪だ)
クローの言葉を聞きながら、いつしかオレは涙を浮かべていた。
自分の存在自体が禁忌だと、そう本人に言わせてしまったのは、オレ達なのだ。
「それにさ——」
クローは、吐き気を堪えるような顔でこちらを見ている。
「《慈命慰魂の令》だったよね?『命を大事にしよう』って。この国では『王国民は資源』なんだろう? だったら……その資源……腹の足しにしたっていいじゃないか……そうだろう?」
細い身体が小さく震えている。
「……だからね……ボクは……ボクは、君にそっくりの獣人を……食べたんだ……けだものになったんだ……」




