⑦
「ようやく来たか」
低くしわがれた声が響いた。
見上げると、黒い影がゆっくりと階段を降りてくる。
「ラウイ殿下……」
オレは呟いた。
麗しき白銀の血を引く王弟ラウイ。
優秀な兄の片腕として、王国民からも人気の厚かった彼が、まさか黒幕だったとは。
思わず後ろを振り返る。
バショウ隊長も、トキワ隊長も、まだこちらに来る気配はない。
(一人で立ち向かわなくっちゃ)
「観念なさってください、もう、全部終わったんです」
オレの言葉に、ラウイは階段を降りる歩みを止め、肩を振るわせて笑い出した。
クックッと堪え切らないように漏らす笑い声はどこか歪で、オレは不安に襲われる。
(なんだ? 何かが変だ……こいつ、本当にラウイなのか?)
先ほど聞こえたしわがれ声。
それも、今更ながら不自然だったように思えてくる。
オレは目を凝らして彼の姿をよく見る。
首から下げられた宝珠は《オロチ》の称号持ちに与えられる物だ。
白銀の長毛が黒く汚れているように見える。
そして、なぜか両手を頭を抱えるようにして上げている。
その両目はドロリと濁っていて、オレと少しも目が合わない。
「——そうだね。確かに全部終わったね」
唐突に、そんな声がきこえた。
あたりを見回すが、誰もいない。
もちろん、追いついた隊長たちが背後にいるわけでもない。
(いや、そうじゃない)
その声は、オレの目の前、ラウイと思われる白銀の影から聞こえたのだ。
(でも、そんなわけない。そんなわけないんだ)
生臭い匂いが鼻に届く。
言葉が出てこない。
(オレは、この声を知っている)
そんなオレを前にして、ラウイは、首をがくりと揺らした。
そして、そのまま——ずるりと首が落ちた。
「——なッ!」
ラウイの首は、そのまま地面に転がる。
落ちた生首は、虚空を見つめている。
べちゃり、と血が床に落ちた。
その血は赤黒く、首を切られてから少し時間が経っている事を物語っている。
「毛皮をまとったら、君とお揃いになるかと思ったんだけどね」
ソイツは、羽織っていた白銀の長毛を床に投げ捨てた。
ビチャっと水分を含んだ重たい音がこだまする。
「これでボクも——けだものかな」
投げ捨てられた白銀の長毛。
おそらくラウイの毛皮なのだろう。
殺され、剥がされたばかりの、王弟ラウイの遺した毛皮。
現れたのは細い体躯だった。
剥ぎたての毛皮をまとっていたせいか血でべっとりと濡れている。
対して顔は綺麗なままだ。
ラウイの頭をかぶっていたわけでなく、顔の前に持ち上げていただけなのだろう。
ふざけてボールで顔を隠す子供のように、ラウイの生首を掲げていたのだ。
ソイツは転がっていたラウイの首を片手で掴み上げる。
その指に、鋭い爪はなかった。
うっすらと微笑むその口元に、尖った牙はなかった。
血濡れた身体に縞模様の毛はなく、頭部に短くカールした白銀の毛が生えているだけだ。
そう。
人間のような姿。
「どうして君がこんな所に……?」
この国に人間はいない。
この国で人間の姿をしている者がいれば、それは『原種返り』——《牙無し》だ。
「……そんな……どうして……クロー!」
ずっと探していた、大切な幼馴染のクロー。
彼は、血と脂にまみれ、そこに立っていた。
「久しぶり、ミオ」
《牙無し》のクローはそう言って、目を細めて笑った。




