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「ようやく来たか」


 低くしわがれた声が響いた。

 見上げると、黒い影がゆっくりと階段を降りてくる。


「ラウイ殿下……」


 オレは呟いた。


 麗しき白銀の血を引く王弟ラウイ。

 優秀な兄の片腕として、王国民からも人気の厚かった彼が、まさか黒幕だったとは。


 思わず後ろを振り返る。

 バショウ隊長も、トキワ隊長も、まだこちらに来る気配はない。


(一人で立ち向かわなくっちゃ)


「観念なさってください、もう、全部終わったんです」


 オレの言葉に、ラウイは階段を降りる歩みを止め、肩を振るわせて笑い出した。


 クックッと堪え切らないように漏らす笑い声はどこか歪で、オレは不安に襲われる。


(なんだ? 何かが変だ……こいつ、本当にラウイなのか?)


 先ほど聞こえたしわがれ声。

 それも、今更ながら不自然だったように思えてくる。


 オレは目を凝らして彼の姿をよく見る。

 首から下げられた宝珠は《オロチ》の称号持ちに与えられる物だ。

 白銀の長毛が黒く汚れているように見える。

 そして、なぜか両手を頭を抱えるようにして上げている。

 その両目はドロリと濁っていて、オレと少しも目が合わない。


「——そうだね。確かに全部終わったね」


 唐突に、そんな声がきこえた。

 あたりを見回すが、誰もいない。

 もちろん、追いついた隊長たちが背後にいるわけでもない。


(いや、そうじゃない)


 その声は、オレの目の前、ラウイと思われる白銀の影から聞こえたのだ。


(でも、そんなわけない。そんなわけないんだ)


 生臭い匂いが鼻に届く。

 言葉が出てこない。


(オレは、()()()()()()()()()


 そんなオレを前にして、ラウイは、首をがくりと揺らした。


 そして、そのまま——()()()()()()()()()


「——なッ!」


 ラウイの首は、そのまま地面に転がる。

 落ちた生首は、虚空を見つめている。


 べちゃり、と血が床に落ちた。

 その血は赤黒く、首を切られてから少し時間が経っている事を物語っている。


「毛皮をまとったら、君とお揃いになるかと思ったんだけどね」


 ソイツは、羽織っていた白銀の長毛を床に投げ捨てた。

 ビチャっと水分を含んだ重たい音がこだまする。


「これでボクも——()()()()かな」


 投げ捨てられた白銀の長毛。

 おそらくラウイの毛皮なのだろう。

 殺され、剥がされたばかりの、王弟ラウイの遺した毛皮。


 現れたのは細い体躯だった。

 剥ぎたての毛皮をまとっていたせいか血でべっとりと濡れている。


 対して顔は綺麗なままだ。

 ラウイの頭をかぶっていたわけでなく、顔の前に持ち上げていただけなのだろう。

 ふざけてボールで顔を隠す子供のように、ラウイの生首を掲げていたのだ。


 ソイツは転がっていたラウイの首を片手で掴み上げる。

 その指に、鋭い爪はなかった。

 うっすらと微笑むその口元に、尖った牙はなかった。

 血濡れた身体に縞模様の毛はなく、頭部に短くカールした白銀の毛が生えているだけだ。


 そう。

 人間のような姿。


「どうして君がこんな所に……?」


 この国に人間はいない。

 この国で人間の姿をしている者がいれば、それは『原種返り』——《牙無し》だ。


「……そんな……どうして……()()()!」


 ずっと探していた、大切な幼馴染のクロー。

 彼は、血と脂にまみれ、そこに立っていた。


「久しぶり、ミオ」


《牙無し》のクローはそう言って、目を細めて笑った。

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