⑥
本来、トープでの反乱組織鎮圧作戦は、トキワ隊長とバショウ隊長の陽動隊がヘビワタリで到着するのを待って決行される予定だった。
向こうが慌てている隙を見て《王の鉤爪》第一部隊から第八部隊までが一斉に攻め込む……手筈だったらしい。
けれど、オレ達が到着した頃には、トープは《王の鉤爪》とクチナワ者の戦いが始まっていた。
そこかしこで爪同士がぶつかり合う音が聞こえる。
「おやおや、待てなかったみたいだね」
バショウ隊長が肩をすくめる。
トキワ隊長は羽織った毛皮を手に構えて答えた。
「まあ、しょうがない。私達も、『三牙一賢』の子に恥じぬよう、あちらに加わろうじゃないか」
「あの……その『三牙一賢』って、なんでしょうか? オレ、ずっと気になっていて」
二人の隊長は顔を見合わせ、「ああ」と答えた。
「先代の王に仕えた《王の鉤爪》の四人のことだよ。その内の二人は、トキワの父とあたくしの父なんだ」
「……残りの二人は?」
「うーん、一人は《ラ虫ノ国》へ渡って……もう一人はどうしてるのかな。本来だったら《ミズチ》の称号をもらってカーマインの屋敷にでも住めるはずなんだけどね。行方はわからないよ」
「……どこか田舎でのんびり暮らしているかもって事ですか?」
「そうだね。酒とアコーディオンが好きなお方だったから、田舎の酒屋で演奏でもしてるんじゃないかな」
それがどうかしたかい? と尋ねるバショウ隊長に、オレは首を振った。
「じゃあ、オレちゃま。そろそろ行こうか」
♢ ♢ ♢
二人の後を追うようにしてオレは工業都市トープを駆け抜ける。
いくつもの工場が連なっていて、境目がわからない。
けれど、ひときわ大きくそびえ立つ鉄製の建造物——おそらくあそこに『竜』がいるのだろうとあたりをつけた。
「隊長! あの建物!」
「ああ、わかってる!」
襲いかかるクチナワ者を倒しながら、オレ達はじわじわと建物に近づく。
「すまない、ミオ君! 君はその黒毛で闇夜に溶け込みやすい。ここは私とバショウに任せて、先に『竜の寝床へ』!」
「……でも!」
「大丈夫だよ、オレちゃま。トキワとあたくしが、そう簡単にやられないよ」
「なるほど……それは『早く二人っきりになりたいから、ガキは向こうに行ってろ』って事ですね!」
「違う! 全然ちが——!」
バショウ隊長の言葉を最後まで聞かず、オレは駆け出した。
流石にオレも、こんな戦場でバショウ隊長が愛を深めたがってるとは思わない。
大人の愛っていうのは、もっと景色のいいところで育むものなんだろう。
知らないけど。
オレは、巨大な建物の中へと身体を滑り込ませた。
(『竜の寝床』……巨大兵器の眠る場所って事か……?)
見張りは見当たらない。
緊急事態で皆出払っているのだろうか。
(……暗くて、よくわからないな——)
その時だった。
オレは目を刺すような光に襲われた。
思わず顔を覆い、物陰に隠れる。
誰かが建物内の照明を付けたようだ。
(まずい……見つかったか?)
身体を伏せて、しばらく様子を伺って見たけれど、足音ひとつ聞こえない。
(……このままここに隠れていたってしょうがないな)
オレは覚悟を決めて、ゆっくりと身を起こす。
そろそろと柱から柱へと身を隠しながら、移動する。
そして——。
「うそ……だろ……これが……」
オレは、建設途中の『竜』を目の前に、言葉を失った。
(……『竜』って、確か神獣って話じゃなかったか? それがなんでこんな姿に……)
虎のような牙と爪、魚のような鱗を持ち、鳥のように飛ぶ。
そういった幻の生き物だと聞いていた。
そして、口から炎を吹くのだと。
オレは勝手に、頭の中でその神獣を思い描き、鋼鉄で作られた『竜』が、ここ『竜の寝床』に鎮座しているのかと思い込んでいた。
けれど違ったのだ。
それは——『城』だった。
王都カーマインの頂上にそびえ立つ王城。
明らかにそれを模したであろう建造物が、そこにはあった。
目の前の偽物の王城には、複雑な形をした砲台のようなものが設置されている。
おそらくここから、王都を攻撃しようとしているのだろう。
だけど、なぜ資金を注ぎ込んで作った兵器が『王城』の形をしているのか——。
(ラウイ殿下……あんたはもしかして)
彼にとっての神。
それは、竜でも長虫様でもなかったのではないか。
彼が心から信仰していたもの。
それは、英雄オルチア……彼の祖父だったのではないか。
幼い頃から聞かされた、祖父の英雄譚。
いつか祖父のようになるのだと、そう夢見た事だろう。
けれど、王座につくのは、兄のサンセだ。
兄がいる限り、ラウイはオルチアのような王にはなれない。
彼が欲しかったのは王城。
自分だけの、英雄の証。
(とはいえ、どんな外見をしていたところで中身は兵器だけどな)
けれど——。
ラウイにとってはこの外側、この姿こそが重要だったのだろう。
意味があったのだろう。
神獣の名を持つ自分の城が、兄の城を破壊する。
それが、彼にとっての『神』だったのかもしれない。
オレが、『竜』を見上げ、そんな事を考えていた時だった。
何者かが階段を降りてくる音が聞こえた。




