④
(わからない。リア姫がなぜ父王に歯向かうんだ)
「なぜですか。今のままでも《オロチ》でいる限り、恵まれた生活を……王国民にだって愛されて……」
薄布に包まれた顔は、ここからではよく見えない。
姫は、どこか憂いたような声で言う。
「まったくじゃのう」
(そんな……まるで他人事みたいに……)
「誘拐事件を、墜落事故で包んで隠してしまう……此度の隠蔽工作、第八部隊のような手口じゃのう」
「それは、流石に」
トキワが姫の言葉に苦笑する。
オレは、二人の笑い声を聞き、無性に腹が立っていた。
何が隠蔽工作だ。
何が『包んで隠して』だ。
「そんなの……そんなの……!」
オレは、思わず叫んだ。
「そんなの、バショウ隊長の足元にも及ばないですよ!」
オレの大声に、二人はハッとこちらを見る。
「バショウ隊長は、嘘つきで、回りくどくて、何を考えているのかわからないです。厄介です。でも、あの人は、他とは違う。他の奴らがしがみついてでも守ろうとする自分の名誉を、あの人は簡単に手放せる。あの人が嘘をつくのは、騙すのは、包むのは、何かを……誰かを守る時なんだ!」
震える声で、オレは言う。
大声が、傷に響く。
けれど、やめない。
止まらない。
「あの人は、お前達とは全然違う! 国民を売ったり、殺したり、笑ったりする奴らと、バショウ隊長は全然違う!」
そこまで言って、オレは大きく咳き込んだ。
たまらずベンチに倒れ込む。
クチナワ者との戦闘の傷が、まだ癒えてない。
ヘビワタリの車両に、甲高い金属音とオレの咳き込む声がしばらく鳴り響いていた。
どのくらい経っただろう。
オレが顔をあげると、トキワ隊長がなんとも言えない複雑な顔をしてこちらを見ていた。
そんな彼にリア姫が声をかける。
「……トキワ。お前、ちゃんと説明してなかったのか」
「いや……えーっと。そこの誤解を解いておくのを忘れ……て……」
リア姫は、「ふん」と小さく唸ると、ベンチに腰掛けた。
「やったのは余ではないぞ」
「……え?」
「誘拐も、人身売買も、墜落事故の計画も、やったのは余ではない」
「それは、誰かにやらせたと——」
「違う。今までの話は全部、余とトキワが調べ上げた事実であって、余が行った事ではないわ」
(……調べ上げた、だって?)
トキワ隊長が、丸い耳をはためかせる。
「最初に説明しておけばよかったんだよね。すまないね。君は、黒幕がリア姫と私だと思っているようだけど、違うんだ。私達は、今回の人身売買について秘密裏に調査していただけなんだ。もしかしたらコソコソしている様子を見た誰かに勘違いされたかも知らないけれど——」
「ちょ、ちょっと待ってください」
オレはたまらずトキワ隊長の言葉を制止する。
「今まで話していた事件の真相は、罪の告白なんじゃ——」
「違う違う。調べた結果わかった事を教えていただけだよ。勘違いさせてすまなかったね」
(それじゃあ、「すまない」と謝罪の言葉を口にしなかったのは、ただ単純に、自分のした事じゃないから? 他人事みたいだと腹が立ったけど、本当に他人事だった?)
「いや、でもトキワ隊長が説明してくれた計画、まるで見てきたように——」
「それだけ詳しく調査したからね」
(……嘘だろ? どう聞いたって、悪巧みをしている二人組って感じだったぞ)
「じゃあ」
オレはたまらず立ち上がった。
「じゃあ、黒幕は誰だって言うんですか! こんな大きな事が出来るのはリア姫のような《オロチ》以外に——」
「黒幕は王弟のラウイ殿下だ」
トキワ隊長が、そうあっさりと言った。
「……え?」
「サンセ陛下の弟君であるラウイ殿下が、今回の黒幕だよ」
オレは、言葉を失った。
(ラウイ殿下……?)
確かに今までオレが、リア姫がやったと思い込んでいた犯罪行為の数々は、全てラウイ殿下でも可能だ。
(でも……なぜ……)
「常に賢王の『片腕』であり続ける事に飽きた王弟は、反逆を企てる。密かに人間国《ラ虫ノ国》の人身売買組織と繋がりを持った彼は、《ラ虫ノ国》から仕入れた薬物を《カガチ》の子息達にばら撒く。運び屋としてクチナワ者を使い、仲介人として庭師を使った手口は、もう知っているね」
トキワは、噛んで含めるように、ゆっくりとオレに語りかける。
「目当ての《カガチ》を薬漬けにし、彼らを言葉巧みに誘い出し、人間国へと連れ去る。墜落事故に見せかける作戦は失敗したが、行方不明事件を解決出来ない王権への不信感は少しずつ高まっている。今トープでは、大型の兵器が急ピッチで作られているんだよ。鋼の身体は攻撃を跳ね返し、口から吐き出す炎の鉄玉は、城壁を簡単に破壊する、そんな恐ろしい兵器だ」
「その名を『竜』というそうじゃ。作っているのは、集められたクチナワ者達で、その資金や資材の出所は、件の人身売買組織じゃろうて」
「でも……なぜ、ラウイ殿下が人間と手を組んで……そもそも人間はなんのために……?」
「ラウイ殿下は、クーデターを起こして自分がトップになるため。人間の方は、まあラウイ殿下を傀儡にして、この国を手にいるようとしているんだろうね」
「そんな! 侵略行為じゃないですか」
「いや、人間国にも手を回して調べてみたけどね。おそらく《ラ虫ノ国》自体がこちらを侵略しようとしているわけではなく、裏の犯罪組織が勝手に動いているだけのようだ」
「そんな……じゃあ、早く止めなくちゃ」
オレの言葉にトキワ隊長は落ち着いた様子で頷く。
「ああ。裏どりが取れたからね。《王の鉤爪》総出でトープに向かう事になったよ」
「え……隊長と、リア姫はなぜこのヘビワタリに?」
「いい囮になるじゃろう? 《オロチ》が真夜中に護衛一人だけを連れてトープにやってくる……何事かとこちらを待ち構えるその隙に、トープの麓では今、闇夜に紛れて《王の鉤爪》が集結しているところなのじゃ」
「そんな……姫様、危ないです。あなたがこんな前線に来てはいけません」
オレはようやく現在の状況を理解し、そして慌てる。
(姫様に、何かあったら大変だ)
「囮って、別にご本人が来る必要がないじゃないですか。影武者とか、用意できなかったんですか?」
オレの言葉に、トキワ隊長は困ったような情けない顔を浮かべる。
(……そうか。トキワ隊長は、姫様に心酔していたから、反論できなかったんだな。確か、バショウ隊長も言ってた——)
そこまで考えたところで、オレはハタと動きを止めた。
(……バショウ隊長は、なんと言ってた……?)
——姫様の前に立つと、アイツひと言も喋れなくなるんだ。緊張しちゃうんだろうね。
(……いや、喋っているぞ)
リア姫の前で、トキワ隊長は喋り続けている。
それはそう……まるで、気心の知れた、昔からの知り合いを前にしているかのように、くつろいだ様子で——。
クックッとリア姫が笑い出した。
その姿は、先ほどまでの高貴で高潔な外面を脱ぎ捨てたかのようだ。
気安く、聞き覚えのある笑い声だった。
「まったくアレだねぇ」
彼女はそう言って、身を包んでいたベールを脱ぎ落とした。
ばさりと音を立てて、えんじ色の隊服を羽織る。
第八部隊——隠蔽部隊の象徴、真っ赤な嘘色の隊服を。
「ようやく気がついたかい? オレちゃま」
第八部隊隊長、灰虎のバショウはそう言って片目をつぶって見せたのだった。




