⑨
(落ち着いて考えると、不自然な点はいくつもあるんだ)
薬の運び屋が、たまたまエチゴ家の屋敷にいるタイミングで、飲み込んだ包みが破れて死に至る。
そんな事があるだろうか。
飼い猫がたまたま内臓にじゃれついて、さらには咥えたまま窓の外に飛び出す。
そんな事があるだろうか。
猫を追いかけていた庭師がたまたま足を滑らせて、見つけにくい場所で転落死する。
そんな事があるだろうか。
——恋物語じゃあるまいし、現実にはそうそうないだろう。
それも、いつかバショウ隊長が言った言葉だ。
(だとしたら、真実は……とてもシンプルなんじゃないか?)
兄の身代わりとして生きている弟。
その弟が不自然な行方不明事件に巻き込まれる。
弟を奪われた兄は苦悩するだろう。
黒幕の見当はついているのに、手出し出来ない。
なぜなら、相手はおそらく王族だからだ。
自分のために、弟のために、家のために、身動きが取れない兄。
バショウ隊長の話は説明のつかないおかしな点がいくつかある。
庭師は、《オロチ》からの命令で《カガチ》の若者に違法薬物を売りつけていた。
何か企みがあったのだろう。
そしてその後、客であった《カガチ》の若者達は姿を消す。
その中にはエチゴ家の長男の影武者だったヌリも含まれていた——。
(ここまではいいとして……)
だけど、どうして庭師はその後もまだエチゴ家に出入りしていたのか?
目印となるマタタビの鉢植えを置いたままにした。
高額な違法薬物をヤナギに運ばせた。
彼らはリスクを冒してまで、取引を続けた。
それはなぜか。
それは、新しい買い手が現れたからではないか。
新しい買い手——それはエチゴ家の本物の長男。
兄は、弟の仇を取ろうとしていたのではないか。
庭師の背後関係を調べようと、今度は兄が弟のフリをしたのではないか。
父の毛皮を被り、ベッドに横たわる怠惰な弟を演じ、薬の取引を続けて、弟の行方を探ろうとした。
(兄なりに『ヘビワタリ事件』と庭師との関係を調べようとしたのだとしたら……)
弟を薬漬けにした張本人を前にして、兄は、我慢できたのだろうか。
いざとなれば《オロチ》の背後に隠れようとする卑怯者と、冷静なやりとりが出来たのだろうか。
オレは頭に思い描く。
そっと扉から部屋の中を覗く兄。
《牙無し》の彼は、身体に父の毛皮を巻き付けている。
その時に、聞いてしまったのではないか。
庭師と運び屋の会話を。
その中に弟への侮蔑の言葉があったのを。
(そう、例えば——)
『兄が兄なら弟も弟だな。《カガチ》の坊ちゃん方は相当金になる』
『育ちがいいと、利用価値も高いですな』
『ふん。中身が空っぽのボンボンが。せいぜい骨の髄まで、牙一本残さず利用させてもらおう』
大切な弟に寄生し、吸い尽くし、いざとなれば宿主から逃げ出す寄生虫。
そうノジは言っていた。
そんな寄生虫共が、ヒソヒソと囁きあっていたのを、兄が扉の影から聞いてしまったとしたら。
(自分もある意味、影武者として弟を利用していた——だからこそ、ノジは彼らの言葉に激昂した)
だから、兄は、無法者達に襲いかかったのだ。
恐ろしい虎のように。
運び屋の腹の傷は「薬を全部取り出すため」だとバショウ隊長は言っていた。
それは果たして真実だろうか。
(もしかして、激昂したノジが、飛びかかって刺した傷なのではないだろうか)
隊長は「死体の腹が空っぽだった」とも言っていた。
それは果たして真実だろうか。
(もしかして、内臓なんて、もともと抜かれてなかったんじゃないか)
死体を運び出しのも、調べて報告したのも第八部隊だ。
そしてそれをオレに伝えたのは、もみ手のバショウ。
(情報の信憑性なんて、元々なかったんだ。なにせ、バショウ隊長は、隠蔽部隊の親玉なんだから)
ユキノが持っていたナイフ。
あれは、ロニからもらったと言っていた。
ロニが道端で拾ったものだと。
美しい装飾のナイフ。
値打ちモノだ。
おそらく称号持ちの所持品だったのだろう。
ナイフを道に落として気が付かないなんて事があるだろうか。
持ち主は、よっぽど慌てていたに違いない。
自分を失っていたに違いない。
崖から転落死した庭師。
《オロチ》との繋がりを持つ彼は、逃げ出した猫を追いかけたのだと隊長は言っていた。
血まみれの腸を咥えて、窓を飛び出していった猫を急いで追いかけたのだろう、と。
(彼は本当に猫を追っていたのだろうか)
オレは思う。
追っていたのではなく追われていたのではないか。
怒りに我を忘れた兄に。
仇を取ろうとした兄に。
父の毛皮をまとい、兄は変質した。
父の毛皮を被り、兄は変身した。
聡明で柔弱な彼は、獣となった。
闇夜に吼える一匹の虎は、敵を崖から突き落としたのだ。
剥き出しのままでは生きられない。
強くなるために、身を包む。
毛皮に身を包んだ虎は、大蛇に牙を向いた。
(もしかしたら……この事を、エチゴ夫人は薄々わかっていたのかもしれない)
夫人は悩んだはずだ。
クチナワ者の死体はどうとでも処理できる。
けれど、庭師の方は《オロチ》との繋がりがある。
憎い相手だが、息子が殺してしまったという事実を《オロチ》にだけは隠さなければならない。
だからこそ、夫人は『もみ手のバショウ』に依頼したのだ。
彼女は、全てを包んでくれる。
飾って、隠して、守ってくれるのだ。
(だけど、それではまだ終わっていない)
真の黒幕——《オロチ》の方は、まだ野放しのままなのだ。
恐ろしい大蛇は、頭を仕留められずにいる。
そして、その正体はおそらく——。
(『欲しがり姫と金色の騎士』、か)
クローが封筒に書き残した『リア姫とトキワに警戒せよ』と言う言葉。
証拠と言えばそれだけだ。
それだけで、トキワ隊長を詰めることも、ましてやリア姫を告発する事もできない。
ならば、何か別の足がかりが必要だ。
リア姫やトキワ隊長と、クチナワ者が繋がっている証拠。
彼らが『ヘビワタリ事件』の黒幕である証拠。
どうにかして、辿り着かなくてはならない。
でなければクローは。
オレの大切な幼馴染は。
(何も遺さずに——なんの生きた証も残さずに、アイツは初めからいなかったみたいに消えてしまう。消されてしまう)
消えた七名の獣人。
クローは彼らとは違う。
捨て子だ。
数に数えてもらえない。
(だからこそ、オレが助けなくちゃいけないんだ)
扉が開く音がした。
顔を上げると、帰ってきた花屋の店主と目が合った。
「おや、誰かと思ったら、この間の《王の鉤爪》の……」
「その説はどうもありがとうございました」
「いやいや、なんの役にも立てなくてね」
店主は手を振りながら鷹揚に笑った。
「それで、本日はどういったご用件で?」
「ただの買い物です。ちょっと……包んでいただきたいんです」
「へい、なんにしましょう」
(オレは、クローを、助けなくちゃ)
決意と共に、オレは店主にこう伝えた。
「マタタビをください。この前こちらに持ってきた鉢と同じようなヤツを。それを、贈り物用に包んで下さい」




