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その不祥事、お包みします  作者: 輪二
第三章 
38/52

(落ち着いて考えると、不自然な点はいくつもあるんだ)


 薬の運び屋が、()()()()エチゴ家の屋敷にいるタイミングで、飲み込んだ包みが破れて死に至る。


 そんな事があるだろうか。


 飼い猫が()()()()内臓にじゃれついて、さらには咥えたまま窓の外に飛び出す。


 そんな事があるだろうか。


 猫を追いかけていた庭師が()()()()足を滑らせて、見つけにくい場所で転落死する。


 そんな事があるだろうか。


——恋物語じゃあるまいし、現実にはそうそうないだろう。


 それも、いつかバショウ隊長が言った言葉だ。


(だとしたら、真実は……とてもシンプルなんじゃないか?)


 兄の身代わりとして生きている弟。

 その弟が不自然な行方不明事件に巻き込まれる。

 弟を奪われた兄は苦悩するだろう。

 黒幕の見当はついているのに、手出し出来ない。

 なぜなら、相手はおそらく王族だからだ。

 自分のために、弟のために、家のために、身動きが取れない兄。


 バショウ隊長の話は説明のつかないおかしな点がいくつかある。


 庭師は、《オロチ》からの命令で《カガチ》の若者に違法薬物を売りつけていた。

 何か企みがあったのだろう。

 そしてその後、客であった《カガチ》の若者達は姿を消す。

 その中にはエチゴ家の長男の影武者だったヌリも含まれていた——。


(ここまではいいとして……)


 だけど、どうして庭師は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 目印となるマタタビの鉢植えを置いたままにした。

 高額な違法薬物をヤナギに運ばせた。

 彼らはリスクを冒してまで、取引を続けた。


 それはなぜか。


 それは、()()()()()()()()()()からではないか。


 新しい買い手——それはエチゴ家の本物の長男。


 兄は、弟の仇を取ろうとしていたのではないか。


 庭師の背後関係を調べようと、今度は()()()()()()()()()のではないか。

 父の毛皮を被り、ベッドに横たわる怠惰な弟を演じ、薬の取引を続けて、弟の行方を探ろうとした。


(兄なりに『ヘビワタリ事件』と庭師との関係を調べようとしたのだとしたら……)


 弟を薬漬けにした張本人を前にして、兄は、我慢できたのだろうか。

 いざとなれば《オロチ》の背後に隠れようとする卑怯者と、冷静なやりとりが出来たのだろうか。


 オレは頭に思い描く。


 そっと扉から部屋の中を覗く兄。

 《牙無し》の彼は、身体に父の毛皮を巻き付けている。

 その時に、聞いてしまったのではないか。


 庭師と運び屋の会話を。

 その中に弟への侮蔑の言葉があったのを。


(そう、例えば——)


『兄が兄なら弟も弟だな。《カガチ》の坊ちゃん方は相当金になる』

『育ちがいいと、利用価値も高いですな』

『ふん。中身が空っぽのボンボンが。せいぜい骨の髄まで、牙一本残さず利用させてもらおう』


 大切な弟に寄生し、吸い尽くし、いざとなれば宿主から逃げ出す寄生虫。

 そうノジは言っていた。


 そんな寄生虫共が、ヒソヒソと囁きあっていたのを、兄が扉の影から聞いてしまったとしたら。


(自分もある意味、影武者として弟を利用していた——だからこそ、ノジは彼らの言葉に激昂した)


 だから、兄は、無法者達に襲いかかったのだ。

 恐ろしい虎のように。


 運び屋の腹の傷は「薬を全部取り出すため」だとバショウ隊長は言っていた。

 それは果たして真実だろうか。


(もしかして、激昂したノジが、飛びかかって刺した傷なのではないだろうか)


 隊長は「死体の腹が空っぽだった」とも言っていた。

 それは果たして真実だろうか。


(もしかして、内臓なんて、もともと抜かれてなかったんじゃないか)


 死体を運び出しのも、調べて報告したのも第八部隊だ。

 そしてそれをオレに伝えたのは、もみ手のバショウ。


(情報の信憑性なんて、元々なかったんだ。なにせ、バショウ隊長は、隠蔽部隊の親玉なんだから)


 ユキノが持っていたナイフ。

 あれは、ロニからもらったと言っていた。

 ロニが道端で拾ったものだと。


 美しい装飾のナイフ。

 値打ちモノだ。

 おそらく称号持ちの所持品だったのだろう。


 ナイフを道に落として気が付かないなんて事があるだろうか。

 持ち主は、よっぽど慌てていたに違いない。

 自分を失っていたに違いない。


 崖から転落死した庭師。

《オロチ》との繋がりを持つ彼は、逃げ出した猫を追いかけたのだと隊長は言っていた。

 血まみれの腸を咥えて、窓を飛び出していった猫を急いで追いかけたのだろう、と。


(彼は本当に猫を追っていたのだろうか)


 オレは思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 怒りに我を忘れた兄に。

 仇を取ろうとした兄に。


 父の毛皮をまとい、兄は変質した。

 父の毛皮を被り、兄は変身した。

 聡明で柔弱な彼は、獣となった。


 闇夜に吼える一匹の虎は、敵を崖から突き落としたのだ。

 剥き出しのままでは生きられない。

 強くなるために、身を包む。

 毛皮に身を包んだ虎は、大蛇に牙を向いた。


(もしかしたら……この事を、エチゴ夫人は薄々わかっていたのかもしれない)


 夫人は悩んだはずだ。

 クチナワ者の死体はどうとでも処理できる。

 けれど、庭師の方は《オロチ》との繋がりがある。

 憎い相手だが、息子が殺してしまったという事実を《オロチ》にだけは隠さなければならない。


 だからこそ、夫人は『もみ手のバショウ』に依頼したのだ。


 彼女は、全てを包んでくれる。

 飾って、隠して、守ってくれるのだ。


(だけど、それではまだ終わっていない)


 真の黒幕——《オロチ》の方は、まだ野放しのままなのだ。

 恐ろしい大蛇は、頭を仕留められずにいる。

 そして、その正体はおそらく——。


(『欲しがり姫と金色の騎士』、か)


 クローが封筒に書き残した『リア姫とトキワに警戒せよ』と言う言葉。


 証拠と言えばそれだけだ。

 それだけで、トキワ隊長を詰めることも、ましてやリア姫を告発する事もできない。


 ならば、何か別の足がかりが必要だ。


 リア姫やトキワ隊長と、クチナワ者が繋がっている証拠。

 彼らが『ヘビワタリ事件』の黒幕である証拠。


 どうにかして、辿り着かなくてはならない。

 でなければクローは。

 オレの大切な幼馴染は。


(何も遺さずに——なんの生きた証も残さずに、アイツは初めからいなかったみたいに消えてしまう。消されてしまう)


 消えた七名の獣人。

 クローは彼らとは違う。

 捨て子だ。

 数に数えてもらえない。


(だからこそ、オレが助けなくちゃいけないんだ)



 扉が開く音がした。

 顔を上げると、帰ってきた花屋の店主と目が合った。


「おや、誰かと思ったら、この間の《王の鉤爪》の……」

「その説はどうもありがとうございました」

「いやいや、なんの役にも立てなくてね」


 店主は手を振りながら鷹揚に笑った。


「それで、本日はどういったご用件で?」

「ただの買い物です。ちょっと……包んでいただきたいんです」

「へい、なんにしましょう」


(オレは、クローを、助けなくちゃ)


 決意と共に、オレは店主にこう伝えた。


「マタタビをください。この前こちらに持ってきた鉢と同じようなヤツを。それを、贈り物用に包んで下さい」

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