⑭
「人通りのなくなる機会を伺ってくださったご配慮、心より深謝申し上げます」
バショウ隊長は、肩から羽織っていた毛皮をバサリと外す。
逮捕術の構えだ。
「貴見を述べられる際は、遺漏の無きよう可及的速やかにお願いしたく存じます」
「なんだ、この女? 何言ってやがる」
クチナワ者達は皆、訝しげな顔だ。
(まったく隊長は……こんな時まで、婉曲な物言いなんだな)
「隊長はこう言いたかったんですよ」
オレも隊長に習って毛皮のマントを肩から下ろす。
「『人気のない場所まで来ないと手出しのできない臆病者め。何か言いたい事があったら今のうちに聞いてやろう』ってね! そうですよね? 隊長!」
「全然違うよ、オレちゃま」
「またまたご謙遜を」
「謙遜じゃない。全然違う」
バショウ隊長はパタパタと手を振って否定したけれど、クチナワ者達は聞いちゃいなかった。
「なんだと!?」
「なめやがって!」
「ふざけんなよ!?」
(おお……めちゃくちゃ怒っている……)
「随分と、コソコソ嗅ぎ回っているようじゃねえか。《王の鉤爪》さんよ」
体格の良い獣人が、一歩前に出る。
口周りの縄模様も随分と長いようだ。
(いくつも罪を重ねるか、重い罪を犯さないと、あんなに長い入れ墨にはならないだろうな)
「嗅ぎ回る……とは、身元不明死体の事でしょうか?」
「悪い事は言わねぇ、死んだヤツの事を調べるのはやめときな。痛い目を見たくなきゃな」
「なるほど……まさか、君たち《オロチ》の差し金じゃあないよねえ」
「なッ! 貴様なぜそれを!」
(……ん?《オロチ》? 《オロチ》というと、王族の称号なはずだけど……どうしてここで王族が出てくるんだ?)
バショウ隊長の顔を伺うけれど、そのひょうひょうとした顔からは、何も読み取れない。
彼女は、オレの方をチラリと見る。
視線が交差した。
「オレちゃま、ちょっと軽い運動に付き合えるかな?」
「ええまあ……ちょっと厄介ではありますけど」
「そう言ってくれるな。それでは、皆様方——」
バショウ隊長はふわりの灰色の毛皮を広げてみせた。
「全て、第八部隊がお包みします」
♢ ♢ ♢
バショウ隊長の言葉を合図に、オレは前へ飛び出した。
——生虜捕縛・《頭包み》
体格の良い頭目らしき獣人へ飛びかかる。
身体はデカいが、その分反応が遅い。
オレはそのまま思い切り腹を蹴り付けた。
「ハッ! なんだその蹴りは! 虫に刺されたのかと思ったぞ!」
嘲笑った男の視界を、暗闇が襲いかかる。
暗闇の正体はオレのマントだ。
腹を蹴りつけた反動を利用して、顔に毛皮のマントを巻きつけたのだ。
「なッ、くそっ!」
頭部を覆われた事で慌ててもがくクチナワの男。
オレはその隙を逃さない。
毛皮の端を引っ張ったまま、体勢を低くして地面に着地する。
油断もあったのだろう。
男は後頭部から地面に叩きつけられ、動かなくなった。
『お前はガキだ。力も弱く背丈もない』
オレに捕縛術を教えてくれた、マルーンのおやっさんの言葉を思い出す。
『だが、捕縛術はな、周りの力を味方につけるんだ。重力に逆らわず、遠心力を利用し、弾性力を操るんだ。俺だってな、周りの奴らの力をちょいと借りただけで、《王の鉤爪》の『三牙一賢』にまで上り詰めたんだからな』
『……それ、「周りの奴らを上手い事利用させてもらったぜ、しめしめ。俺以外の奴は、俺のために生きていると言っても過言じゃないからな」って意味か? おやっさん』
『ちげぇよ! 全然ちげぇよ! お前、俺がそう言ってただなんて町の奴らに絶対言うなよ……!』
『お酒を奢ってもらえなくなるもんね』
『ああ……いや、違う! ……いや、違くはないが……まあいい! とにかくだ。今は無茶をして筋力をつけることよりも、身体を柔軟に動かすことに集中しろ。「力の動き」を読めるように訓練するんだ』
あのおやっさんが、本当に《王の鉤爪》の隊員だったのかはわからない。
昼間から飲んだくれて、酒場でアコーディオンを弾いている、気のいいおやっさん。
気が良すぎるせいで、クローを引き取る事になった、変わり者のおやっさん。
『もしも、大勢に囲まれた状態で戦わないと行けなくなったらな、まあ方法はいくつかある。一つは、「頭」を潰す事だ。どいつが「頭」なのか判断し、全てに先んじてまず、頭を潰す』
おやっさんの教えの通り、頭目らしき男を倒すと、見るからに集団は動揺しているようだった。
けれど、ガキにやられっぱなしでは沽券にかかわるのだろう。
牙を剥き、爪を振り回し、何人かが一度にオレめがけて襲いかかってくる。
『ただな、もしも……もしもだぞ。にっちもさっちもいかなくなった時用に、お前には奥の手も教えておいた方がいいかもな』
おやっさんはそう言った。
そして、オレに捕縛術の『禁じ手』を教えてくれた。
『こんな手、使わないに限るんだけどな』
オレは、クチナワ者達の攻撃を避けながら、地面に目を走らせる。
(よし……見つけた!)
オレは転んだフリをしてソレに手を伸ばした——。
——が、その瞬間だった。
横から伸びた手にグイと掴まれた。
「こらこら、オレちゃま。そんなヤンチャ、誰から聞いたんだい?」
悪い子だねぇ、とバショウ隊長は薄く笑った。
「そんな事しなくても大丈夫だよ。そこで見ててごらん。あたくしがお包みしてやるから」
そう言うと彼女は白灰の毛皮を広げたまま、クチナワ者達に一足飛びに向かって行った。
——生虜捕縛・《群包み》
それは、舞踏を見ているようだった。
敵の背後に回り込んだ隊長は、相手の身体に毛皮を巻きつけた。
ぐるりと反動をつけて別の敵へと体当たりさせる。
白灰の毛皮が翻る。
背後から別のクチナワ者が襲いかかる。
隊長は身をかわして足払いをしかける。
そして次の瞬間には、そいつを踏み台にして宙へと舞い上がった。
(目で追うのがやっとだ——)
別の獣人の肩に飛び乗り、その顔に毛皮を巻きつけ地面に飛び降りる。
たまらずにバランスを崩した獣人が、他の獣人を巻き添えに地面に倒れる。
ヒラヒラと毛皮が舞うと、どさりと敵が倒れる。
フワフワと隊長が身を翻すと、ばたりと敵が沈む。
そうこうしている内に、決着はついた。
クチナワ者達はうめき声をあげながら、地面に転がっている。
気絶している者もいる。
対するバショウ隊長は、息が乱れた様子もなく、毛皮の羽織についた砂埃を払っている。
(——圧倒的だな……)
「さて、行こうかね」
「え……でも、こいつらどうするんですか?」
「大丈夫。第八部隊の子達が、連行してくれるよ」
そう言うと、バショウ隊長はさっさと歩き出してしまう。
(第八部隊の子? まさかどこかに隠れて隊長を護衛していたのか?)
キョロキョロと辺りを見回すけれど、えんじ色の隊服を着た隊員の姿はない。
「まあ、誰の差金なのか聞き出したい所だけど……口を割るかなぁ」
「あの……さっき、《オロチ》って……」
バショウ隊長はオレの問いに答えない。
そして「まあ、大体の事はわかったけれどね」と言った。
「わかった……?」
「オレちゃま。明日、エチゴの屋敷に伺うよ。第八部隊の使命を果たさなくてはね」
「え……と言う事は、あの遺体が誰なのか、なぜ殺されたのか、わかった……と言う事ですか?」
「ああ。そうだよ」
隊長は軽く頷く。
「何が……あったんですか?」
「んふぅ。まあ、オレちゃまには先に説明しておくか」
バショウ隊長は、両の手をモフモフと擦り合わせて言った。
「簡単に言うとね、《長虫様》が飛び出したんだ。それが、あの事件の真相だよ」




