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その不祥事、お包みします  作者: 輪二
第二章 
27/52

「人通りのなくなる機会を伺ってくださったご配慮、心より深謝申し上げます」


 バショウ隊長は、肩から羽織っていた毛皮をバサリと外す。

 逮捕術の構えだ。


「貴見を述べられる際は、遺漏の無きよう可及的速やかにお願いしたく存じます」

「なんだ、この女? 何言ってやがる」


 クチナワ者達は皆、訝しげな顔だ。


(まったく隊長は……こんな時まで、婉曲な物言いなんだな)


「隊長はこう言いたかったんですよ」


 オレも隊長に習って毛皮のマントを肩から下ろす。


「『人気のない場所まで来ないと手出しのできない臆病者め。何か言いたい事があったら今のうちに聞いてやろう』ってね! そうですよね? 隊長!」

「全然違うよ、オレちゃま」

「またまたご謙遜を」

「謙遜じゃない。全然違う」


 バショウ隊長はパタパタと手を振って否定したけれど、クチナワ者達は聞いちゃいなかった。


「なんだと!?」

「なめやがって!」

「ふざけんなよ!?」


(おお……めちゃくちゃ怒っている……)


「随分と、コソコソ嗅ぎ回っているようじゃねえか。《王の鉤爪》さんよ」


 体格の良い獣人が、一歩前に出る。

 口周りの縄模様も随分と長いようだ。

(いくつも罪を重ねるか、重い罪を犯さないと、あんなに長い入れ墨にはならないだろうな)


「嗅ぎ回る……とは、身元不明死体の事でしょうか?」

「悪い事は言わねぇ、死んだヤツの事を調べるのはやめときな。痛い目を見たくなきゃな」

「なるほど……まさか、君たち《()()()》の差し金じゃあないよねえ」

「なッ! 貴様なぜそれを!」


(……ん?《()()()》? 《オロチ》というと、王族の称号なはずだけど……どうしてここで王族が出てくるんだ?)


 バショウ隊長の顔を伺うけれど、そのひょうひょうとした顔からは、何も読み取れない。


 彼女は、オレの方をチラリと見る。

 視線が交差した。


「オレちゃま、ちょっと軽い運動に付き合えるかな?」

「ええまあ……ちょっと厄介ではありますけど」

「そう言ってくれるな。それでは、皆様方——」


 バショウ隊長はふわりの灰色の毛皮を広げてみせた。


「全て、第八部隊がお包みします」



   ♢   ♢   ♢



 バショウ隊長の言葉を合図に、オレは前へ飛び出した。



——生虜捕縛・《頭包み》



 体格の良い頭目らしき獣人へ飛びかかる。

 身体はデカいが、その分反応が遅い。

 オレはそのまま思い切り腹を蹴り付けた。


「ハッ! なんだその蹴りは! 虫に刺されたのかと思ったぞ!」


 嘲笑った男の視界を、暗闇が襲いかかる。

 暗闇の正体はオレのマントだ。

 腹を蹴りつけた反動を利用して、顔に毛皮のマントを巻きつけたのだ。


「なッ、くそっ!」


 頭部を覆われた事で慌ててもがくクチナワの男。

 オレはその隙を逃さない。

 毛皮の端を引っ張ったまま、体勢を低くして地面に着地する。


 油断もあったのだろう。

 男は後頭部から地面に叩きつけられ、動かなくなった。


『お前はガキだ。力も弱く背丈もない』


 オレに捕縛術を教えてくれた、マルーンのおやっさんの言葉を思い出す。


『だが、捕縛術はな、周りの力を味方につけるんだ。重力に逆らわず、遠心力を利用し、弾性力を操るんだ。俺だってな、周りの奴らの力をちょいと借りただけで、《王の鉤爪》の『三牙一賢』にまで上り詰めたんだからな』

『……それ、「周りの奴らを上手い事利用させてもらったぜ、しめしめ。俺以外の奴は、俺のために生きていると言っても過言じゃないからな」って意味か? おやっさん』

『ちげぇよ! 全然ちげぇよ! お前、俺がそう言ってただなんて町の奴らに絶対言うなよ……!』

『お酒を奢ってもらえなくなるもんね』

『ああ……いや、違う! ……いや、違くはないが……まあいい! とにかくだ。今は無茶をして筋力をつけることよりも、身体を柔軟に動かすことに集中しろ。「力の動き」を読めるように訓練するんだ』


 あのおやっさんが、本当に《王の鉤爪》の隊員だったのかはわからない。

 昼間から飲んだくれて、酒場でアコーディオンを弾いている、気のいいおやっさん。

 気が良すぎるせいで、クローを引き取る事になった、変わり者のおやっさん。


『もしも、大勢に囲まれた状態で戦わないと行けなくなったらな、まあ方法はいくつかある。一つは、「頭」を潰す事だ。どいつが「頭」なのか判断し、全てに先んじてまず、頭を潰す』


 おやっさんの教えの通り、頭目らしき男を倒すと、見るからに集団は動揺しているようだった。

 けれど、ガキにやられっぱなしでは沽券にかかわるのだろう。

 牙を剥き、爪を振り回し、何人かが一度にオレめがけて襲いかかってくる。


『ただな、もしも……もしもだぞ。にっちもさっちもいかなくなった時用に、お前には()()()も教えておいた方がいいかもな』


 おやっさんはそう言った。

 そして、オレに捕縛術の『禁じ手』を教えてくれた。


『こんな手、使わないに限るんだけどな』


 オレは、クチナワ者達の攻撃を避けながら、地面に目を走らせる。


(よし……()()()()!)


 オレは転んだフリをしてソレに手を伸ばした——。


 ——が、その瞬間だった。

 横から伸びた手にグイと掴まれた。


「こらこら、オレちゃま。そんなヤンチャ、誰から聞いたんだい?」


 悪い子だねぇ、とバショウ隊長は薄く笑った。


()()()()しなくても大丈夫だよ。そこで見ててごらん。あたくしがお包みしてやるから」


 そう言うと彼女は白灰の毛皮を広げたまま、クチナワ者達に一足飛びに向かって行った。



——生虜捕縛・《群包み》



 それは、舞踏を見ているようだった。


 敵の背後に回り込んだ隊長は、相手の身体に毛皮を巻きつけた。

 ぐるりと反動をつけて別の敵へと体当たりさせる。

 白灰の毛皮が翻る。

 背後から別のクチナワ者が襲いかかる。

 隊長は身をかわして足払いをしかける。

 そして次の瞬間には、そいつを踏み台にして宙へと舞い上がった。


(目で追うのがやっとだ——)


 別の獣人の肩に飛び乗り、その顔に毛皮を巻きつけ地面に飛び降りる。

 たまらずにバランスを崩した獣人が、他の獣人を巻き添えに地面に倒れる。


 ヒラヒラと毛皮が舞うと、どさりと敵が倒れる。

 フワフワと隊長が身を翻すと、ばたりと敵が沈む。


 そうこうしている内に、決着はついた。

 クチナワ者達はうめき声をあげながら、地面に転がっている。

 気絶している者もいる。


 対するバショウ隊長は、息が乱れた様子もなく、毛皮の羽織についた砂埃を払っている。


(——圧倒的だな……)


「さて、行こうかね」

「え……でも、こいつらどうするんですか?」

「大丈夫。第八部隊の子達が、連行してくれるよ」


 そう言うと、バショウ隊長はさっさと歩き出してしまう。


(第八部隊の子? まさかどこかに隠れて隊長を護衛していたのか?)


 キョロキョロと辺りを見回すけれど、えんじ色の隊服を着た隊員の姿はない。


「まあ、誰の差金なのか聞き出したい所だけど……口を割るかなぁ」

「あの……さっき、《オロチ》って……」


 バショウ隊長はオレの問いに答えない。

 そして「まあ、大体の事はわかったけれどね」と言った。


「わかった……?」

「オレちゃま。明日、エチゴの屋敷に伺うよ。第八部隊の使命を果たさなくてはね」

「え……と言う事は、あの遺体が誰なのか、なぜ殺されたのか、わかった……と言う事ですか?」

「ああ。そうだよ」


 隊長は軽く頷く。


「何が……あったんですか?」

「んふぅ。まあ、オレちゃまには先に説明しておくか」


 バショウ隊長は、両の手をモフモフと擦り合わせて言った。


「簡単に言うとね、《長虫様》が飛び出したんだ。それが、あの事件の真相だよ」

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