⑫
オレ達が屋根裏部屋を出ると、外でイブキが待っていた。
「どうして、一緒に中に入らなかったんですか?」
「入るたびに身体検査されるし? 何か預かっていないか聞かれるし? うんざりしてても《カガチ》の要求は一応聞かなきゃだし?」
(なるほど……オレ達の受けた『身体検査』……イブキ達もされた事があるのか)
あれは、彼女の確認衝動の一つだったのだ。
ノジからのメッセージを預かっていないか探していたのだ。
(もしかすると、毛をまさぐられるぐらいで済んで良かったのかもしれないな……)
ソファをナイフで切り裂き、中に手を突っ込んでいたユキノを思い浮かべ、オレはゴクリと唾を飲んだ。
「それにしても……ユキノ様は《牙無し》だったんですね。だから、ここに隠れ住んでいるんですね」
オレは階段を降りながら、小さくため息をついた。
「《牙無し》に対する迫害って田舎の方がえげつないのかと思ってましたけど……王都でも、結構キツいんですね」
「キツい? キツいって言いました?」
イブキは立ち止まって振り返った。
「ユキノは恵まれていますよ。親が劇団のオーナーだし? 実家が《カガチ》だし? だから、ここに住む事が出来るし?」
暗くて狭い階段では、イブキの表情がよく見えない。
けれど、その声はとんでもなく陰鬱そうだった。
「彼女はここで、きらびやかな衣装を作る仕事が出来ますし?……彼女は特別なんで」
「申し訳ございません。オレちゃまは、王都に出てきて日が浅いもので」
バショウ隊長のフォローが背後から聞こえる。
「ああ」とイブキは合点が言ったように頷き、それから手持ちのランプの明かりをつけた。
階段に、イブキの影が黒々と落ちる。
イブキは自身をランプの明かりに照らしながら言った。
「でしたらお尋ねいたしましょう。王都での《牙無し》が働ける場所ってどこだと思います?」
先ほどとは打って変わって、どこか、堂々とした芝居がかった口調だった。
(いや……自分で自分を照らしても性格が変わるのか……)
イブキはオレの返事を待たずに言葉を続けた。
「それはね、墓場ですよ」
「……墓場?」
「そうです。亡くなった獣人を埋葬する仕事です。埋葬って言っても《牙無し》がさせられるのは、墓掘りなんかじゃありません」
ゆらりと伸びた影が揺れる。
「毛皮を剥ぎ取る仕事です」
(毛皮を……剥ぐ……)
「毛皮を剥いで、肉片を削いで、脂肪を除いて、洗って揉んで漬けて舐めして伸ばして。見た事ありますか? ねえ、君。その羽織っているマントがどうやって作られているか、見た事ありますか?」
(そうだ……獣人が亡くなれば、毛皮を剥いでから埋葬する。オレの羽織ってるマントだって、先祖の遺体から剥いだものだ)
「皆が誇らしげに羽織っている同胞の毛皮。誰もが自慢げに飾っている先祖の毛皮。けれど、遺体から毛皮を剥がす仕事はね、蔑まれているんです。同胞の身体に刃を入れるなんてってね」
「でも……職業に貴賤はない……です」
「その通りです。仕事は結局作業でしかない。ただの役割分担。芝居の役と同じです。そこに尊いも卑しいもあるわけがない」
「だったら……」
「でも、違うんです。仕事内容なんて、中身なんて問題じゃないんです」
(……まただ。また『中身』の話だ……)
「問題は中身じゃなくて、外側なんです」
「……外側?」
「卑しい仕事だと外側からそう決められたら、中身なんて関係ない。卑しい仕事を《牙無し》がしているんじゃない。《牙無し》がしているから卑しい仕事なんです」
言葉とは裏腹に、イブキ自身はその事を受け入れていない……そんな声色だった。
「ユキノは本当だったら、毛皮を剥ぎ取る仕事をしていたはずです。だけど彼女は特別です。だから毛皮の上から身にまとう衣装を作る仕事が出来たんです。剥ぎ取る仕事じゃなくて、包む仕事が出来たんです」
そう言うと、イブキは後ろを向いて、再び階段を降り始めた。
「確か……ユキノの事、ロニに聞いたんですよね?」
「え、あ、はい」
頭と口の良く回る、まだ幼いロニ少年。
「あいつね、親が《クチナワ者》なんです」
イブキの言葉に、オレは声もなく驚く。
「《クチナワ者》だと、なかなかちゃんとした仕事につけない……だから《牙無し》に混ざって墓場での仕事もしていたそうですよ。最近は、トープに仕事の口がありそうだからって《ヘビワタリ》に乗って向こうの山へ行ってしまいましたがね。ロニは王都に残って、他の兄弟の面倒を見てるんです」
「……あんな、小さな子が……」
「墓場での話は、ロニが親から聞いた話を、又聞きでチラッと耳に挟んだだけですからね。本当の所は……子供には聞かせられないような事も、やらされているでしょうね。《牙無し》や《クチナワ者》達は」
階段を降りた所で、イブキはランプの灯りを消した。
堂々とした表情は消え、陰鬱さが戻って来る。
「団長はユキノの事を『匿っている』と言っています。でもね、部外者から必死で隠そうとしていると、なんだか僕達も、迫害に加担して、差別を受け入れて、自分達の罪を隠蔽しているんじゃないかって、そう思えてくるんです」
「隠蔽……」
「僕達は何を隠そうとしているんでしょうね」
オレは、屋根裏部屋を辞する時にユキノが言っていた言葉を思い出す。
「私、差別なんてよくないって思っている。同じ獣人なのに、こんなのひどいって思っている。だけどね」
中身を取り出し、確認しながら、ユキノはぼんやりと言った。
「私も心の中できっと差別しているの。同じ《牙無し》を差別しているの。ああ、良かった。私は剥ぎ取りの仕事をしないですんで。私は、他の《牙無し》と違って、良かったって。きっと差別しているのよ」
彼女は今もなお、あの部屋で想い人からのメッセージを探しているのだろう。
「私の中身は本当に醜いの。こんな私、誰にも見せられない。だからね、私は私を隠しているの。こんな私を誰かに知られたら、私、もう生きていけないわ。私は特別だから。特別ひどい、特別最低な、特別醜い私だから。ちゃんと隠さなきゃいけないの」




