⑥
「え? え? 待って下さい。どういう事ですか?」
「オレちゃまは、本当にオレちゃまだなぁ」
バショウ隊長はそう言うと、周りを見回し、自分たち以外誰も残っていない事を確認した。
「あの猫ちゃんはね、さっきのご主人の猫でもなければ、この子の猫でもないんだよ」
「は? じゃあ誰の?」
「わからないよ。野良猫だもの」
そう答えたのは平民の少年だ。
名前をロニと言うらしい。
ロニ少年の言葉にオレはますます混乱する。
(さっきの猫が野良? どういう意味だ?)
「しかし、あたくしは感心したよ。こんな手どうやって思いついたんだい?」
「うーんと、きっかけは昨日の事なんだけど」
ロニはそう言って、どこか得意そうに説明を始めた。
「実はオレ、昨日別の猫を拾ったんだ。そいつの首輪に持ち主の家が金糸で刺繍されていたから、金持ち……じゃなくて、称号持ちの家の飼い猫だって気がついてさ。じゃあ届けてやろうと思って、そこの屋敷まで言ったんだけど」
ロニはそこまで話すと忌々しげに顔をしかめた。
「謝礼一つよこさなかったんだ。オイラ頭きちゃって」
「しゃ、謝礼?」
「なんだか屋敷がバタついていて、なんて使用人が言い訳がましく言ってたけどさ、オイラにはそんなの関係ないよ」
(なんだか、さっきの健気な様子とは全然違うな……)
「でもオイラ、そこで思いついたんだ! 野良猫を拾って豪華な服を着せたら、金儲けが出来るんじゃないかって!」
「金儲け? 野良猫? えっと……まだよくわからないだけど……」
オレは首を傾げる。
「そもそもさっきの猫は、あの《カガチ》の男の猫じゃないんですよね? じゃあなんであの男は猫をほしがったんです?」
「豪華な服を着ていたからだよ」
そう答えたのはバショウ隊長だった。
「……服が豪華でも、中身は普通の猫ですよね? 高く売れるんですか?」
「おいおい、随分と鈍いなぁ」
ロニ少年は呆れたようにため息をつく。
(……年下に馬鹿にされた……)
「いいかい、オレちゃま。順番に説明するよ。まず、あの《カガチ》の男は、ロニ君が猫を抱いているのを見かけて、疑問に思っただろう。『どうしてこの子供は、不釣り合いなほど豪華な服を猫に着せているのだろう』ってね」
「……はい。確かにこの子、さっきの猫よりもみすぼらしい格好です」
「おい、お前! 本人を目の前に『みすぼらしい』は失礼だぞ!」
(……年下に怒られた……お前って言われた……)
バショウ隊長は苦笑いを浮かべつつ、話を続ける。
「そしてこう思ったんだ。『そうか、あの猫はどこかの称号持ちの家で飼われていた猫に違いない。きっと何かの弾みで逃げ出したんだ』」
「……はい」
「『ワシが保護した事にして、元の飼い主を見つければ、その称号持ちに恩を売れるぞ』——そう思ったのさ」
「……はい。……はい? ああ、なるほど!」
遅ればせながら、オレはようやく気がついた。
(そうか。《カガチ》にとって、横のつながりや名声は喉から手が出るほど欲しいものだ。他の《カガチ》に恩を売るチャンスだと気が付いたからこそ、あの猫にあんなに執着したんだな)
「そうか……つまり、あの《カガチ》は、猫を拾った手柄を横取りしようとしたわけですね」
「その通り!」とロニが頷く。
「えっと……あの猫は元いた屋敷に帰れるって事ですか」
「いや、屋敷で飼われていたかどうかもわからないよ」
ロニは肩をすくめて言った。
「だってあの豪華な服、オレが勝手に着せた服だもの」
「……ん? ん? なんだって?」
「知り合いに、劇団で針子してるねーちゃんがいるんだけどさ。すっごく器用なんだ。衣装のハギレとかを使ってあの豪華な猫用の服を作ってくれたんだ。それで、その辺にいた野良猫を捕まえて、あの服を着せて、あのオッサンが通りかかるのを見越して、ちょっとデカめの声でこう言ったんだ。『お前、一体どこの家の子なんだ? 随分と豪華な服を着てるなぁ。きっと称号持ちの屋敷で飼われていたんだろう? 返しに行ったらきっと謝礼がもらえるだろうな』ってね」
「……じゃあ、あの《カガチ》のおじさんが言ってた『お前は猫を拾っただけのくせに』って言うのは——」
「そう! 本当のことさ! まあ、オッサンだって『自分の猫だ』って嘘をついてたわけだけどね」
(……頭が痛くなって来た……)
「……君が猫に呼びかけていた『ミャーコ』って名前は——?」
「ああ、あれは適当にあの場で呼んだだけさ」
「……でも……じゃあ、なんで君はあんなに『自分の猫だ』って言い張ったんだ?」
「ゴネればゴネるほど謝礼が釣り上がるかと思ったんだ。思いの外、野次馬が集まってきちゃって困ったけど、もみ手のねーちゃんのおかげで助かったよ」
「……でも、あの猫、君が呼んだら擦り寄ってきて……すごく懐いていたじゃないか。あれは、君が愛情かけて世話をしたから——」
「ああ! あれはね、野良猫を捕まえやすくするために、両手のひらにマタタビをすり込んでおいたからだと思うぞ!」
「……え? マタタビ?」
バショウ隊長がおかしそうに口を挟んだ。
「あの猫ちゃん、君にも身体を擦り寄せていただろう? きっと、さっきまでマタタビの鉢を抱えていたからだろうな」
(……な、なるほどそうか!)
どうして初対面の猫にあんなに懐かれたのかずっと疑問だった。
あれは、マタタビの鉢を抱えて歩いていたせいで、オレの腕や胸元にマタタビの匂いがしっかりと移っていたからに違いない。
そこまで聞いて、オレはガックリと肩を落とした。
「……じゃあ、隊長は彼の詐欺の片棒を担いだって事ですか?」
「いいじゃないか」
バショウ隊長はヘラヘラと笑った。
「言っただろう? 残り物のご飯をもらって薄っぺらな寝床の上で暮らすよりも、お屋敷で美味しいご飯にあたたかな布団の上で何不自由なく暮らすのが幸せなんじゃないかって。野良よりは、屋敷で飼われていた方がいいだろうよ」
「……でも、あの人が猫を大事にしますかね?」
「するだろうよ」
隊長は「考えてみたまえよ」と言った。
「称号持ちの飼い猫かもしれない猫ちゃんなんだよ。いつどこで飼い主が見つかるかもわからない。そんな状況では、屋敷を上げて大切に大切に育てるはずだよ」
「ははぁ」
それにしても、とんでもない少年だ。
——『虎子地に落ちて牛を食らうの気あり』って言うだろう?
昔、クローが言っていた言葉を思い出す。
——生まれた時から、そもそも才覚は決まってるんだ。年齢なんて関係ないよ。小さくても虎は虎。
隊長が、何も考えずに称号持ちを贔屓したわけではないのはわかった。
けれど、本当にこれでいいのだろうか?
「隊長はあれでいいんですか?」
詐欺の才能に満ち溢れたロニ少年と別れ、オレは歩きながら隊長に尋ねた。
「ん? 何がだい?」
「きっとまた、第八部隊が称号持ちを贔屓していたなんて言いふらされますよ」
「まあ、そうだろうね。かと言って、今更本当の事を言うわけにもいかないだろう?」
詐欺を働いたロニも、称号持ちにすげなくされて、その意趣返しとしてあの《カガチ》の男に猫を売りつけたのだろう。
《カガチ》の男も当分は騙されたと気が付かない……もしかしたらずっとわからないまま、あの猫を大切に育てるかもしれない。
あの猫にしても、野良猫として危険に晒され続けるよりは、称号持ちの屋敷でぬくぬくと暮らした方が良いだろう。
真実を知らしめれば、誰もが不幸になる。
このままの方が絶対にいい。
ただ、それではバショウ隊長の評判だけが落ちた事になってしまう。
「余計な事をしなければ、誤解される事だってなかったんですよ」
オレが不満げにそうこぼすと、隊長は愉快そうに言った。
「他人との関わりなんて、誤解の重ね着なんだよ、オレちゃま」
「重ね着……ですか?」
「善良な奴ってのは、良い誤解で着膨れしているだけだし、悪名や濡れ衣を脱ぎ損ねると、評判はどんどん落ちて行く。だからあたくしは、その誤解を利用してやるんだ。濡れ衣だって着こなしてみせるよ」
隊長の言葉に、オレは納得がいかない。
「でも、根っからの善人も生まれ持っての悪人もいるじゃないですか」
「その本質を見抜く事なんて、誰が出来るっていうんだい?」
「そんな……」
「クチナワ者だってそうさ」
バショウ隊長は口元を爪先でかく。
白に淡く入った灰色の縞が爪の動きに合わせて浮き上がる。
クチナワ者。
罪を重ね、口元に縄目の入れ墨をいれられた前科者達。
「悪事でしか身を守れなかった奴らが、無法者の衣を脱がずに罪を重ねている。そのせいで口元の縄がどんどん長くなり、結果、よりキツく締まって生きづらくなっていくってのにな。あいつらにとって罪は鎧なんだよ。だから今更脱げないんだ」
「……剥き出しのままじゃ生きられない、から――」
前に隊長に言われた言葉をオレは呟いた。
そんなオレの頭を隊長はわしゃわしゃと撫で回す。
「さあさ、早いとこ芝居小屋へ事情聴取に行くとしよう。オレちゃま」
「……その呼び方やめてください」
オレは隊長の手を振り払ってため息をついた。
「別にいいじゃないか。嘘で包んだ結果、物事がうまく運ぶ事だってあるんだよ」
そう言って隊長はオレに向かって片目をつぶる。
「北の不祥事、南の不合理、東の不都合、西の不始末。この国の全部を、あたくしがお包みしてやるよ」




