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その不祥事、お包みします  作者: 輪二
第二章 
18/52

 次に向かったのは、長男ノジが出入りしていた劇場だ。


 誰かがアコーディオンを奏でているのだろう。

 物哀しくも懐かしいメロディが街を包んでいる。


 オレ達がしばらく街中を歩いていると、前方に人だかりが出来ているのに気がついた。何やら揉めているようだった。

 集団の中央から言い争う声が聞こえる。


「こいつはオイラの猫だ!」

「嘘をつくな! ワシの猫を返しなさい!」


 バショウ隊長とオレは視線を交わし、ゆっくりと人の輪に近づいていく。


「失礼。《王の鉤爪》ですが、何かお困り事でしょうか」


 バショウ隊長が声をかけると、そこにいた皆が一斉に振り向いた。


 群集の中央にいたのは、二人。

 着古した服を着た子供と、豪奢な上着を羽織った男だ。

 片方は平民の子供、片方はおそらく称号持ち——《カガチ》なのだろう。


 男の子の腕には、服を着せられた猫が抱かれている。


《カガチ》の男は、オレ達のえんじ色の制服を見るとあからさまに安心したような笑みを浮かべた。

 第八部隊が称号持ちを贔屓する『もみ手部隊』だと知っているのだろう。


「おや、第八部隊の……ちょうど良いところに。この子供が、ワシの飼い猫を拾ったそうなんですがね、返してくれないんですよ」

「違うもん! オイラの猫だもん!」

「嘘を言うな!」


 一匹の猫を、平民の少年と称号持ちの男で奪い合っているというわけか。


(マズイな……隊長の事だから、絶対に称号持ちの味方をするに決まってるぞ)


 不安に襲われたオレは、咄嗟に抱えていた鉢をバショウ隊長に押し付けた。


「お、おい? オレちゃま?」

「その猫、ちょっと預かるぞ」


 先手必勝。

 オレは少年から有無を言わさず猫を受け取って抱きかかえた。

 猫の方は落ち着いた様子で、特に暴れもせずオレの腕の中に収まった。

 というか、なんだったらオレの身体や腕に、甘えた様子で身体を擦り付けている。


(……オレ、こんなに猫に好かれる体質だったかな?)


 猫は細かな刺繍のしてある凝った服を着せられている。


(こんな服、猫自身が着たくて着ているわけでもないだろうにな)


「お二人とも、向こうに並んで立って下さい。そう、そのあたりです」


 オレは平民の少年と《カガチ》の男を離れた所に立たせた。

 それからオレは猫をそっと地面に下ろした。


「その場所から、この猫を呼んでください」


 二人は少し戸惑った様子を見せたけれど、少年がいち早く「おいで、ミャーコ! こっちだよ。ミャーコ!」と腰をかがめて手招きを始めた。


 対する《カガチ》の男は、渋々と言った様子で同じように少し前屈みになって猫に声をかける。


「おい、お前。来るんだ。こっちに来なさい」


 それを聞いた野次馬からヒソヒソと声が上がった。


「なんだ、おっさんの方は名前を呼ばないのか?」

「知らないんじゃないの」

「じゃあやっぱり自分の猫じゃないのよ」


 猫の方は、しばらくオレの手に身体を擦り寄せていた。

 けれど、自分を呼ぶ声に耳を動かし、少しの間鼻をひくつかせた。

 そして、トットッと少年の方に近寄って行った。

 観客からどよめきの声がもれた。

 猫は少年の手のひらに顔を擦り付けている。


(誰が飼い主なのか、これで明らかだな)


 オレがそう思った時だった。

 バショウ隊長が一歩前に出て、口を開いた。


「これはまたアレですねぇ。そちらの猫ちゃんですが、どうも豪華なお洋服をお召しのようですね」


 その場にいた皆が訝しげに隊長を見やる。


「そんな素敵なお洋服、少年、はたして君に買えるかな? その猫ちゃんは、こちらのご主人の飼い猫なんじゃないのかな?」

「ちょ、ちょっと隊長! 何言ってるんですか」


 オレの反論には耳も貸さず、バショウ隊長は少年に歩み寄って顔を覗き込んだ。


「よく考えておくれよ。その猫ちゃんは、君の家で残り物のご飯をもらって薄っぺらな寝床の上で暮らすのが幸せかい? それとも、こちらの《カガチ》のお方の屋敷で美味しいご飯に暖かな布団の上で何不自由なく暮らすのが幸せかい? なあどう思う?」

「それは……」


 少年は隊長の言葉に俯いてしまう。


(非道だ! クズだ! 最低だ!)


 オレは心の中でバショウ隊長を罵倒する。

 周りの野次馬も、戸惑うようにざわめいている。


 しばらくポカンとしていた《カガチ》の男も、ようやく状況を理解したようだった。


「……そ、そうだ! そもそもその猫はワシのものだからな! ワシの屋敷で暮らすのが一番に決まっている。逃げ出した我が家の猫を捕まえてくれた事は感謝するが——」

「確かに!」


 突然隊長はそう叫び、ぐるりと《カガチ》の男を振り返り、彼をじっと見つめた。


「な、なんだね、一体」

「確かにおっしゃる通り、この少年が保護してくれたからこそ、この猫ちゃんはご主人の元に無事に帰ることが出来るわけですね。全くこんな状況でも、他者への感謝を忘れないとは、さすが《カガチ》のお家柄の方は素晴らしい人格者でいらっしゃる」

「あ、ああ。そうだな」

「ここは猫ちゃんのためにも、少年にはきちんと謝礼をお支払いして、早々に屋敷に連れて帰るのが一番ですよね。ああ、失礼。あたくしがわざわざ申し上げなくても、ご主人は元よりそうしようと思っていらっしゃったわけですものね。だから早く返してくれと、何度もおっしゃっていたわけで——」

「そ、そうだな。その通りだ」


 朗々と、まるで演説のように声高に語るバショウ隊長に《カガチ》の男はたじろぎながらも頷く。


 だんだんと、群衆の不満の声が大きくなって行く。

 あからさまに称号持ちを贔屓するバショウ隊長への非難の声だ。


《カガチ》の男は、騒ぎが大きくなるのを嫌ってか、懐を探り、紙幣を何枚か少年に握らせた。

 そして、呆然としている彼から猫を奪い取った。


「では、ワシは失礼するよ」


 そう言って猫を抱えたまま逃げ去るようにその場を離れた。


 バショウ隊長と《カガチ》の横暴に、不平不満をこぼしながら人だかりはバラけて行く。

 直接隊長に侮蔑の視線を向けたり、野次を飛ばす者もいた。


 バショウ隊長は今さら「身元不明のご遺体が発見されましてね、何かご存知の方はいらっしゃいませんか」と、人々に声をかけて回っているけれど、もちろん相手にされていない。


 オレは後に残された少年が気の毒で、なんと声をかければいいかわからなかった。

 そこへ、バショウ隊長が近づいてきた。

 そしてニヤニヤしながら少年にこう言った。


「やあ、少年。()()()()()()()()()()()()()()()


 オレは、隊長の言葉が理解できなかった。


(この人は何を言ってるんだ?)


 すると、さっきまでしょぼくれていた少年はパッと顔を上げて、したたかそうな笑みを返した。


「あは、やっぱりバレてたんだね。『もみ手』のねーちゃん、協力してくれてありがとう」

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