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不可解な死体の報告にオレは首を捻る。
けれど、バショウ隊長はさっさと花屋を目指して歩いて行ってしまった。
「ちょ、ちょっと隊長! 待ってください!」
ようやく隊長に追いついて一緒に花屋の扉をくぐると、威勢のいい声が飛んできた。
「おや!《王の鉤爪》の方? ひょっとして《長虫様》の事でいらしたんですか?」
声の主は、花屋の店主だった。
小柄な老人で、くすんだ黄色の毛並みにちらほらと白いものが混ざっている。
「いやいや、この辺り凄い騒ぎでしたもんね」
「あの……《長虫様》と言うのは?」
「あれま、その事でいらしたんじゃないんで?」
俺と隊長は顔を見合わせた。
「すみませんね、私はてっきり……いえね、一昨日の晩の事でしたがね。《長虫様》が現れたんですよ。何人かが外で騒いでいてね。『《長虫様》が出たぞー』ってね。屋根の上をこう、スルスルスルっと通ってたらしいですよ」
「失礼を承知でお聞きしますが……もしやそれは普通の蛇だったのでは?」
「いやいや、他の人の話だと、あんなに長い蛇なんざぁ、お目にかかった事がないって話でしたよ。私は出遅れちまって見られなかったんですがね。ただの蛇じゃないはずですよ。街灯に照らされて、ヌラヌラと光ってたらしくってね」
そう言うと、店主は少し身震いをした。
「朝起きて見たら《長虫様》が這い回った跡が、屋根の上についてましてね。いやぁ気味が悪いのなんのって」
「這い回った跡ですか? その跡はまだ残ってますか?」
「いや、急いで洗い流しちまいましたよ」
《長虫様》は魂そのものだ。
それが現れたと言うことは、どこかで誰かが亡くなった——その魂がここに現れたと言う事だ。
「それで……《王の鉤爪》の方々が、今日はどんなご用事で?」
「ああ、実はご主人に少々お尋ねしたい事がありまして……それがこちらなのですが」
バショウ隊長はそう言うと、オレを指さした。
正確には、俺の抱えているマタタビの鉢植えを指さした。
「この鉢植えはこちらのお店で販売したものでしょうか?」
そこまで聞いてようやくオレは理解した。
バショウ隊長は鉢植えの販売元を確認するため、花屋に立ち寄ったのだ。
(でも、わざわざなんのために?)
店主はマジマジと鉢植えを見ると「ああ、ええ。ウチの鉢植えです」と答えた。
「この包装はウチの店のものですがね……このマタタビがどうしたんですか?」
「実は窃盗事件が起きましてね、盗られたのがこの鉢でして。そのワケを調べているところなんです」
「窃盗……ですか」
てっきり「窃盗」と聞いて店主は驚くに違いないと思っていた。
マタタビを盗んで何になるんだ、と。
けれど予想に反して店主は「ははあ、もうそんな事にまでなっておりますか」としたり顔で頷いた。
「……と、おっしゃいますと?」
バショウ隊長が問うと、店主は「最近ね、マタタビについてトラブルが増えてるんですよ」と言った。
「マタタビってのは楽しみ方が色々ありましてね。綺麗な花を咲かせるし、虫除けにもなるし、良い気分になるってんで、もともと人気ではあったんですよ」
「飼い猫が酔っ払う、なんてのも聞いた事がありますが……」
オレがそう言うと、花屋の店主は手をパタパタと振った。
「あれはねえ、酔っ払ってるんじゃなくて、マタタビの葉を身体に擦り付けてるそうですよ。猫共はマタタビに防虫効果があるのを知っとるんですわ」
「酔ってるんじゃないんですか?」
オレは驚いて聞き返す。
ちなみに獣人も、猫や鳥をペットとして飼う風習がある。
元々は家の中に忍び込んできた蛇を捕まえさせるために飼われていたのだけど、最近は愛玩用に飼う者も増えてきた。
「マタタビが蛇避けになるっちゅうのは信憑性に欠けますがね、虫が寄ってこなくなるのは本当らしいですわ。マタタビの香りに身を包む事で、虫から自分を守るわけです。酒ほどの中毒性もないですし、煎じて飲むと高揚感が味わえるとかで菓子に混ぜたり茶に混ぜたりってのはあるそうですがね、まあ危険なモンではないですよ」
「それで……トラブルというのは?」
隊長の質問に店主は唸るように答えた。
「簡単に言うと、人気になり過ぎたんですよ」
(人気になり過ぎた?)
「それは良い事では?」
「それがそうもいかんようでね。例えば、店で売ってる鉢を買いしめて、高額で転売するような奴が現れたんですよ」
「転売?」
「どうもねぇ、称号持ちのお方の間で、高値のマタタビを所有する事がステータスになってるようでして、値段をふっかけても買い手が現れるそうなんですわ」
「だったら、このお店でもマタタビを高く売ったら儲かるんじゃないんですか?」
オレがそう尋ねると、店主は露骨に顔をしかめた。
「いやぁ、マタタビってのは元々はね、蛇避け用の二重扉を付けられないような庶民が、少しでも気休めになるようにってんで、お守り代わりに植え始めた植物なんですよ。法外な値段をつける気はありませんよ」
どうやらオレの言葉は店主のプライドを傷つけてしまったらしい。
すかさずバショウ隊長がフォローに入ってくれる。
「いや、どうも申し訳ない。店主、この子はまだ新入りのオレちゃまなもので……」
(いや「オレちゃまなもので」ってなんなんだ)
ともあれオレが失言した事に間違いはない。
「大変失礼いたしました」と素直に謝った。
「いや、かまいませんよ。こんな若い子が『王の鉤爪』の一員なんてね、よっぽど優秀なんでしょう」
店主は片手をあげて寛容に笑った。
「じゃあ、この鉢植えは、転売用に買い占められた内の一つなんでしょうか……」
「うーん、たくさん販売しているんでね」
そう言うと、店主は奥に向かって「おーい、ちょっと」と声をかけた。赤いエプロンをした若い店員が出て来る。
「この鉢植え、売った覚えあるかい?」
聞かれた店員は「時期がわからないと、ちょっと思い出せないですね」と首をひねる。
(まあ、そうだろうな)
店主は少し考えて、それからなぜか寂しげな顔をした。
「まあ、一つ言えますのはね。鉢植えの持ち主のお方は、このマタタビの事をあんまり大事にしてくれなかったって事ですね」
「……と、おっしゃいますと?」
「私共はね、お売りする時は、こういうリボンだとかセロファンだとか使ってね、贈り物用にお包みしますよ。でもね、必ず飾る時は外してくださいねってお伝えしてるんです」
「包みを外さないとダメなんですか?」
オレの質問に店主と若い店員は二人揃って「もちろん」と頷いた。
「このままだと蒸れちまうんですよ。そうすると根っこが痛んだり、土にカビが生えたりしちまうんでね。包みは外さないとならないんですわ」
「見栄えのためにそのままにしてたんですかね」
オレの言葉に、店主は悲しそうに下を向いた。
鉢植えに施された包装。
多分元々は綺麗なリボンとセロファンで華やかに包まれていたのだろう。
けれどリボンは日に焼けて色あせ、セロファンには土ぼこりがたまっている。
やっぱりそうだ、と俺は一人頷いた。
(余計な包み紙なんて、無駄なんだ。見てくれを優先したせいで、大事な根っこがダメになっちゃうんだから)
オレ達は礼を言ってその店を後にした。
(そうだよな、クロー。大事なのは見た目じゃない。中身なんだ)
店を出て、オレはふとエチゴ夫人の事を思い浮かべた。
称号持ちの間で、高額なマタタビの木を所有する事が流行っていると店主は言っていた。
もしかしたらそれも《カガチ》の持つ劣等感と関係しているのかも知れない。
高額なマタタビを見せびらかして力を誇示し、自分達が敬われるべき者だとアピールしたいのだ。
《カガチ》の称号が色褪せてきてしまった事を感じ取り、慌てて代わりになる物を探しているだろう。
まるで、古い包装紙を剥がし、流行りの物に包み直すように。
そう考えると、マタタビの鉢植えがやけに重たく感じた。




