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その不祥事、お包みします  作者: 輪二
第二章 
16/52

「バショウ隊長、一つお聞きしたいんですが」

「何かね、オレちゃま」


 オレはコホンと咳払いをして言った。


「第八部隊が、称号持ちのために隠蔽工作をしていると言うのは本当ですか?」

「直球だなぁ」

「隊長言ってたじゃないですか。不祥事も不都合も全部お包みしますって。あれは隠蔽するって意味ですよね」

「あのねぇ、オレちゃま? 君はオレちゃまだからわからないだろうけれど、包むってのは隠すだけじゃないんだよ」


 バショウ隊長は言葉を続ける。


「装飾する事で価値を高める。梱包する事で中身を保護する。『包む』ってのはね、事実を覆い隠すだけじゃない、値打ちを上げ、守るためでもあるんだよ」

「はぁ……飾り立てて何になるんです? 大事なのは中身ですよね?」


(装飾品で底上げされた価値なんて紛い物だ。傷つかないように守っていたら、鍛えられないままだ)


「オレ達獣人に、そんなモノが必要ですか?」


 バショウ隊長はまたもや「オレちゃまはオレちゃまだねぇ」と言った。

 そして、白いヒゲをそよがせると、目を細めて言った。


「あたくし共はね、剥き出しのままじゃ生きられないんだよ」


 詭弁だな、とオレは思った。

 でも、それを口に出す代わりに、別の質問をぶつけてみた。


 ずっとバショウ隊長に聞きたかった、大事な質問。


「隊長。『ヘビワタリ事件』も、第八部隊が隠蔽したんですか?」


 隊長は一瞬黙った。

 けれど、次の瞬間には「おやおや、そんな話どこで聞きましたね?」と、いつものひょうひょうとした顔に戻った。


「オレちゃまは一体あたくしから何を聞き出したいのかな?」

「それは『久しぶり出来た部下がグイグイ来るから面倒くさいな』という事ですね」

「おいおい、言ってないよ。そんな事」

「つまり『受け身でいられるのも使えなくて困るけど、前のめりの奴は正直扱いづらいし嫌いだな』って事ですね」

「いや、一言も言ってないよ、そんな事」

「オレ、人の心読むの得意なんです」

「読めてないよ? 全く読めてない」

「それで、一体何が起こったんです?」


 オレの言葉に、バショウ隊長はため息をついた。


「行方不明になった七人の獣人は、いずれも《カガチ》の家の者だ。《ヘビワタリ》は三両編成。乗客名簿によると彼らが乗ったのは、三号車だった」


 バショウ隊長の言葉を一言も聞き逃すまいと、オレは身を乗り出す。


「目撃者もいたんだ。彼らが三号車に乗っていたと証言した者が数名いた。トープ行きの《ヘビワタリ》の乗客は、ほとんどが工業都市で働こうとする労働者だ。その中に《カガチ》がいたんだから目立っただろうね」

「なるほど……乗ったのが確かなら、降りたか、落ちたか……」

「もし落ちたのなら、窓からだけどね。爆発音で車内が騒ぎになっている隙に、何者かに突き落とされた……もしくは飛び降りた……でも、七名だよ? そんな大勢を窓から落とそうとしたら、それこそ目撃者がいるはずなんだよ」

「山間部に死体は見つかってないんですか?」

「ああ。捜索はしているけどね。あとは、トープで降りた時、事故調査を行ってる隙に逃げたのか……」

「逃げた? なんでまた……」

「そもそもね、彼らが何故トープに行こうとしたのかも分かってないんだよ。トープは今、人手不足だから労働者を集めているけどね。《カガチ》のご子息が行く理由なんてないだろう?」

「確かに……」


 一番考えられるのは、降車時に人混みに紛れて逃げたという説かもしれない。


「だけど、何のために……?」

「さあね。ただ、事件とは言ってもね。爆発音がした事と、いなくなった者がいた事。これだけだよ」

「何言ってるんですか? 大事件じゃないですか」

「でもね、もしもいなくなったのが平民だったら? こんな風に大騒ぎしていたかな。もしくは……そうだね。クチナワ者が七人いなくなったとして、人々は騒ぎたてたかな」

「……それを、あなたが言いますか」

「まあ、階級と言うのは、必要悪みたいなものだからね。決して良いとは言わないけれど」


『もみ手のバショウ』らしからぬ言葉だ。


 ふと、オレはクローとの会話を思い出す。


 あれは何歳ぐらいの時だったか。

 意識が過去へと遡る。

 どんよりとした空の下、オレは『なんで、称号持ちなんていう特権階級を作ったんだろうな』とクローを相手にぼやいていた。



――ミオは、階級なんていらないと思う?



 クローの質問に、オレは『いらないだろ、そんなもん』と即答した。

 そんなオレの横で、クローは木の枝の先を使って地面にいくつもの穴を開けた。



――こうやって、小さい穴がいくつも開いていたら、そこに水が溜まっていくだろう?



 クローはそう言うとザッザッと足で地面をならし、今度は力を込めて深い穴を一つ掘り始めた。



――でも、もし大きな穴が一個だけだったら? そこにだけ、たっぷりと雨水が集まるんだよ。



 オレは、クローの話がよくわからなかった。

 だから『んー……つまり、称号持ちみたいな階級のやつがいなかったら、富が王族に集中しすぎちゃうって意味か? 富の分配をすべきって事?』と尋ねた。


 クローはオレの方をマジマジと見て、それから、少し悲しそうに笑った。



――そうか、ミオは雨水が『富』だと思ったんだね。



 間違った事を言ってクローを悲しませてしまったのかと、オレは慌てた。

 クローは首を振って言った。



――ううん。それでも間違いじゃないかもね。ただね、ボクの言いたかった事は、逆なんだ。この水は『富』じゃないんだ。



 ポツリ、と空から水滴が落ちて、オレの鼻を濡らした。



――この穴に溜まるのは、泥水だよ。濁った、澱んだ、砂まみれの泥水。この大きな穴の底には、泥水をすすらないといけないやつが、抜け出せないでいるんだ。



 クローの頬にも雨が当たる。

 雨は、平等にオレ達に落ちてくる。

 けれど、大きな穴が一つあるだけで、雨は一箇所に集まる。


 多分、オレはまだ、クローの言いたかった事を理解しきっていない。



――《百花の世》は、嘘偽りが多すぎる……ミオはそう思わない?



 あの日。

 一心不乱に、地面に大きな穴を掘るクローの姿は、どこかオレを責めてるように感じた。



 オレは回想から現実へと、意識を切り替える。


「エチゴ夫人も言ってましたけど、事故から二ヶ月たった今も《王の鉤爪》はダンマリじゃないですか。行方不明者が《カガチ》だから、担当は第八部隊だって聞きました。それで、調査は進んでいるんですか? それとも、何か隠蔽しているんですか?」

「隠蔽って言ったってねぇ。一体何を隠すんだい?」

「何をって! 今もなお、行方のわからない犠牲者がいるのに、進展がないじゃないですか。事件そのものを無かった事にしようとしてるんじゃないですか? だから――」 

「犠牲者ってのは誰のことだい?」


 そうして隊長はひどく冷静な声で言った。


「誰一人として、遺体は発見されてないだろう」

「……は?」

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(なっ……!)


 あまりの外道な物言いに、俺は絶句してしまった。


「何も壊れず、誰も傷つかず、誰も死んでいない。遺体が見つかったかい? 毛皮は? 牙は? 爪は? 行方不明者達が事故の犠牲者だと言い切れるかい? もしかしたら、家出かもしれないしなぁ」


 そんな理屈が通るだろうか。あまりにも理不尽だ。


「……さすが、隠蔽部隊ですね……」


 アコーディオンの音色が、オレ達を包む。

 郷愁を誘うような調べが沈黙に流れ込む。


 黙り込んだオレをしばし見つめた後、バショウ隊長は、辺りを気にするそぶりを見せた。


「オレちゃま――悪いがここでちょっと待っててくれ」


 オレの返事を待たずに、彼女は身をひるがえす。

 オレは、彼女の赤い隊服と灰色の尻尾が消えるのをぼんやりと見つめた。



――《百花の世》は、嘘偽りが多すぎる……ミオはそう思わない? 



(ああ、クロー。オレも思うよ。その通りだ。嘘で包んで、うわべだけ取り繕って、化けの皮をかぶっている)


「中身がない——空っぽだ」


 オレはそれ以上何も言わず、鉢を抱き抱えたままポツンと立っていた。

 しばらくして、隊長が戻ってくる。


「お待たせ。報告を受けていたんだ」


 バショウ隊長はそう言った。


(報告? ああ、第八部隊の隊員と会っていたのか)


「あの屋敷にあった遺体……だけどね」


 バショウ隊長は両手をモフモフともみ合わせながら、思案顔で言った。


「血を洗い流したら、口元に縄模様の入れ墨があったそうだよ」

「え……じゃあ」

「ああ。そうだ」


 縄模様の入れ墨——クチナワ者。

 あの死体は前科者だったのだ。


「それじゃあ、あれがエチゴ家の次男って線はなくなりますね」

「わかったのは、それだけじゃない」


 バショウ隊長の尻尾が、右へ左へと揺れている。


「腹の傷、随分と大きかったらしい。ちょうど、ここから——この辺りまで」


 隊長はオレのみぞおちから、下腹までを爪の先でツーっとなぞった。


「ちょっ……やめてください」


 くすぐったくて、身をよじるオレの様子など意に介さず、バショウ隊長は、言葉を続けた。


「中身がなかった」

「……はい?」


(……中身?)


 隊長は難しそうな顔で「これは全くアレだねぇ」と呟いた。


「胃袋、小腸、大腸……ココに入ってる中身——臓器が、取り除かれていたらしい。中身がない……空っぽだったそうなんだ」

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