③
「バショウ隊長、一つお聞きしたいんですが」
「何かね、オレちゃま」
オレはコホンと咳払いをして言った。
「第八部隊が、称号持ちのために隠蔽工作をしていると言うのは本当ですか?」
「直球だなぁ」
「隊長言ってたじゃないですか。不祥事も不都合も全部お包みしますって。あれは隠蔽するって意味ですよね」
「あのねぇ、オレちゃま? 君はオレちゃまだからわからないだろうけれど、包むってのは隠すだけじゃないんだよ」
バショウ隊長は言葉を続ける。
「装飾する事で価値を高める。梱包する事で中身を保護する。『包む』ってのはね、事実を覆い隠すだけじゃない、値打ちを上げ、守るためでもあるんだよ」
「はぁ……飾り立てて何になるんです? 大事なのは中身ですよね?」
(装飾品で底上げされた価値なんて紛い物だ。傷つかないように守っていたら、鍛えられないままだ)
「オレ達獣人に、そんなモノが必要ですか?」
バショウ隊長はまたもや「オレちゃまはオレちゃまだねぇ」と言った。
そして、白いヒゲをそよがせると、目を細めて言った。
「あたくし共はね、剥き出しのままじゃ生きられないんだよ」
詭弁だな、とオレは思った。
でも、それを口に出す代わりに、別の質問をぶつけてみた。
ずっとバショウ隊長に聞きたかった、大事な質問。
「隊長。『ヘビワタリ事件』も、第八部隊が隠蔽したんですか?」
隊長は一瞬黙った。
けれど、次の瞬間には「おやおや、そんな話どこで聞きましたね?」と、いつものひょうひょうとした顔に戻った。
「オレちゃまは一体あたくしから何を聞き出したいのかな?」
「それは『久しぶり出来た部下がグイグイ来るから面倒くさいな』という事ですね」
「おいおい、言ってないよ。そんな事」
「つまり『受け身でいられるのも使えなくて困るけど、前のめりの奴は正直扱いづらいし嫌いだな』って事ですね」
「いや、一言も言ってないよ、そんな事」
「オレ、人の心読むの得意なんです」
「読めてないよ? 全く読めてない」
「それで、一体何が起こったんです?」
オレの言葉に、バショウ隊長はため息をついた。
「行方不明になった七人の獣人は、いずれも《カガチ》の家の者だ。《ヘビワタリ》は三両編成。乗客名簿によると彼らが乗ったのは、三号車だった」
バショウ隊長の言葉を一言も聞き逃すまいと、オレは身を乗り出す。
「目撃者もいたんだ。彼らが三号車に乗っていたと証言した者が数名いた。トープ行きの《ヘビワタリ》の乗客は、ほとんどが工業都市で働こうとする労働者だ。その中に《カガチ》がいたんだから目立っただろうね」
「なるほど……乗ったのが確かなら、降りたか、落ちたか……」
「もし落ちたのなら、窓からだけどね。爆発音で車内が騒ぎになっている隙に、何者かに突き落とされた……もしくは飛び降りた……でも、七名だよ? そんな大勢を窓から落とそうとしたら、それこそ目撃者がいるはずなんだよ」
「山間部に死体は見つかってないんですか?」
「ああ。捜索はしているけどね。あとは、トープで降りた時、事故調査を行ってる隙に逃げたのか……」
「逃げた? なんでまた……」
「そもそもね、彼らが何故トープに行こうとしたのかも分かってないんだよ。トープは今、人手不足だから労働者を集めているけどね。《カガチ》のご子息が行く理由なんてないだろう?」
「確かに……」
一番考えられるのは、降車時に人混みに紛れて逃げたという説かもしれない。
「だけど、何のために……?」
「さあね。ただ、事件とは言ってもね。爆発音がした事と、いなくなった者がいた事。これだけだよ」
「何言ってるんですか? 大事件じゃないですか」
「でもね、もしもいなくなったのが平民だったら? こんな風に大騒ぎしていたかな。もしくは……そうだね。クチナワ者が七人いなくなったとして、人々は騒ぎたてたかな」
「……それを、あなたが言いますか」
「まあ、階級と言うのは、必要悪みたいなものだからね。決して良いとは言わないけれど」
『もみ手のバショウ』らしからぬ言葉だ。
ふと、オレはクローとの会話を思い出す。
あれは何歳ぐらいの時だったか。
意識が過去へと遡る。
どんよりとした空の下、オレは『なんで、称号持ちなんていう特権階級を作ったんだろうな』とクローを相手にぼやいていた。
――ミオは、階級なんていらないと思う?
クローの質問に、オレは『いらないだろ、そんなもん』と即答した。
そんなオレの横で、クローは木の枝の先を使って地面にいくつもの穴を開けた。
――こうやって、小さい穴がいくつも開いていたら、そこに水が溜まっていくだろう?
クローはそう言うとザッザッと足で地面をならし、今度は力を込めて深い穴を一つ掘り始めた。
――でも、もし大きな穴が一個だけだったら? そこにだけ、たっぷりと雨水が集まるんだよ。
オレは、クローの話がよくわからなかった。
だから『んー……つまり、称号持ちみたいな階級のやつがいなかったら、富が王族に集中しすぎちゃうって意味か? 富の分配をすべきって事?』と尋ねた。
クローはオレの方をマジマジと見て、それから、少し悲しそうに笑った。
――そうか、ミオは雨水が『富』だと思ったんだね。
間違った事を言ってクローを悲しませてしまったのかと、オレは慌てた。
クローは首を振って言った。
――ううん。それでも間違いじゃないかもね。ただね、ボクの言いたかった事は、逆なんだ。この水は『富』じゃないんだ。
ポツリ、と空から水滴が落ちて、オレの鼻を濡らした。
――この穴に溜まるのは、泥水だよ。濁った、澱んだ、砂まみれの泥水。この大きな穴の底には、泥水をすすらないといけないやつが、抜け出せないでいるんだ。
クローの頬にも雨が当たる。
雨は、平等にオレ達に落ちてくる。
けれど、大きな穴が一つあるだけで、雨は一箇所に集まる。
多分、オレはまだ、クローの言いたかった事を理解しきっていない。
――《百花の世》は、嘘偽りが多すぎる……ミオはそう思わない?
あの日。
一心不乱に、地面に大きな穴を掘るクローの姿は、どこかオレを責めてるように感じた。
オレは回想から現実へと、意識を切り替える。
「エチゴ夫人も言ってましたけど、事故から二ヶ月たった今も《王の鉤爪》はダンマリじゃないですか。行方不明者が《カガチ》だから、担当は第八部隊だって聞きました。それで、調査は進んでいるんですか? それとも、何か隠蔽しているんですか?」
「隠蔽って言ったってねぇ。一体何を隠すんだい?」
「何をって! 今もなお、行方のわからない犠牲者がいるのに、進展がないじゃないですか。事件そのものを無かった事にしようとしてるんじゃないですか? だから――」
「犠牲者ってのは誰のことだい?」
そうして隊長はひどく冷静な声で言った。
「誰一人として、遺体は発見されてないだろう」
「……は?」
「遺体がないんだから事件だってないんだよ」
(なっ……!)
あまりの外道な物言いに、俺は絶句してしまった。
「何も壊れず、誰も傷つかず、誰も死んでいない。遺体が見つかったかい? 毛皮は? 牙は? 爪は? 行方不明者達が事故の犠牲者だと言い切れるかい? もしかしたら、家出かもしれないしなぁ」
そんな理屈が通るだろうか。あまりにも理不尽だ。
「……さすが、隠蔽部隊ですね……」
アコーディオンの音色が、オレ達を包む。
郷愁を誘うような調べが沈黙に流れ込む。
黙り込んだオレをしばし見つめた後、バショウ隊長は、辺りを気にするそぶりを見せた。
「オレちゃま――悪いがここでちょっと待っててくれ」
オレの返事を待たずに、彼女は身をひるがえす。
オレは、彼女の赤い隊服と灰色の尻尾が消えるのをぼんやりと見つめた。
――《百花の世》は、嘘偽りが多すぎる……ミオはそう思わない?
(ああ、クロー。オレも思うよ。その通りだ。嘘で包んで、うわべだけ取り繕って、化けの皮をかぶっている)
「中身がない——空っぽだ」
オレはそれ以上何も言わず、鉢を抱き抱えたままポツンと立っていた。
しばらくして、隊長が戻ってくる。
「お待たせ。報告を受けていたんだ」
バショウ隊長はそう言った。
(報告? ああ、第八部隊の隊員と会っていたのか)
「あの屋敷にあった遺体……だけどね」
バショウ隊長は両手をモフモフともみ合わせながら、思案顔で言った。
「血を洗い流したら、口元に縄模様の入れ墨があったそうだよ」
「え……じゃあ」
「ああ。そうだ」
縄模様の入れ墨——クチナワ者。
あの死体は前科者だったのだ。
「それじゃあ、あれがエチゴ家の次男って線はなくなりますね」
「わかったのは、それだけじゃない」
バショウ隊長の尻尾が、右へ左へと揺れている。
「腹の傷、随分と大きかったらしい。ちょうど、ここから——この辺りまで」
隊長はオレのみぞおちから、下腹までを爪の先でツーっとなぞった。
「ちょっ……やめてください」
くすぐったくて、身をよじるオレの様子など意に介さず、バショウ隊長は、言葉を続けた。
「中身がなかった」
「……はい?」
(……中身?)
隊長は難しそうな顔で「これは全くアレだねぇ」と呟いた。
「胃袋、小腸、大腸……ココに入ってる中身——臓器が、取り除かれていたらしい。中身がない……空っぽだったそうなんだ」




