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その不祥事、お包みします  作者: 輪二
第二章 
14/52

「やれやれ。遺体の方は第八部隊の子に運んでもらう事になったよ」


 そう言って肩をすくめる隊長に、「そりゃそうですよね」とオレは返した。


「秘密裏に調べてくれ、なんて言われても無理がありますよね。死因を調べるためには屋敷から死体を運び出さなきゃですし」

「散々渋っていらっしゃったけどね。まあエチゴ夫人にしたって、いつまでも屋敷内に死体を置いておくわけにもいかないのだろう」

「今から第八部隊の方が来るんですか?」

「ああ。誰にも見られないよう厳重に覆い隠す事、口の固い第八部隊の隊員が運び出す事を条件に、遺体を搬出する事を了承していただいたからね」


 交渉が難航したのは死体を搬出する事だけじゃない。

 事情聴取についても、なかなかスムーズに話は進まなかった。


 エチゴ夫人は、使用人達から話を聞く事自体は了承した。

 けれど、エチゴ家のもう一人の息子——次男のヌリから事情を聞く事については、首を縦に振らなかったのだ。


「うちの次男は、幼い頃から病を患っておりますの。聴取などされては、身体に障りますわ」

「なるほど……拝察いたします」


 バショウ隊長は神妙に頷く。


「しかし、それでは調査は進まず、この屋敷に部外者が何度も何度も立ち入る事となってしまいます。それではご子息のためにもならないのではないでしょうか」


 夫人は喉の奥で唸り声を上げる。

 けれども、自分を律するように腕を組み、それから「わかりました」と声を絞り出した。


「私も立ち会います。しばしお待ちを」


 正直、大した事は聞けなかった。


 次男のヌリはぐったりとベッドに伏したまま頭から布団を被っていた。

 布団の端から覗くオレンジの毛が見えるだけだ。

 傍には夫人が付き添い、それ以上近づくなとでも言うかのようにこちらを睨みつけていた。


「あの亡くなっていた獣人は、ヌリ様のお知り合いではございませんか?」

「いや……」とヌリは短く呟き、後を引き継いで夫人が答える。

「見たこともないそうですわ」

「遺体が見つかった際——昨日の朝ですね。どちらにいらっしゃいましたか」

「ここに……」

「部屋に侍女頭とおりました」

「では、一昨日の晩はどうでしょうか?」

「それも……」

「私と共に、この部屋におりましたわ」


 そんな具合に、ほとんど夫人が質問に答えていた。


(結局、顔もよく見えないままだったな……)


 長男ノジも、次男ヌリも、どちらとも成人を迎えていたはずで、オレには夫人の態度が過保護に思えた。


(まあ、長男が行方不明になっているから、より神経質になってるのかな)


「もう、よろしいでしょうか」


 オレ達と一緒に次男の部屋を出たエチゴ夫人が、鋭い声でそう尋ねる。


(調べて欲しいのか、欲しくないのか、どっちなんだよ)


 オレは心の中でため息をつく。


「あの遺体の彼ですけどね」


 バショウ隊長は両手をもみ合わせながら、にこりと微笑んで見せた。


「ヌリ様のお知り合いでないのでしたら……現在行方不明となっているご長男のノジ様のお知り合いではないでしょうか?」

「……それは……わかりませんわ……でも」

「ノジ様は何かお仕事をなさっていたので?」

「……劇作家です」

「劇作家? んふぅ。お芝居の脚本を書かれていたんですか」


(なるほど……)とオレは納得した。


 劇作家……随分と収入の不安定な仕事だろうけれど、《カガチ》の家に生まれた者は裕福な暮らしが保障されるのだから、好きなように生きていけるだろう。


「では、もしかしたら劇団の関係者である可能性はあるかもしれませんね」

「でも……多分関係ありませんわ。ノジだって知らないと言うはずです」

「何故ですか?」

「それは……」


 エチゴ夫人は、心底あの死体と関わりたくないのだろう。

 知らない、わからないの一点張りだ。

 ただ、エチゴ家の長男ノジは『ヘビワタリ事件』で行方不明になっているのだから、本人に確認の取りようがない。


(……クローと同じ行方不明、か)


「では、あたくし共は、その劇団の方々に話を聞いてみようかと思いますよ。もしかしたら見覚えがある方がいるかもしれないですし」

「でも、あの——」

「ええ、わかっておりますとも」


 バショウ隊長は夫人に頷いてみせた。


「こちらで見つかった死体であるということは、絶対にもらしません。ただ『死んだ男の身元を探している』とだけ、聞いて回る事にいたしますよ」


 エチゴ夫人は隊長の言葉に不安そうに尻尾を揺らしたが、結局反対することはなかった。



 その後オレ達は、屋敷内で聞き込みをした。


 屋敷の使用人達に、エチゴ家の兄弟について聞いた所、執事や侍女頭からは大した話は聞けなかった。

 立場上、口が重いのも仕方がない。


 その代わり、年若いメイドや下働きの料理人は「雇い主の悪口など言いたくはないですけどね」と言った含みを持たせつつ、彼ら兄弟の人と成りを話してくれた。


 エチゴ家の兄弟の評判は正反対と言ってもよかった。


 長男ノジは二十三歳、次男ヌリは二十一歳。

 父親が亡くなったのは、二人が十代半ばだったそうだ。


 長男のノジは、人気の劇作家だったそうだ。彼が脚本を書いた芝居は毎回かなりの評判らしい。

 

(もちろんエチゴ家という《カガチ》の威光もあるだろうけど)


 対して次男のヌリ。

 彼の素行の悪さはなかなかのものらしい。

 昔は街のそこここでトラブルを起こしてばかりいたけれど、最近は屋敷に引きこもっているとか。


(エチゴ夫人は、「病を患っていて……」なんて言ってたけど、どこまで本当なんだろうか)


 雇われて一年と経たないメイドは、周りに人がいると話しづらいからと自ら庭にオレ達を連れ出し、そこで詳しく話してくれた。


「長男のノジ様や次男のヌリ様の身の回りの世話は、執事や侍女頭しかできないんです」

「では、あなたはあまり近づけなかったのですね」

「そうです。でも、あたし達下っ端だって馬鹿じゃございません。深夜、ヌリ様の部屋に侍女頭が酒を運んでいたり、ごろつきみたいなヤツを執事が案内してるトコを見てしまうと……ああ、ヌリ様の悪名が広がらないようにっていう夫人の配慮なんだろうなって見当はつきますわ」


 ヘビワタリの一件で、長男ノジが行方不明となってからは、次男ヌリは息を潜めるようにして、部屋に閉じこもっているという。

 まるで何かを恐れるようだ、と歳若いメイドはどこか小馬鹿にしたような口調で話してくれた。


「《カガチ》が《カガチ》たる所以は、王国への献身と勇猛な姿勢あっての事。それですのに——」


 彼女は小さく肩をすくめた。


「称号持ちも、堕ちたものですわ」


 やっかみも大きいだろうが、彼女のエチゴ家の次男への視線は冷淡だった。


 庭から上を見上げると、洞窟内の壁に彩光用の窓がいくつも取り付けてあり、青いガラス窓から日の光が透けて見える。


「いくつか開いている窓がありますが……あれはどなたが管理しているので?」

「ああ、庭師です」


 メイドはそう言って少し胸を張った。


「王家に紹介された腕利きの庭師だとかで《洞屋敷》の庭作りのエキスパートらしいんです」

「なるほど。やっぱり、日の当たる山道の植物とは、植えられているものが違いますものね」

「ええ。薄暗い洞窟の中でも育つ品種を選んでいるそうですよ。あとは、ああやって壁のガラス窓を順番に開けて、風通しを良くしたり、日のあたり方を調整したりしているそうなんですが……」

「なかなか難しそうな仕事ですね」

「ええ! ここだけの話、いくつものお屋敷を出入りしている引っ張りだこの庭師さんらしいんですが、次男のヌリ様のツテで、こちらに来ていただける事になったんですって」


 メイドは大きな目をぐるりと回して肩をすくめた。


「そう言ったことは、ノジ様よりもヌリ様のほうが得意みたいですね」

「んふぅ……それはまたアレですねぇ」


 バショウ隊長はニコニコと頷き、最後にこう尋ねた。


「ところで、包装されたままのマタタビの鉢植えがあったかと思うのですが、あれはどこに置かれていたのでしょう?」

「ああ! あの盗まれたとか言う!」


 メイドは「あれが置かれていたのは、庭じゃないんですよ」と言った。


「入ってくる時に、青いガラス戸をくぐったでしょう。あの扉の横に飾っていたんですよ。出てすぐの場所です。庭師の方が用意して、そこに置いていたらしいですけど。泥棒もなんでそんなもん盗んだんでしょうね……」

「それは本当アレですねぇ……ところで、ちょっとお願いがありまして、ぜひともエチゴ夫人にお伝えいただきたいのですが……」


 バショウ隊長の『お願い』に、若いメイドは目を丸くして首を傾げた。

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