表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

7.構造的差別

「んだ、てめえ」

 オークはこちらを睨みつける。3メートルはありそうな巨体。棍棒を肩に担ぎ見下すその視線は、軽蔑に満ちていた。


「そのゴブリンを離してもらおうか」

 首を絞められるそのゴブリンは、顔色が文字通り青くなっていた。


「あ? 」

 オークは締め上げるゴブリンと俺を交互に見て、鼻であしらう。

「てめえ、上位のゴブリンだろ? なんでこいつを庇うんだ? お前らもやっぱり狂ってんのか? 」


 敵意は消えていないが、俺との意思疎通は計れるようだ。


「上位のゴブリン? 」

 オークの言葉で気になった部分を反芻する。


「てめえ、ゴブリンの癖になんも知らねえんだな。”人間から生まれた”ゴブリンのことだろうがよ。自立した思考回路を持ってる奴だろうが」


 俺は木の陰に隠れるパイオスの方を見た。彼からそんな説明は受けていない。

「オークはてめえら上位のゴブリンとは争わない。だが、下位のゴブリンは別だ。こいつらは知性がない。上位の指示に従って頷くだけの木偶の坊だ。汚いだけの屑だ。お前らにとってもすぐに代えの利く存在だろう。それをなぜてめえは守るんだ? 」


「俺が弱者の味方だからだ。もう一度言う、その手を離せ」

 剣が光る。


「所詮ゴブリンが、なにオーク様に指示を出しているんだよ。俺様はな、上位だろうが何だろうが、ゴブリンってのは薄汚くて卑劣で嫌いなんだよ。力がないから人間を襲って能力を奪うことしかできない。紛い物なんだよ、てめえらは」

 こちらの顔を覗き込むように眺めてくる。本質的に自分のことが上だと疑わない態度。


 よく覚えているよ。その目。自分が安全圏にいると信じて疑わないやつの目、弱いのは本人の努力不足だと思っている奴の目だ。自分が恵まれているだけなのに、それを自分の努力だと思っている。



「殺すぞ」

 殺意が沸き起こる。人間を容赦なく殺せた俺に、オークを殺すという心理的障害などない。まず首を絞める手を切り落として、それから__


「舐めがって」

 ぐしゃ。


 オークの手はゴブリンの首を握りつぶした。胴体と頭が地面に落ちる。オークの顔には挑発的な笑みが浮かんでいた。


「てめえ! 」

 突発的に切りかかる。


「ふん! 」

 オークは大きな棍棒を薙ぎ払うように振る。俺は身体を空中で捻ってそれを交わす。太い腕の上に着地し、腕を上り肩口から首を一気に斬り落とそうとする。


 剣は何か堅いものにぶつかった。肉というよりも岩を切った感覚だ。



 オークは下から生える大きな牙で俺の剣を防いだ。俺の剣は牙を砕き、舌まで到達した。

「痛え! このくそ野郎が」

 オークの口から血が垂れる。



 まさか防がれるとは。あの駆け出し冒険者よりもよほど強い。


「てめえ、こんなことして、許されると思っているのか? 」

 オークは口を押える手の指の間からこちらを睨みつける。


「俺はゴブリンの味方だ」

 もう一度飛びかかろうとすると、俺とオークとの間に壁が出来た。透明な、魔力の壁だ。



「そこまでです。ボス」

 パイオスは俺とオークの間に立つ。


「どうしてだパイオス! こいつは仲間を殺したんだぞ」

 俺は壁に連撃を加える。ヒビこそ入るがなかなか壊れない。物理攻撃に特化した壁なのが分かる。


火球(ファイアーボール)

 物理特化なら魔力で__


「いい加減にして下さい! 」

 パイオスは声を荒げた。


「__どうしてだ。仲間が、弱者(ゴブリン)が殺されているんだぞ? それに俺は命令したはずだ__」


 パイオスは横目でこちらを見る。

「あなたは『あのゴブリンを助けるから邪魔をするな』をしました。そのゴブリンが死んだ今、その命令は無効です。それに先ほど殺されたゴブリンは仲間ではありません。下位ゴブリンは、上位のゴブリンの仲間ではなく、駒です。あなたはゴブリンのことをまだ知らなすぎるのです」


 パイオスの言葉は強く、俺の殺意を鎮めた。


「オーク殿」

 パイオスは膝を地面につく。


「この度の御無礼をお許しください」

 頭を地面につける。


「えっ? 」

 予想外の行動に気の抜けた声が漏れる。




「ああん? 調子のいいこと言ってんじゃねえぞ!? 」

 オークは横柄にパイオスに詰め寄る。

「おめえはあいつの教育係か? 年寄りはちゃんと常識を教えねえとダメだろうが。ええ!? 」

 オークはパイオスの頭を握り、持ち上げる。パイオスの身体が宙に浮く。


「面目ありません。ですが、あの者は生まれてから一日も経っておりません。何卒、ご容赦を」

 持ち上げられながらもパイオスは直立不動を維持する。


「ごめんで済んだらこの世界もっと楽だよなあ」

 オークはパイオスの身体を地面に叩きつけた。


「お前はいい。だが俺様を切ったあいつは殺す」

 蟹股でこっちへ歩く。


 だが、オークの歩みは、二、三歩で止まった。

「身体が、動かねえ」


 オークは力の限り前へ進もうとするが、パントマイムごとく、その場から動かない。

「オーク殿」


 パイオスは立ち上がり、土を払ってオークの隣に立つ。

「貴方がこのまま進もうとするのでしたら、私の謝罪は撤回いたします。私たちのボスに手を出すことは絶対に許しません」



「ぐっ、俺様の身体を止めるとは。一体何者なんだ貴様! 」

 宙に浮遊するパイオスにオークは叫ぶ。


醜覡(しゅうげき)のパイオスと申します。以後お見知りおきを」

 パイオスは粛々と名乗った。


「パ、パイオス__」

 オークの顔に脂汗がにじむ。こう見ると、オークは豚なのだと実感する。


「ほう。私のことを存じ上げているとは。恐れ多いことです。さて、いかがなさいますか。老体に鞭を打ち、お相手して差し上げましょうか? 」

 パイオスが杖で地面を叩く。するとあらゆる魔法が、オークの周りに発生する。炎、水、風、雷、氷、闇、光__塩味のある調味料をとりあえずぶち込んでおけば、不味くはならないと言ったような、子供じみた考え方。


 しかし、その子供じみた考えを実行させる能力が、この老いぼれには存在する。


「分か__った。今日のことはなかったということに」

 オークがそう言うと、魔法は解除される。オークは膝に手を付き、肩で息をする。



「寛大なご対応、感謝いたします」

 そう言うと、オークは苦々しい表情でその場を去った。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ