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6.弱者のため

「さて、この根城は捨てて、早い段階で別の所に移りましょう」

 食事を済ませるとパイオスが言った。


「捨てるのか? 」

 ボロボロの古城でも、ゴブリンの生活においては十二分すぎる。人間からの攻撃を受けても、構造上守りやすい。


「ええ。先ほどのような駆け出しならば問題はありません。しかし駆け出しと言えども、冒険者は冒険者。訓練を積んだものが消息不明ともなれば、より強い人間が送られてくるでしょう。」


 なるほど、確かにあのチャラチャラとした感じは、駆け出しと言えるな。しかし、人間側にそこまで力の差はあるのか? まだまだ知らないことが多すぎる。


「分かった。とりあえずここを離れよう。行くアテはあるのか? 」

 ここは年長者に従うのが無難であろう。


「ええ。我々がいるこの地域は、始まりの森(FF)と呼ばれております。この森の奥にはこのゴブリンの一大生息地がありますので、そこに向かいます」


 始まりの森(FF)か。まあゴブリンの生息地なんてゲームだと大体は序盤だ。駆け出しの冒険者が来たのも、ゲーム的に言えば序盤のダンジョンだからであろう。


「分かった移動しよう」

「かしこまりました。私の転移魔法(テレポート)で先に目的地に送ることは出来ますが、いかがいたしますか? 」

 パイオスの杖が光る。


「俺だけか? 」

「転移魔法は人数が多くなればなるほど魔力量は指数的に大きくなります。私の魔力量では群れ全体を移動することは不可能ですし、下位のゴブリンを転移させる必要性がありませんので」



「そうなのか。だが、徒歩でいい」

 この世界を自分の足で歩いてみたい。人間ではなくゴブリンとして、世界がどのように感じられるのか、知りたい。


「承知しました。では移動を開始しましょう」

 俺達は森を北に駆けていく。ゴブリンは足が速い。捕縛した女を抱えていても、木々をすいすいと通りぬけていく。


「しかしあの冒険者たちは拍子抜けだったな、弱かった」

 走りながらパイオスに話しかける。

「いえ。救世主様がお強いのです」


 パイオスは魔法で宙に浮いて飛んでいる。すごい魔力の技量だ。俺にはできそうもない。

「パイオスの方が断然強かった」

 事実としてそう言った。


「それはうれしいお言葉です。私事ではありますが、この生涯を魔法に捧げてきましてね。それで救世主様の護衛役となったわけです。最も、救世主様には護衛など必要ないでしょうが」

 パイオスは笑った。


「いや、お前がいてくれて助かっている。それと、俺のことはアグリと呼んでくれ。救世主は少し重い」

 俺が何を救うのかすら分からないし、救うつもりもない。


「しかし、名前をお呼びするのは憚られます」

 パイオスは困った顔をした。

「じゃあ、ボスでどうだ? 」


 この呼び方なら、名前を呼ばれるごとに”救世”という自分に課された使命のようなことを自覚する必要はない。ただ単純に群れの統率者ということになる。

「それならば構いません」



 頷き、再度前を向く。木漏れ日がちかちかと目を照らし、鬱陶しい。ゴブリンの目は日光に慣れていない。暗闇での視界は良好である一方、人間が活発に活動する昼間に行動することは少ないのだ。だからこそ、太陽の元にゴブリンが現れるのは稀と言える。


 今こうして昼間に移動しているのは、それなりに非常事態であるからだ。

「駆け出しではない冒険者は、強いのか? パイオスなら戦えそうだが」


「”冒険者”であれば、大方戦えます。もちろん、例外はおりますが__。問題はその”上”です」

「その上? 」

 パイオスは険しい顔を浮かべる。


 その”上”とは何か、聞き出そうとしたときだった__。俺の視界に植物のものではない緑色と、赤褐色が映った。


「やめてくれえええ! 」

 人語ではない__。これはゴブリンの声だ。


 俺は方向転換をする。何も言わず、群れは俺についてくる。

「行くのですか? 」

 パイオスの問いを無視して、俺は進んだ。群れの大多数のゴブリンとパイオスは、何かが違う__




 助けを呼ぶ声の元ではゴブリンが、牙を持つ大男に首を絞められていた。足元には数匹のゴブリンが横たわっている。あの大男__人間ではない。あれは__

「あれはオークによる『ゴブリンいじめ』ですね」


 木の陰に隠れ、パイオスが解説をする。

「オーク」


 俺は繰り返す。ゴブリンとオーク。RPGでは同じ、取るに足らない敵だ。


「なぜオークがゴブリンをいじめる? 」

「価値観の違い、と言いましょうか。強さに至高を求めるオークと、いかに種を存続させるか否かのゴブリンとの」

 まるで話が理解できない。モンスター同士がなぜ敵対する?



「とにかく、”私たち”には関係のない話です。先を急ぎましょう」

 パイオスは俺に移動を促す。目の前の同族を気に掛ける様子はない。


「どうしてだ。助けるべきだろう? 」

 俺が剣を抜こうとするのを、パイオスは制止する。


「今、オークとの関係性を悪化させるわけにはいきません。数匹の下位ゴブリンで向こうの気が済むのならそれで結構。ボスはもっと大局を見て頂きたい。あなたはゴブリン・ザ・ヒーローです」


 パイオスは初めて、俺に厳しい目を向けた。老人の穏やかな口調は消えていた。



 しかし、俺はパイオスの手をどける。

「すまないパイオス。服従だ(Agree)


「御意に」

 パイオスは頭を垂れた。


 オークの前に立つ。ゴブリンの情勢がどうなっているのか、俺は知らない。ゴブリンやオークの関係性も、俺は知らない。


 力を得た。形はどうであれ、ヒーローと呼ばれるようになった。誰かを守ると言う立場も、それに伴う力も手に入れた。


「俺は弱者(ゴブリン)の見方だ」


 抜いた剣が、木漏れ日に輝く。





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