5.悪くない
*
三人の冒険者がかつて栄華を誇った国の古城に訪れる。
「っぱ、ゴブリンってのは雑魚やな」
戦士職の男は剣についた血を拭き取りながら話す。
「んね! 拍子抜け、それにここ汚いし、最悪なんだけど」
盗賊の女は、服についた埃を叩いて落とす。
「おい、ゴブリンだからと言って油断するな」
僧侶の青年が手に巻く包帯を結びなおす。
「もう、真面目だなあ」
盗賊の女が僧侶の青年の腕にしがみ付く。
「お、おい。戦闘中にそんなことをするな」
僧侶の青年は顔を赤らめて払いのける。
「やだ、モーブ照れてる」
女が青年の前に立って、上目遣いを発動する。
「セリア、お前はマルクと__」
青年は剣士の方を見る。
「お前、何か勘違いしてないか?俺とこいつは、ただの幼馴染だ」
「えっ」
巻き付けた包帯が、するりと落ちる。
「えー、モーブ、私たちが恋仲だと思ったんだ? だから私のこと避けてたんだ! 」
女の声は上ずる。少しだけ、目に涙が溜まる。積年の想いが__伝わる。
「はあ。全く__お前らは」
戦士職の男は肩をすくめる。
「学校ではお前に敵う所はなかったが、モーブ、帰ったら説教してやる」
男は剣を構える。周りには、ゴブリンが群がっている。
「さっさと終わらせよう。今日は俺が奢る」
「やったあ! 」
女はぴょんとはね、ステップを踏み始める。
「グガー!! 」
ゴブリンらは一気に襲い掛かった。
*
城の最上階、そこから俺は正門へと飛び降りた。数十匹のゴブリンの死体が無残に横たわっている。
「血は__赤なんだな」
粘々した液体を素足で歩く。正門は開かれている。
ゆっくりと歩いて行く。戦闘__いや蹂躙の後を追って。
「ゴブリンって、やっぱ雑魚なんだな」
内臓が口から飛び出ているもの、身体が真っ二つに切断されているもの、心臓を一突きされているもの。死因は様々だ。
「三人か」
敵の人数を確認する。
二階への階段を上がる。すると、長い廊下の奥で、何かが壁にぶつかる音がした。
俺はそちらの方へ駆けようとする、すると俺の足を何かが掴んだ。ゴブリンだ、腹部に大きな刺し傷がある。
「救世主__様__」
ゴブリンの息は絶えた。
「数だけかよ! もっと来いよ!」
大部屋。長髪で色白な男が長剣を振るう。
「ふん! 」
僧侶の拳はゴブリンを身体を凹ます。
「かっこいいよ、モーブ! おっと」
盗賊の女は後方からのゴブリンの攻撃を躱し、ナイフで頸動脈を切る。血がどっと吹き出す。
「さて、ここも終わりか。次、三階に行くぞ」
剣士が踵を返し、階段の方へ向かおうとする。
「なんだ、お前。でかいな」
剣士の男と目が合った。そして剣士は俺の剣に目をやる。
「ゴブリンの癖に、良いものを持ってやがる」
剣をこちらに向ける。
「てめえらみたいな醜い野郎には勿体ない代物だ。人間の元に返してもらおう」
剣士は、こちらに振りかぶる。隙の少ない、いい軌道だ。
「遅い」
数歩横にずれ、剣の軌道から外れる。
「なっ」
躱された剣士は驚いた顔をする。しかし、まぐれだと言わんばかりに首を振り、同じようにもう一度切りかかる。単調__長老の方がよほど強い。
剣士の脇腹に蹴りを入れる。肋骨の折れる音が、脛を伝って聞こえてくる。脚は振り切らない。剣士はその場で吐しゃ物をまき散らす。
「マルク! 」
僧侶がこちらを殴る。剣士と同じく、拳がゆっくりと近づいてくる。
「火球」
俺の魔法は、長老ほどではないが、僧侶の身体を焼いた。一度見ただけで魔法の使い方が手に取るように分かる。
「うわああああああ」
男の叫び声が聞こえる。
「モーブ! くっ、ケダモノ」
女はこちらを睨みつけてくる。前世の記憶がよみがえる。
女が素早い動きで、懐に飛び込んでくる。技術のない、最も単純な動き、俺はナイフの握る手を切り落とした。
「えっ」
女は困惑の表情を浮かべる。その後、絶叫が聞こえてくる。
「モーブ! セリア! くそ、この化物が!」
背後から切りかかろうとする男の胸を、俺の剣は貫いた。突き刺さる俺の剣の先から柄の方へ視線を動かす。自分が致命傷を受けたことを確認するように。
「フィエ__ルテ?」
剣士は俺の剣に書かれた文字を読み上げ、絶命に至った。
「セリア__に、逃げろ__」
焦げ臭い僧侶が立ち上がり、拳を構える。
「で、でも__」
「いいから!」
女は這いずりながら逃げようとする。だが、出血量が多くその動きは遅い。
「身体強化」
青年の身体が一回り大きくなる。
「お前だけはここで倒す」
面白い。俺は剣を鞘に納め、同じように構える。
「やってみろ」
俺が返答すると、僧侶は目を見開いた。
「しゃべった__だと? ゴブリンが」
「だからなんだって言うんだ」
一瞬の静寂。僧侶は意を決したように、その場に膝をつき、頭を下げた。
「お願いします! 助けてください」
土下座をして懇願をする。力の差は相手も感じていたようだ。
言葉が通じるから対話も通じると思っているのか。全く、甚だ図々しい。
お前らは、俺がやめてくれと頼んだ時も、嬉々としていじめ続けて来ただろう。陽キャってやつは、恥を捨てれば我が通ると思っている。人の尊厳をないがしろにしてきたやつに限って、自己を過大評価する。
気持ちが悪い。
俺は僧侶の頭を横から蹴った。サッカーボールのごとく、その頭は身体から離れる。
「モーブ! う、うわああああ」
女が泣き叫ぶ。夏の蝉のようだ。
俺は彼女の前に立ち、切断された腕に回復魔法を掛けた。
「この、人でなし! ゴブリン! 醜いケダモノが!」
彼女は力の限りの罵倒と唾を俺に飛ばした。
「分かっているじゃないか」
言い下ろす。
「俺は醜い___________
ゴブリンだ。
それを分かっているのに、どうして助けてくれると思ったんだ? 」
女の顔に血の気が無くなる。絶望か、文字通りの血液不足か。
「そしてお前も、同じだ」
指を鳴らす
すると、長老を始めとしたゴブリンが部屋に入ってくる。
「お見事です」
長老は言った。俺は頷き、鉄の匂いのする部屋を見渡す。
「女は孕み袋に、男は肉に、だろ?」
長老は頷く。
「種は救世主様が? 」
首を振る。
「そこのお前ら」
俺の視線の先には、本来であれば蹂躙される筈であった戦士職のゴブリンらがいる。
「好きにしていいぞ」
言うと、ゴブリンらは女に飛びついた。叫び声ともうめき声ともとれる女の声が古い城の壁に響く。
愉悦。とても気分がいい。
悪くないな、ゴブリンは。