2.転生
(しょうもない人生だったね)
意識を失ったすぐ後、誰かが俺に話しかけてきた。しかし、聴覚も視覚もそこにはない。ただ漠然とコミュニケーションだけがそこに存在している。
「ああ、本当に」
訳が分からない状況ではあるが、俺はそれに返答する。それ以外にすることがないのだ。
(君の予想は当たりだよ)
パチ、パチ、パチ__何者かは拍手をしている。
「何がだ?」
俺は何者かの上からの物言いに少し苛立って言った。
(ほら)
頭の中に映像が流れ込む。午後五時くらいのニュース番組だ。確か性加害で摘発されたテレビ局だったはずだ。
父親の政治思考から、右側のテレビ局の番組しか見ることを許されていなかった。俺の生前の記憶が少しずつ思い出される。
『“ゲーム機処分きっかけ”か 都内の高校生、母親を殺害』
流れる映像の右上に、ニュースの概略が述べられている。
「死亡したのは県内在住の40代の母親と、高校○年・17歳の長男です。(未成年のため氏名は公表しません。) 警察によりますと○月○日夕方ごろ、自宅で口論が起き、長男が母親を刃物で刺した直後、長男自身もほぼ同時刻に自殺したとみられています。外部から侵入した形跡はなく、事件と自殺はいずれも短時間の連続した行為だった可能性が高いとしています。」
キャスターが徹底的に教育されたであろうしゃべり方で、事件を述べる。カメラは事件のあった部屋の窓をズームするが、ブルーシートが張られており、中は見えない。
間違いない。俺の部屋だ。
(君の予想通り、君の世界の人は君を”ゲームを捨てられただけで親を殺した息子”として認識しているようだね)
まあそうだろう。誰も俺の事情や気持ちなんて理解はしてくれない。そんなことを期待してもいない。
(あっ、でもね。インターネットっていうんだっけ。そっちでは君に同情する意見もあるみたい。どう?見てみる?)
「大丈夫。なんとなくわかる」
インターネットにとっては格好の話題だ。俺のことを陰キャだの、社会不適合者だの、ゲーム依存だのと言っているのだろう。それに反論する意見としては、毒親とか、片親だからしょうがないとかか。どうせ俺自身のことを考えてくれる奴なんていない。クラスの中での俺の立ち位置をわざわざ調べようとする奴もいない。
どちらにせよ、ゲームを捨てられて親を殺したという事実は消えないわけだから、世間はそういう希少種として俺を見てくる。親殺しという生物としてはかなり醜い行動をとった俺に、もう居場所なんてない。
(ふーん。死んだのにまだ居場所を探しているんだ。人間ってやっぱ不思議だね)
わざとらしい話し方にフラストレーションが溜まっていく。そうだ、俺は死んだんだ。ならさっさと天国でも地獄でも送ってくれ。
(まあまあ。そう焦らないでよ)
ふわりと目の前に光が開く。無の空間に何かか存在している。
「お前は神か何かか?」
胡散臭いという思いを抱えながら尋ねる。
(うーん。まあそんなところ。君たちが思うほど万能なのかは分からないけど、死んだ人間の魂をどうこうすることはできるよ。別の世界に移したりね。どう、興味ある?)
数秒思考する。別にこのまま死ぬことに対し、悔いはない。転生して無双するとか、そういうことにも興味がない。人間は変わらない。醜い内面の人間はどの社会においても上手くはいかないのだ。
まあせめて言うなれば、女子と付き合ってみたかった。誰かに好かれてみたかった。欲を言えばセックスだってしてみたかった。
(うーん。確かに君は前回送った人よりもひねくれてて、生に対し未練もなさそうだ。強いて言うなら生殖行為がしたいと。なるほどね。あっ! 君にぴったりの場所があるよ! 君を慕う個体も多いし、性行為だって出来る。どうかな、前の世界よりは楽しいと思うよ)
「前回送った人?」
疑問になって尋ねる。
(おっと、それは企業秘密ってやつ。で、どうするのー?)
俺に話しかける存在は好奇心を抑えられないようだ。
「断ったらどうなるんだ?」
(うーん。別に何も。君は無に帰すだけだよ)
そうか。なら転生するだけして、つまらないならまた自殺すればいいか。一度したことだ。もう恐怖はない。
(そうだね。そうしなよ。記憶は残しておくから、つまらなかったらいつでも戻ってきていいよ)
「分かった。じゃあ頼む」
(了解)
目の前の光は薄まっていく。俺の意識も首を吊った時のように薄まっていく。
(いってらっしゃい。勇者君)
神のような何かが、手を振って送り出しているような気がした。