1度目の決意
この世界に名前をつけた者がいるだろうか。今生きる人々が暮らす世界は、弾指よりも速い時間が連続し、ここにあり続けた。何度も何度も続く時間の確率は、知らない誰かの気まぐれのような果敢ないものだという。
そんな世界の流れる様は、まるでありきたりな小説を読んでいるかのようだった。町の外は魔物だらけ。人々は恐れ、討伐に精を出す者、魔物たちの弱点を知る者、より強い武器や防具を作り出す者、人間にはない力を科学技術で補おうとする者…とそれらは確実に増えてゆき、そしていつの間にかは当たり前となった時代へと変わっていった。
そうした後、人々は魔王なる存在を知る。魔物たちを統べる其の人物は、人間では到底敵わない力を持っていた。それから人たちは絶望し、とある国王が苦し紛れに考えた“勇者戦”に希望を託すことにしたのだった。
それはこの世界、「ジャストケイオス」の名がついた頃だった。
あれから150年ほど経った、ある冬の事。青年は歴史の授業をぼんやり聞いていた。彼ら風萌学園高等学校の生徒らは、やはり魔王を倒すため学び舎の扉を叩いた者たちである。青年もまた、そうであった。
青年の名は、梓木・フィーネンド・邦彦。フィーネンドという魔物の名前が入っているのは、平たく言うと“実験台名”で、魔物と人間の遺伝子を掛け合わせた混血であることを示すため、その魔物の名前を入れることが義務付けられている。
実験台名を持つものは少なくない。寧ろ人間では持ち得ない能力を持ち、戦闘でも有利となるのだ。魔物の血が流れていればそれだけで身体能力も上がり、自然治癒能力もかなりのもの。ただ、人間に比べて成長するスピードが遅く、老い難くあれど、裏を返せばなかなか上達しないとも言える。また、人為的な遺伝子は子へ孫へ伝わるごとに薄らいでゆくもの。混血であり続けるため、邦彦の前々代(祖父)あたりからより濃く凝縮した新混血に進化している。
「あー、梓木。君は出場しないのか?勇者戦に。」
授業が終わり、少し長い休み時間。図書館へと赴く邦彦を、コツジュームという魔物との混血の教師、日詰が呼び止めた。新混血からは見られないが、混血世代には外見に魔物の特徴が表れることがあるらしく、その日詰もコツジュームの鎖の肌質をしていた。
「…いえ、考え…させてください。まだまだあらゆることにおいて未熟ですから。」
邦彦は勇者戦なんてものに、実は興味がなかった。親らの希望で風萌学園に入り、取敢えず期待に応えようとは思ったが、魔王を倒そうなど野望は違う誰かにと任せていた。
日詰はやれやれと苦笑を漏らし、持っていたパンフレットを手渡す。
「これで何回目だろうな、君のそっけない返事は。未熟なんて謙遜にしか聴こえない。君は風萌学園創立以来最高の成績だよ。きっと君がフィーネンドとの新混血であるからかも知れないな。…目を通しておいてくれ。未来の勇者よ。」
そのまま日詰は踵を返し、西の研究室に姿を消した。邦彦の手元に残ったパンフレット。“翳せよ、剣”とレタリングされたタイトルの下に、前第14回戦勇賞者の少年の勇ましい写真がプリントされている。どうやらその少年は弱冠16歳、最年少で優勝するという快挙を成し遂げたらしい。
「…名前は…楚実・シガラス・透…。混血か…。」
パンフレットをざっと読むと、透少年のことを書かれていた。シガラスという魔物のカットも一緒に載せており、彼とシガラスは先の尖った耳が似ていた。彼もまた、風萌学園に在籍していたらしい。
廊下で佇んでいると、後ろから邦彦を呼ぶ声がする。よく通る声に振り向くと、邦彦と割と仲のいい青年が爽やかに駆け寄ってきた。
「邦彦ー。いいトコにいた。図書館行くんだろう?ちょっと付き合って。」
にかっと笑った青年に実験台名はついていない、小野寺光輝という普通の人間である。光輝は性格のよさから、邦彦とも打ち解けることができたのだ。
「小野寺…今度はなんだ?新種か、新製品か、若しくは新戦法か?」
邦彦は何度か光輝に付き合わされているため、目論見くらい読める。併し今回はちょっと違うようだ。光輝は舌を出して内緒、と笑って見せた。別に断るなんて今更だから、今回もほいほいついていった。
「おー?邦彦、勇者戦出るの?あ、日詰に言われたんだろう?邦彦サン優等生だからー。」
腕に抱えたパンフレットを見て、光輝が茶化す。光輝が読ませて、と邦彦にいってみると、割と簡単に差し出した。すぐ返すねー。と笑うと、パンフレットを眺める。
「あ、邦彦。場所、いつもの所だよー。」
既にパンフレットに集中した声で邦彦に声かける。ああ、と返事をすると、んー…。と間延びした返事が返ってきた。
いつもの所、の研究室に辿り着いた。本来「リコスモスの会」というよく分からない同好会のための部屋だったが、誰もいなくなったので光輝が許可を貰って使用している。研究費はほぼ自費だそうだ。
「ふいー、邦彦ありがと。やっぱさー混血じゃない俺には望みないや。邦彦頑張るのかね?」
パンフレットを返されると、光輝は困ったように笑った。邦彦は何も返せなかった。出場を決めたわけではない。それでも光輝は勇者戦を邦彦に薦めることはしなかった。
研究室、といっても光輝が気まぐれに内装を変えるため、たいした荷物は置いてなかった。用務員さんから借りたらしい脚立が隅のロッカーの隣に立て掛けられており、あとは見覚えのあるテーブルとチェアが真ん中を陣取っていた。光輝は邦彦に着席を促すと、ロッカーからなにやら書類を取り出した。いつもならそれは新戦法だが、今回は光輝の顔がいつもより真剣だったために、邦彦はいつもより緊張した態度で話を聞くことにした。
「実は…ね。今まで勇者の名を語り、魔王に挑んだ者たちのデータをそーいうパンフレットからまとめたんだ。」
光輝は書類を差し出すと、文字を指でなぞる。
「…勇者戦って10年に一度、魔王を倒す勇者を選ぶため催されるだろう?実際、勇賞者は魔王討伐に向かっているんだ。どこに、と言えば精霊たちが誘うとかでよく分からないんだけど…。兎に角、まだ続いている以上、魔王は倒されていないわけなんだよ…。今まで14回行われてきたけど、魔王は生きてるし、勇者は誰1人として帰ってきていない。そして何より、近年の魔物の強さが半端じゃない!…だからさ……、本当は…邦彦に出てほしくない、んだ…。勇者戦…。」
光輝の表情がだんだんと曇る。ついには俯いて肩を震わせた。何かを堪える声音で邦彦に告げた。
「…邦彦は知らないだろうけど…、俺…邦彦のソウルパートナーなんだ。うーん、マネージャーって言うか。情報を提供したり、専用の武器なんかを作ったり。……勇者にするためだよ。……でも言えなかった…勇者戦に出てって…。言いたくなくて…。それで、……ソウルパートナー、辞めさせられるらしい…から…黙っててごめん。」
光輝が袖で涙を拭う。感極まって泣いたようだ。
「…邦彦とは友達で居たかった……。ソウルパートナーじゃなくなったら、俺退学だから逢えなくなる…。」
光輝の話によると、風萌学園に在籍する人間の大半はそのソウルマネージャーらしい。だから混血と人間では受験内容が違うのに、同じクラスに混ぜられるわけだ。邦彦は、魔王を倒すことに興味はなかったが決心した。
「…小野寺、いや…光輝。ソウルパートナーていうの辞めなくていい。勇者戦に出るから、俺。」
稀に見る邦彦の真摯な眸に、光輝は息を飲んだ。
…1話目です、わりとめんどくさく書いてます。
雰囲気重視と言う苦い逃げ方しました。
RPG風味効かせました、これでも…。