53 シウタからアーレイン
シウタ
夕暮れどきの現生惑星。
工場に夕日が差し込み、鉄骨の影を伸ばしていた。
机に肘をつき、マグカップを手にぼんやりと中身を眺めていた。
中には、麦の様な物を発酵させたばかりの星スペシャル・ドライ。
おいしいとは言えないが気の抜けたような甘みのビールの原型、度数が低い古代エールと言われたものだ。
未来に来て宇宙を駆けて、まさか原始の酒に心が救われるとは、まさに癒し。
だが、ここから蒸留させて、熟成の工程を未来技術で短縮できれば、最高の物が出来上がるはずだ。
もちろん! アルコールは毒なので身体が拒絶するのだが、人類は 「これ飲むとなんか楽しい! まさに神からの贈り物」 と言うプラス思考で、いかに毒物を体に違和感なく摂取できるかと言うのが酒の歴史である。
人が狂っているのか、それとも酒が狂っているのか。
そんなお酒を飲んで、とても気分がいい。
その頃、工場の広い一角では、少年と少女が鉄板を並べて即席のジャンプ台を作り射出しており、子供とは思えないスリリングな遊びをしていた。
子供の頃の遊具って、だいだい狂気じみてたよな。
ブランコを空中で一回転しようとして大事故が起こったり、球体ジャングルジムの遊具で握力を超える速度の遠心力で吹き飛ばしてみたり。
もう、公園にはシーソすらなくなってきた。
テコの原理を理解したのか、先端の方に数人で一気にジャンプして仲間を月まで飛ばしてた気もする。
外は危険だ。家でスマブラをしてリアルファイトして遊びなさい。
「気分がいい。よし、遊んでやるぞ。さぁこい!」
バッと腕を広げる。
「兄貴に抱き着いていいんですか? ここが人生のピークかもしれない」
「この歳でこれ以上の幸せを味わえなくなっても、私は、きっと後悔しない」
悟るのが早い。
君たちの人生は、まだまだ楽しい事があると思うよ。
瞬間、魚雷見たいに黒い影が二つ突っ込んできた。
受け止められずに物凄い衝撃で、跳ね飛ばされる。
内蔵がやられた。
マジに力で子供にも種族特性で負けるのか??
ぅわょうじょっょぃ。
自己治癒を開始しながら転がっていると、工場の入口からギギッという金属音。
子どもたちがぴたりと動きを止める。
「あ、姉ちゃん来たっぽいよ。・・・楽しい時間は、永遠には続かないのですね」
「うわ、ホント。でも、終わりがあるから楽しい。だからこそ今が一瞬の宝物」
夕日を背に赤銅色の髪を乱したまま、モガ大将が現れた。
肩にはほこりのついた軍用マント、手には小さな端末と、なぜかパンの入った布袋をぶら下げている。
そのパンを食わす気か、それともパンをぶち込まれるのか。
言葉を選んで答えよう。
「よぉ、王子。身柄を借りて悪いな。 そして、何もしない。何もしないからな。ワタシは、レディ。出来たら近づかないでくれ。嫌いってわけじゃないぞ、何かがおかしいんだ。うん、何かがおかしい」
「おや、嫌われていますか。指名手配のモガ大将。同じ連邦手配犯同士仲良くしましょうよ。モガ大将」
と、友好的に入ったがモガ大将は笑わなかった。
代わりに重たそうに袋を置き、端末をぽんとテーブルの上へ投げ出す。
「リューラーが逃げれずに捕まった」
「そりゃ、はい。ですよね。それで?」
あそこからは、捕まるじゃろ。アーレ大佐から逃げれるわけがないと思う。
リューラーさんがボロ船の出航を身を挺して守ったって感じだろうか。
すると、モガは大きくため息をついた。
「帝国の方で、リューラーの身柄をどうするかって議論になってるようだ。 冷静のアーレが、リューラ―を詰めようとしてる。 辺境に連れられて、生皮を剥がされ医療ポットで・・・すまんな。『見えない部屋』 に連れていかれる前に王子が無事で何もされてない事を伝えなければならない」
そういえば、アーレ大佐は知らない人に容赦が無かった気がする。
人の事を残忍と言うけども、たいがいネッコ族も蛮族だと思う。
「あんたが無事だってこと、ちゃんと見せればリューラーの身の安全は守れる。帝国も連邦もおそらく手出しを控えるはずだ。だから・・・、ちょっと、ひと芝居付き合ってくれねぇか?」
「ふぅ~ん、脅して連れてきて、今度は動画出演のお願いですか。まぁ、ここの待遇としては、まぁ、悪くないですが」
古びたスマホのような録画端末がテーブルの上に置かれると同時に、モガ大将が頭を下げて来た。
「頼める立場では無いが、頼む。断っても録画する事になる。意味を言わせないでくれ」
「なるほど、断った場合子供たち見せられる内容ですかね?」
「やっぱり、断ってもらっても構わないぃいいいくない。いくない。 リューラーを忘れれば、ここで理想の生活が出来るのだな。あ、断っていいぞ? 断ってええええぇえええ」
うわ、態度の急変とか超怖い。
地球で言う所の、仕事の飲み会を断るのは自由だけど心の中のペナルティ(ハート) のやつだね。
つまり、断れない残業や飲み会みたいな物だね。ク〇がよ。
ついに醸造所を見つけたし、害する様子も特にない? と思う。
まぁ、人命の嘆願ぐらいしてあげましょうか。
録画端末みたいなカメラを見る。
「えーこちら、現生惑星の拠点から、シウタです。はい、元気にやってます。空は青く、空気は若干くさいですが、地元の子供たちが優秀で、毎日楽しく酒を作っております。現在、心身ともに健康そのもので・・・」
――
アーレイン・フリュグリッド
――
ここは合同作戦本部、指令室。
司令室の分厚い装甲シャッターの向こうでは、実働部隊が今か今かと出撃命令を待っている所よ。
私は腕を組みながらミリ軍曹と3伯爵、殿下で、ホログラム画面を注視していた。
そう中央のホログラム映像に再生されるのは、シウタさんの無事を知らせる記録動画。
『まだ何もしていない』 と元気な動画を見せて、産業スパイの『リューラー』 に手を出すなと言う事よね。
でも、その映像の中身が、まさかの超癒し系アウトドアだったとは思いもしなかったわね。
映像には、夕焼けに染まる現生惑星の川辺。
カメラ越しの王子は、笑顔で釣竿を振っていた。
「兄貴! 見て! 見て! でっかいの釣れたよー!」
「未来の釣り竿ってすげぇな。 針周辺の自動判定でリールの移動、魚の動きを見てがっちりガード。これは、楽しい。 絶対釣れるならアウトドアも悪くないですね」
と、魚を〆ながら赤褐色の髪の少年と戯れている王子、シウタさん。
濡れたシャツごしに見える健康的な体。ワイルドな少年。最高にエクスタシーな癒し。
少年もワイルドな感じがしていいわよね~。兄弟設定とかこの銀河に実在したのね。
男の子が生まれたら超ラッキーぐらいの感覚だもの、兄弟とか天文学的な数字よね。
この映像が銀河ネットを通じて拡散されてから、空前の辺境アウトドアブームが巻き起こったのよ。
辺境に行けば王子様と現地の少年達に出会えるかもという、淡い妄想に満ちた旅が今、大流行中。
男性のソロキャンプ? そんなの、ほぼ誘ってるでしょ。
防犯的にダメ。良心的にギリギリ。
隣に目をやると、ミリ軍曹が完全に装備を更新していた。
バックルベルトには小鍋と山刀。軍服もいつの間にかフード付きの新型にチェンジされていた。
「大佐。山もいいですが、辺境のアウトドアキャンプも最高ですね。シウタと共通の趣味が見つかりました」
完全に乗り換えたわね、趣味が山から川辺に。
大差ない気がするのだけれど、本人にとっては大きな違いなのかしら。
「尊いです。尊い・・・この癒し、もはや兵器。今、心の戦争が終結しかけています。お兄様の弟と言う事は、私の義弟と言う事ですね」
ララス殿下は通常運行。と、言う事は私の弟でもあると言う事よね。
モガ大将をぶち込んだ後、大切に保護するとしましょうか。
そして三伯爵のひとりはハンカチを握りしめている。
「世の中は、まさに辺境ブームですわね。大都市じゃ幸福は買えないかもしれないですわ。辺境もいいですわね、日が暮れたと同時に朝まで焚火の熱が二人の行為を照らし・・・」
「辺境の価値爆上がりで、辺境バブル真っ只中ですな。辺境の山奥に静かに住まう少年とお兄様の素敵な暮らしで、想像するだけで幸せで頭がおかしくなりそうですな」
「まさか、辺境に金の原石が眠っていたとは! グランツ伯爵、あなたは運が良すぎますわね! 残された男性を取りつくさなければっ! 辺境ハンティングですわよぉおお!」
そのとき、映像に新たな存在が映り込む。
魚を干し終えたのか、少女がふらりと画面に現れ、シウタさんが彼女の頭をわしゃわしゃと撫でている。
次の瞬間、殿下の叫びが指令室に響き渡った。
「ああああああっ! ク〇ガキとはなんと狡猾な存在でしょうか! 余が未成年だったら、あの様に扱ってもらえると言うのに! この少女は保護鑑別所へ!」
「殿下のお気持ち、痛いほどわかりますわ。願うなら一度だけ代わっていただけませんこと?」
「わかりますぞ、殿下、あれこそまさに頭部への祝福。 わしゃわしゃによる信頼構築法、今すぐ宮廷教育に導入すべきですな」
「無邪気と言う邪悪、許される事ではありませんわ」
少女に厳しいのは、どの種族も一緒よね。
でも、さすがにそれを帝国の皇女が堂々と口にするのはどうかと思うわ。
ま、気持ちは、わかるけど。
そろそろ本題に戻らなきゃいけない時間よ。
「現生星の位置が特定できました。後は、殿下の号令でシウタさんの合同救出作戦を発動できますわね」
その言葉に、指令室の空気が一気に重くなる。
そうよね。わかるわ、この辺境ビデオレターが終わってしまう悲しみ。
終わらないでほしい、ずっと再生しててほしい。
そんなことを思っていたその時。
「報告しますー! 大変です! アウトドアキャンプ 第2部が送られてきました!」
届いてしまったのね。
ええ、そう。間違いなく、今日は作戦解除の線が濃厚ね。
相手も交渉というものがよくわかっているようだわ。慎重に、進めないといけない。
「記録映像には、リューラーさんの無事を確認したいって文言が添えられております! 映像の中身を、ちょっとだけチラ見したんですがー!」
サリ伍長は、震える手でホログラムタブレットを高々と掲げた。
「酒造所が映ってますー! 見つけましたー! 絶対飲んでますっ! シウタさん、あれ絶対酔ってますよー!!」
「ふふ、サリ伍長、ご苦労さま。そういうことね。おとなしかった理由が、やっとわかったわ」
「お疲れ様、サリ。なるほどね、どうりで一言も助けを求めてこないわけだ」
さて、私にいつもの冷静な思考が戻っていた。
「出陣の準備をしましょう。ええ、やるべきことを」
「とりあえず。はい、放映しますねー!」
そうよね。
――
シウタ
――
助けがまだ来ていない。
そろそろ助けくれてもよくない? もう1週間も暮らしてるんだよ。
だって、自分は超級エース様だ。
一国を動かす存在。ひとつの銀河で戦況を変えると言われた存在。
どんな悩みも、どんな困難も、巨大な暴力装置ヴォルテクスで解決できるってこと。
殿下、分かっていらっしゃるでしょうか?
そろそろ、サイゲデリックな街並みが懐かしく感じて来た。
そんなことを考えながら、度数の低いエールをごくりと喉に流し込む。
ほんのり甘く、頼りない泡の立ち。
まぁ。もう少し、ここにいてもいいか。
窓の外では、夕焼けに染まる鉄骨の影が、ゆらゆらと揺れていた。
なんて、少し余裕をこいていた。
ふと見上げた空が、まじで大艦隊で埋め尽くされていた。
青かったはずの空が、無数の艦影によって鈍く灰色に染まっている。
飲みすぎたか!? こんあアルコールで、酔っぱらってなんかない!
次の瞬間、酒造所に設置された簡易通信機がピリリと鳴動する。
「こちら合同艦隊。該当区域は、テロリストの潜伏拠点と確認。破壊作戦を開始する。即刻退去する様に」
ファアアアアアアアアアアアア!
展開早すぎ。
「ちょっ、まってまってまって!? ここ酒造所! 酒しかないよ! ほんとに! テロリスト成分ゼロ!! アルコール成分はたっぷり!」
狂ったように叫びながら工場の端末を叩くも、電波は既に遮断され、外部への通信は不可能。
あたりを見渡すと、壁に寄りかかっていたモガ大将が放心状態でうなだれていた。
「取引にならなかったか、リューラーすまない。せめて、弟と妹の嘆願だけでもしなければ。 強力な魔石の代替エネルギーさえあれば、武力に首をたれる事もないというのに・・・」
軍用マントが静かに床を滑るように落ちていた。
呆然としている暇は、ありませんよ。ここを守らなければ。
「モガ大将。機体、借りてもいいですか? 自分で止めます。ここを、焼け野原にはさせません」
いつもありがとうございます。
投降が遅れておりまして、ご不便をおかけしております。
35万~40万で次作品を書きたいと思っております。
次回作も、やはりこういった世界観の作品を書くことになるのでしょうか。
現在の構想としては、なろう系の空気感を持ちつつ、宇宙を舞台にした食事ものを書いてみようかと考えています。
ストーリー性から少し距離を置ける気がします。
物語の緻密な展開に追われるより、日常の中にある喜怒哀楽の共感が面白さなのかなと最近思っております。
とはいえ、成功体験というものは、なかなか逃れられないものです。
自分はこの先も、SFや宇宙ジャンルを軸に書き続けるのか。あるいは、
「異世界奴隷ものはク〇!」「異世界ものはク〇!」 を題材に皮肉を効かせた異世界物を書くのか。




