51 シウタ
シウタ
半重力ベットに寝そべりながら、ホログラム通話を開く。
画面には、赤黒の軍服を着ているミリさんが映り、普段着と化しているのがわかる。
でも、タンクトップのシャツを着られて、目の視線に困るよりよっぽどいいか。
そんな事を思いつつ、今日あった事などを軽く話し、ならず者の拠点制圧の作戦があまり上手く言っていない事などを伝えていた。
「シウタ、そうか。情報がもれているのか。つまり私の力が必要と言う事だな。このミリュネに任すと良い。シウタのために連合のヴォルテクスを木っ端みじんにして、宇宙のデブリにしてやるぞ」
そして、ミリさんは片目を閉じ青い瞳でのぞき込むようにこちらを見る。
「そうそうシウタ、そっちに転属願いを出しているんだが、何とかならないか。
アーレイン大佐が 『ならず者相手に、エースは過剰戦力よね?? 超級2人が軍事拠点に所属とか国相手に戦争でも起こす気かしら? そもそも超級エースのシウタさんをならず者相手に出撃時点でおかしいのだけれども、帝国の意向は無視できないわね~』 と、言ってくるんだ。 正論ばかり言われて困っている。どうしたらいい」
「ハハッ。寄せ集めのヴォルテクス達に、超級エースのミリ軍曹が出るまでもありませんよ。 ええ、本当に、木っ端みじんとか宇宙デブリとか野蛮。野蛮ですよ。良くない、良くない事です。 ラブアンドピース。 えぇ、軍曹が出るまでもありません。 部下の成長を見守っててください。いいですね、見守っててください」
数が少ない貴重な連合機体を奪われてたまるか。
これは、あの感覚に似ている。
地球の頃の上司が 『営業同行しようか』 と、断りにくいやつ。
関係も良好、お世話になっている上司の場合 『ありがとうございます~』 と答え、同行で全て丸く収まるが 『えっ、何しに一緒にくるの?』 と、思わないでもない。
「ラブアンドピース? 平和な話とかあったか? ククッ、シウタの冗談は面白いな。ほどほどにやっているみたいだから、それでいいか」
「はいはい、また明日お会いしましょう。登山と展示会の間を取って、繁華星で遊びに行く感じでいいですね」
「了解、警護も兼ねて迎えに行くから星間ポートで待機して置いて欲しい」
こうして明日の休みは繁華星でデート? することに落ち着いたのだが、決まるまでが大変だった。
決まる前までの流れが、休日に登山は嫌だし、ヴォルテクス展示会に行きたいって言ったら
『毎日乗ってるものを見に行って楽しいか?』 と、冒涜的なセリフを言われたため、キレ気味に 『じゃあ、どこがいいんですか? ミリさんが決めてくださいよ』 と、返したら
『トレッキングや、アウトドアーで山キャンがいいな』 と意味不明で、どっちも山を歩く意味の様な事を言い出したので
『いや、山とか登って何が楽しいんですか? ヴォルテクスから見る高い景色が一番ですよ』 と言ったら、ミリさんもキレだして 『じゃあ、どこがいいんだ、どこに行きたいんだ? シウタ?』 と返されたので 『展示会』 と、言うと 『いやいや、仕事を思い出す。それ以外で頼む』
と、拉致があかないので、貞操観念が逆転していることを逆手に取り、地球の時の女性特有の邪悪な特権カードを切ろうとする。
「ねぇ、私のこと好きなんじゃなかったの? あれはただの冗談だったわけ?」 「どうせ私が好きだっていうの、口だけだったんでしょ? 本気だと思った私がバカみたい!」 「好きって言ってくれたのに、こんなにあっさりだますんだ。やっぱり最初から嘘だったわけね」
地球の時の記憶に覚えがある、好きになった感情を逆手に取ってくる邪悪なセリフだ。
どれも超邪悪なカードで勝利確定。
地球の時の駆け引きで、なぜ男性に勝ち目が無くなるかお判りだろうか。
感情で生きていけるっていいよな。
と、切り札を切ろうとしたところ、ミリさんが根負けし 『ごめん、シウタ。そうしたら、繁華星にしようか。ヴォルテクス関係の内部の小物も見れるし、食事もいいと思う。そうしよう? なっ?』 と、なだめられた所、決まった所だ。
邪悪な思想だけど、この銀河で男性の立場もまんざら悪いものではないと思う。
――
翌日、作業用の帽子を深くかぶり、約束の星間プラットフォームへ向かう。
いつもより早く着いたつもりだが、ミリさんの性格を考えると先に到着している予感がする。
ミリさんは星間プラットフォームの中央に堂々と立っていた。
赤黒いジャケットに白いブラウスがよく映え、長身のスタイルをいっそう引き立てている。
その手には、昨日逃げるための除霊アイテムとして使ったのと同じ種類のサボーテンの花束が握られていて、プラットフォームには微かなテキーラの香りが漂っていた。
めちゃくちゃ目立つ。
そっと近づき 「おはようございます。その花どうしたんですか?」
「わっ、びっくりした。おはよう、相変わらず何か凄いオーラだな。 この花のことか? シウタが好きな花だろう? 昨日花を持ちながら、嬉しそうに走るホログラム動画がアップされた瞬間、どこも売り切れで、買うのに苦労したんだよ」
あー、なるほど。 嬉しそうに走る、か。
アーレイン大佐に情報漏洩の根源を教えなければ。間違いなくあの花屋です。
たぶんあの邪悪な花屋さんだと思います。あの商売人、花で荒稼ぎしてやがるな。
ゼニーの花の色は清らかに白い。根は血の色をしている。
花を 「ありがとうございます」 と、貰って預かりロッカーへ。
持って歩くには、かさばる。
「シウタ、私もそうだなと思った。やっぱりもって歩くには邪魔だよな」
「いえ貰った時の瞬間は、嬉しいものですよ」
――
そんなこんなで繁華星に移動し、まずは肉のお店に連れられて行かれるのかと思いきや、おしゃれカフェに連行された。
ガラス張りの小さな空間。壁のあちこちに組み込まれた透明モニターが宇宙の様子を映し出し、店内の照明と溶け合って幻想的な景色を作り出している。
カウンターにはバリスタロボがずらりと並び、半重力シートに腰掛ければ、すっと身体をやさしく包んでくれた。
注文後はバリスタロボが浮遊しながら、要望に応じてドリンクを作ってくれる。
「コーヒーにウィスキーをジャブジャブ入れて下さい」
そうオーダーを投げたら、バリスタロボが振り向いて首を横に振るようにホログラムを揺らす。
『そのご注文にはお答えしかねます』
と、浮遊するバリスタロボが、意味不明な事を言っている。
『アイリッシュコーヒー』 を知らないとは、未来は、どうしてしてしまったんだ。
仕方が無いのでメニューを見直す。
琥珀色の液体が飲みたい気分だったが、どうやら無理らしい。
アイリッシュコーヒーは本来、ウィスキーに生クリームとたっぷりの砂糖を入れた、高カロリーなドリンク。寒い所なのでガバガバと糖分を入れる風習があり、ウィスキーと砂糖はウィスキーボンボンの理論で相性がいい。
カロリーを気にするなら砂糖やクリームを抜いてウィスキーだけ足す形になるが、そうするとコーヒーとウィスキーの組み合わせが微妙で、最終的には「じゃあウィスキー単品でいいんじゃないか」という結論になるはずなんだ。
「あれ、シウタが気にいってくれそうな店を選んだつもりなんだが、違ったか?」
ロングの黒髪に白いブラウスの上にジャケットを羽織った姿。
いつもとは違う雰囲気で、長身ときりりとした美形の顔がのぞき込んでくる。
「とても嬉しいですよ。でも、技術の進化とともに失われた食文化に想いを馳せてたんです。なぜコーヒーにウィスキーを入れる文化が消えてしまったのかと」
「邪道だと思うけどなぁ。 あっ、そこのバリスタさん。砂糖とクリームをビッチャーで置いておいてください。カロリーが必要なんだ」
そう注文する彼女の横顔を見て思う。
食や飲み物の文化が違っても、こうして互いに歩み寄る形で過ごす。
ほんのささやかな食のズレや意見の違いも、きっと乗り越えられるはず。
――
そんな未来カフェで、シートに身を沈め、お互い寄り添うようにテーブルに向かい合っていた。
そして、注文のコーヒーと巨大なココアラテが到着した。
巨大なラテには2本のストローが刺さっており、ミリさんがココアラテに口をつけようとした瞬間、ふと気づいたのか、ストローをじっと見つめている。
そこには、小さなハート形の折り目がつけられていて、飲み口が可愛らしい曲線を描いている。
「いや、頼んでおいてアレなんだが。凄い恥ずかしい。これを一緒に飲むのを夢描いた事もあったが、レベルが高すぎて恥ずかしすぎないか?」
「確かに」
乙女なセリフだが、お会いした初日から自分の身体をまさぐってた気もするし、今更な気もする。
彼女の赤面が面白いので、もう片方のストローを持ち、チューッと吸おうとするともう片方からミリさんが気づいたように急に吸い出す。
ミリさんの肺活量が本気を出し、自分の口に届く前に中身は瞬間で無くなった。
違う、そうじゃない。
「ミリさん、これあれですよ。どれだけ飲むかではなくで、飲んでいる時にお互いの距離感を見つめ合って、照れくささを楽しむ演出だと思いますよ」
「シウタ、そういう事か。もっと早く言って欲しいな・・・。よしもう一度やろう」
もう中身は、空っぽだよ。
次行きたいな、と思いながらため息をつく。その瞬間にミリさんが、周囲を気にし出し目つきが変る。
あれ、身バレしたかな。帽子だけじゃダメだったかな。
今日はミリさんが居るから大丈夫だと思うけど、逆にボコボコにしすぎて、やり過ぎたら回復も視野にいれないといけないパターンかな。
「どうかしました? 身バレしてしまいましたかね。次いきましょうか?」
ミリさんは声を潜めて、話し出す。
「まさかとは、思うが、連合のグループのリーダーが、あそこに座ってる」
視線が、店の奥のテーブルへ向かう。
そこには、大柄な女性が、帽子をかぶり無造作に脚を組んで椅子を傾けていた。
火星色のコートを羽織ったその姿が、異様な威圧感を放っている。
周りに客はいるが、誰も近づこうとはしていない。その浮いた存在がカフェの空気に陰を落としている。
普段着を着ているが、どうみてもモガ大将だ。
お忍び以前に、お尋ね者じゃないでしょうか。なぜ、繁華星に来たのか。
「あれ、モガ大将じゃないですか。捕まらないんですね。フリーパス? 自分、連邦本部とか一人で歩けないのに、何かずるくないですかね」
「まぁまぁ、落ち着け。あれは、偽造の身分証を使っているはずだ。要注意人物ではあるが、おおやけに捕まえるほどではないのだろうな」
ふ~ん。
ここに来たのも偶然じゃなさそうだ。
「そうですか。ミリさん、モガ大将に勝てそうですか? 回復込みで考えてください」
「シウタを守るためなら、もちろんだ。指一本触れさせないぞ。だが、店内に他の客やバリスタロボがいる。巻き込むと面倒だ」
これは、心強い。
「ありがとうございます。それは、大変心強い。 そして、ミリさんとの大切な時間の中、申し訳ない。少し席を外しますね。 後、お願いがあります。この後、二人きりになれるお店を手配しておいて下さい」
「ああ。ええ? シウタ、それって!? こんな話が早い事なんてあるのか!? 行ってらっしゃい!! いつでも飛び出せるようにしておくからな!」
こちらも話が早くて助かります。
お互い、心が繋がっているっていいよね。
帽子を深くかぶり、そのままモガ大将の所へ向かう。
「まさか、おたずね者のリーダーがこんなところでコーヒータイムとは、驚きました。 先日ぶりですね。元気してましたか? ならず者の拠点はもぬけの殻で、少し物足りませんでしたよ」
「戦場じゃないからな。たまにはゆるく過ごしたっていいだろう。 あんたこそ、ワタシを見つけたのに静かだな。敵を追いかけ回すのが好きなんだろ?」
好戦的な返答で、素晴らしい。
追いかけまわすのは、嫌いでは無い。
スコアはそうやって稼ぐものだ。
「そうですね。少しお話したいんですけども、ここいいですか?」
帽子のツバをクイッと持ち上げて提案すると、モガ大将は一瞬目を細める。
そして店の奥にいた女性客が小さく 「きゃっ・・・! 王子様、かっこいい・・・」 などとつぶやくのが耳に入ってくる。
まずい、身バレしたわ。 話どころじゃなくなってくる。
好意の視線がちらほらと集まり、次の瞬間には、店の隅にいた女性たちが 「あれ、王子様じゃない?」 「キャー、リアルで見ちゃった。王子様? 違う、残虐騎士様だ。言い直せ」 と不穏に盛り上がっている様子が伝わってくる。
「本当に、銀河の英雄だな。しかも王子様ときたか。これが、あんな残虐なヴォルテクス乗りとは思えないね。いや、邪魔したな、ここで失礼させてもらおう」
そそくさとコートを翻し、モガ大将は店から退出してしまった。
これから起る事を想像したのだろうか。
自分といると、めちゃくちゃ盗撮されるからね。おたずね者には都合が悪いか。
色々と話す前に帰ってしまったが、逆に良かった。
そして、もう時間がない。
「うそ、昨日アップされた映像と服装がそっくり! まさかリアルで拝めるなんて、夢みたい!」
「王子様って言われてるけど、実際は残虐騎士よ! でもあの笑顔見ると、そんな風に見えないけど、ギャップやばすぎ。絶対私の事好きだわ」
「こんな普通のカフェでまったりしてるなんて、猟奇的すぎるよ。人を笑顔で撃ち〇す時のルーティンなのかな。撃ち抜いてくれませんか?」 「あっ、ミリ軍曹だ」 「本当だ、ミリ軍曹だ」 「なんだ、ミリ軍曹か」
ここは、もうダメだ。逃げなければ。
即座に、頼もしいミリさんの所にダッシュで戻る。
「シウタ、高空植物園へ行こう。 ここなら二人きりで誰にも邪魔されない、高山の珍しい植物が見れるんだ」
なんて純粋な回答だ。まさかそんなピュア路線でくるとは思わなかった。
この後、ホテルを考えてた自分が恥ずかしい。
「はいはい、お付き合い致しましょう。まずは、ここから逃げなければ」
かくして、ホログラムが照らすカフェは、ひそかな緊張が残ったまま、三者が外へと消えていく。
色濃く残り、薄い甘いコーヒーの香りだけが、穏やかに宙を漂っていた。
いつもありがとうございます。




