10 シウタ
シウタ お部屋
冷たい金属の床をギシッ、ギシッと踏みしめるたび、その足音で囚人の気分になってくる。
淡い光灯に照らされた狭い通路は無機質に感じ、地球の追い出し部屋の様子を思い出す。
労働基準監督者の夜明け前の話だが。
法律上クビが難しい場合、やらかした社員は仕事の無い白い部屋に押し込まれ 「何もしない事」 を強制されるのだ。
何もしなくても給料をもらえるとは聞こえがいいが、全てを跳ね返すハニカム構造のタングステン装甲のメンタルが必要になってくる。まず、耐えられない。
未来世界の倫理観大丈夫だよな? そこは祈るしかない。
「シウタさん。倫理観にちょっと問題があるけど、戦果がエースパイロット級のシウタさんに懲罰を求めるのは難しいから、形式上だけ懲罰房に入ってくれると嬉しいわ。私達のメンツもあるから、お願いね」
と、アーレイン大佐に言われている。
嫌な気もしない、上手い言い方だと思う。
拠点上長となれば、やはり言い方ひとつでも違う。見習いたい話術だ。
そして頼む、独房でも何でも入るから。
ヴォルテクスに乗らせて欲しい。
ガタン! と懲罰房への扉が開く。
そこに居た看守役の高身長の士官が無言で指し示す先には、小さな部屋。
扉は透明、三方を金属壁で囲まれ、簡素なベッドと水が出る簡易シンクがあるだけ。
窓はなく、壁の一角には監視カメラらしき球体が小さく光を反射していた。
奥へと足を進め、扉が閉まりかけたその時、誰かが部屋に入ってきた。
振り向くと、そこには先ほどの看守役のミリ軍曹がいた。
そこをスルーして、この未来独房の雰囲気を満喫していたのですが。
そもそも、ミリ軍曹なぜ看守役を? そして、一緒に中に入ってきたらダメでしょうよ。
独房の意味がないでしょうが。 いくら形とだけは言え、看守と懲罰房の体裁ぐらい整えて頂けませんかね。
ミリ軍曹は腕を組み、じっと自分を見下ろしている。
昨日と違い戦場の匂いはしなく、石鹸の様な香りがした。
猫耳がぴくぴく動いている。この状況に、突っ込んで欲しいのだろうか。
本当に、緩い職場だよな。
ミリ軍曹を少し怖がらせて見ましょうかね。
仕事上、男女が個室に入ると言う、セクシャル的な空間というものを考えて女性的に危機感を感じて欲しいものだ。
軍曹、新入社員の様な世間知らずじゃないんだから配慮しましょうよ。
ニコッと微笑みながらミリさんに近寄り、下から覗きこむように声をかける。
ミリさんが、驚いた様に一歩引きその青い瞳を見開いた。
「先ほど、ミリ軍曹に抱き着いてしまった手前。何だか気恥ずかしいですね。こうして形式上でも嫌われずに部屋に一緒に居てくれるのは、嬉しいですが。あの時、自分が動揺して恐怖に錯乱してたとは言え、色々と覚えてなかったです。ミリ軍曹、もう一度、抱き着かせてもらっていいですか?」
とってもセクシャルな発言だ。個室でこれは怖いでしょう。
抱きついて良いよといわれても、セクハラ発言の言質です。ダメと言われたら、そこで終了。
そしてちゃんと、看守役をやってくださいよ。
そうです。自分は、何となくですが気づいています。
この王国連邦圏、男性が配慮されてますよね。
地球で言う、男女間の特権みたいなものがありますよね?
「!! あの感触・・・。無償の愛に包まれ全てが許せる感覚、怒り苦しみ全てがどうでも良くなるあの光! ・・・負けるなミリュネ! 倫理的問題だ。そうだ! シウタ、戦場で倫理的問題があるぞ! なぜ、決着を良しとしない? 残虐は禍根を残すぞ。 『繁栄』 と、程遠いい事だ。お互いが憎み、滅ぼし合う事になんの意味と生産性があるのだ!」
何という精神力だ。
勢いで、選択会話を抜けて来たぞ。
グギギギ。
やべっ、説教される。ミリ軍曹の説教長そうだ。
セクシャル発言で乗り切るか。
講釈をたれているミリ軍曹を背にして、自分は部屋の簡易ベッドの端に腰を下ろし、空いているスペースをポンポンと軽く叩く。
「ミリ軍曹、折角ですから立ってないでここのベッドに座りながらゆっくり話しましょうよ、思ったより座り心地は悪くないですよ」
「お前は、なぜ敵を許せないのだ・・・ごにょごにょ。 何をしている? あの、期待して準備してたとは言え、その。いや、急にそんなの困る。 あの、どうしたらいいか分からない」
「形式上の拘留って話ですから。せめてリラックスしながらいきませんか、ミリ軍曹?」
「仕方ないな。・・・あの、お邪魔します」
あ、ここで隣に座るんだ?
これは、勝ったな。
女性として覚悟的な何かを、馬鹿にされたと思われ外に行くと思いましたが。
やっぱり男女間は、駆け引きですよね。アーレ大佐が言うには、トラップでしたか。
ゆっくりとベッドに腰を下ろした、ミリ軍曹。
密着して来るかと思いきや、意外にも自分との距離は数センチで配慮がある。
背筋がピンと伸びており、足は閉じて手が太ももで行儀が良い。借りて来た猫の様だ。
そう、硬直している石像だって、もっとやわらかい感じがあると思う。
エンジン音の様な、誰かの心臓の早鐘が聞こえる。
そして、微かな呼吸音だけがこの空間を支配していた。
沈黙を破るかの様に、部屋の隅の球体の監視カメラから、地球の頃に聞いたことがある古代アステカ文明の 「デスボイス」 の音が聞こえる。
死者の声が出す様な血が凍るようなその怨嗟と生命への嫉妬は、魂を揺さぶり、原始的な恐怖を呼び覚ます。
一瞬、ミリ軍曹の身体がブレる。
「てぃっ!」 と、言う声。そして、カキン!と言う金属音と共に、部屋は静かになった。
ミリ軍曹の端整な横顔を見ながら、ゆっくりと話しかける。
「さて、何から話しましょうか。こんな軍曹とゆっくり話せる機会は、中々ありませんね。嬉しいです」
耳元で優しく語りかけると、ミリ軍曹は手をもじもじとさせ顔が真っ赤。青い瞳は紫に染まっている。
その時、天啓がおりて来て、心の火花が身体に激しく火が付く。
ミリさんを絶対に逃がすな。本能がそう叫ぶ。
彼女は、ヴォルテクスの熟達者、大先輩、師匠では無いのかと火花が言っている。
同じ、目線で見れる戦友。唯一の友では無いかと。
職場での男女の関係は、良くないし、職場関係に歪を生む。
上司であり戦友であるべきだ。
聞きたい事なんて山ほどある、ゆっくり話してこんな時間で足りない。
どうしよう、何から聞いたらいいか。ヴォルテクスを語れるとっても貴重な時間と言う事に気づいた。
聞きたいことは星の数ほどあるが、何を聞こう。 どうやってヴォルテクスのフォルムの製作がきまり、作られるのか? ブースターの時の体と心の在り方? 自分達の命を預かってくれる整備班の人となり? そんなことよりヴォルテクスだよ、ヴォルテクス。まだ詰めれるところは沢山ある。
会話の選択肢が多すぎて、緊張して脳がスパークして言葉が出てこない。
「ヴォルテクス」 「あのあの、シウタ、私、初めてで、あのあのあの」 「ヴォルテクス」 「うん? ヴォルテクス?」 「そう、ヴォルテクス」
――
お互い、顔を合わせ目をパチパチとさせていると、独房の外から喧騒が聞こえてくる。
「サリ伍長が言うには、面会権限で入れるそうね。チャンスね」 「マジに王子いたわ。どうしよう。まぁ、差し入れのベーコンもってきたけどね」 「私の脳は、王子ファンクラブ握手会に変換されてる。おい、ずるいぞベーコン」
部隊の先輩達の声だ。
やはり実働部隊は、冷静で直情的に物事を考えていると思う。
「おっ、シウタくんが懲罰房にいるみたいじゃない? 可哀そうに、困ってる顔見てあげないと」 「これって面会じゃないよね? お見合いでしょ。真剣に口説くよ」 「マジに懲罰房で婚活とか、逆にカッコよすぎてウケるんですけど。・・・私も口説くよ」
これは、うちの物流部の先輩達だ。
意外にチャラい。いや、人の事は悪く言えない。つまり、柔軟な考え方をしている。
馴染みやすい人たちである。
「シウタ王子様が、ホントにここにいるんでしょ? ぺろぺろしたい~! 絶対甘くて禁断の果実の味がするって。果物味かエナドリ味か確かめてみたくない?」 「画面越しに感じるシウタ王子の匂いがする! 握手の時に、指先くらいならペロっといける?」 「ドは、どうやってれーぷしようのレ! レ!は、れーぷのレ! ぺ! は、ぺろぺろぺろぺろ」
このヤバイ所は、どこだよ。倫理観どうなってるんだよ。
なんだ、このヤバイやつらは。 いや、一人記憶があるわ。
隣のミリさんの肩を掴み、誠実にお願いをする。
「ミリ軍曹、このままだとカオスに飲み込まれます。看守役をお願い致します」
「まさか戦友であり、親友の大佐と伍長に思う所がある日が来るとはな。 シウタ、了解だ」
ありがとうございます。助かります。
「よし! 面会者は、全員並べぇえええええ!」
ミリ軍曹の号令と共に、全員の面会と握手と、差し入れのベーコンを沢山もらった。
ベーコン。
熟成され、アミノ酸に変わるたんぱく質。高濃度の塩分と白い部分は脂身だ。
これがベーコン特有のジューシー。加熱時には脂が溶け出し、調理する材料へと旨味を移す。
おいしいよね、高血圧まっしぐらだ。 心臓と腎臓は、この瞬間も動いていると言うのに。
――
2時間ほどの握手会で、アーレ大佐から 「慰問会、ご苦労様ですわ。基地の指揮が駄々上がりですわね。ご協力ありがとうございました。3日間程、休暇へ入ってください」 と、連絡が来た。
マジに何いっているんだ、慰問会なんて聞いて無い。
自分は、駆け引きに負けたのか。
さすが、拠点の上長。今は、大佐の方が上手みたいだな。
歳は近いはずだ。数か月で吸収して追い抜いてみせるぞ。
懲罰房に謎の行列ができているカオスな後始末をミリ軍曹に任せて、色々と思う所がありながら居住区客室の自分の部屋に戻ろうとすると、サリステア伍長が部屋の前で待っていた。
茶色のセミロングの髪を揺らしながら、自分に気づいたかのように顔を上げ微笑んでくる。
いつも目にかかっている、前髪がなんかキレイに編まれて分かれている。
その茶色い瞳が柔らかに、自分を見つめていた。
こう女性の気を使っている所とか良くわかんないので、可愛いですねぐらいの反応だ。
男ってのは、そういう生き物ですから。
でも、ここは褒めましょうか。女性は、お世辞をむさぼる本能がある生物だろう。
「びっくりしました。自分の知らない素敵な女性が部屋の前で待っているかと思いましたよ。ハハッ、いつも髪が目の方でまで、かかっている印象があるので前髪を上げてくれると印象が全然違って見えますね。似合ってますよ、サリ伍長」
「あー、シウタさん、ごめんなさい。ちょっと動けません。 ほんとに軽く想像を超えてきますねー。 私の心臓が 『今までありがとう、停止するわ』 みたいな、信号をだしてます。 今、脳が必死に説得に入ってるので、少々お待ちくださいねー」
理解が出来ない言葉とは裏腹に。
茶色い瞳が戸惑いと照れを映している気がする。
指先で前髪を軽く整えた後、口元をほころばせたかもしれない。
正解だったみたいだ。
「ねぇ、シウタさん。明日から休暇取得でお休みですよね。繁華星、行ってみませんか? 生産拠点の未開の星と全然ちがいますよー? 私も偶然、お休みなんです。一緒にいきませんか? 1泊してきましょうよ。うちのグループのホテルでほぼタダで泊まれますよ」
そうね~、給料も出ている。
そして酒もだいぶ飲んでいない。そもそもこの拠点、食事関係が肉料理しかない。
酒、飲まずにはいられないッ! 誰の台詞だったか。
酒を買って帰りたい。 もう購買でベーコンの種類を選ぶのは嫌だ。
パストラミ? サラミ? スペアリブ? レバーもあるぞ。 無敵の品ぞろえ。
酒のつまみしかなく、酒が売っていない。
ここは最前線の拠点、当たり前と言えば当たり前か。
「飲んでいて、敵襲対応できませんでした!」 が、許されるのは会社の忘年会の次の日ぐらいなものだ。
「サリ伍長、田舎者なので繁華星もどうやって行くかも、何が何だか分かりません。一緒に行ってくれるんですか? 本当に助かります。せっかくの休日だし、気晴らししたいですね。 色々と買い物もしたい。現地の方がいると、助かります。ご迷惑でなければご一緒したいです」
サリ伍長が一瞬固まった後、その茶色い瞳を輝かせた。
口元には笑みが浮かび、身体がわずかに跳ねただろうか。
「で、では明日、朝お迎えにあがりますね。 何も必要ないですから! あの、全部用意しますから! 物流部の長を頼ってくださいねー! で、ではまた明日! おやすみなさい!」
「おやすみなさい。明日は宜しくお願い致します、サリ伍長」
プシュー!と、伍長とお別れして部屋に戻ると、大声が扉を貫通して聞こえる。
「いやぁあああああああああったぁあああああああああ! デートだぁああああああ! 私は、今までなんて愚かだったのでしょうか! 実家とも合わないはずですねー! いつか迎えに来てくれる王子様を信じて、受け身で得れるものなんてあるわけが無い! 人生は傷ついて当たり前です、渇望し傷ついても手を伸ばして掴もうとして初めて掴めるのです! 気づきを得ました! この銀河は、宇宙(空)を焦がす様な炎に包まれていると言う事を!」
伍長、良い事いいますね。
自分もそう思います。でも、掴んだお相手が地雷系の可能性もあるわけですよ。
手の中でドーン。 ほぼ、再起不能です。お相手は慎重に選びましょうね。
おやすみなさい、いい夢を。
さて、デートか。
上司のサリステア伍長を喜ばしてみますかね。
いつもありがとうございます。
いいねもブクマも、評価もありがとうございます。
その一押しが、パソコン前に座った瞬間 「やったるわ! 画面の向こうの貴方様をクスクス笑わせるぐらいの目標なんて、もう満足できない。稲妻直接火力で本体を焼くぐらいにしてやるわ!」 ぐらいの気持ちで挑んでおります。その心のエネルギーを感じて頂いているでしょうか。
次の作品辺りで、このなろう星海の中を一緒に上昇してランキングに入る感覚を共有していこうと思ったのですが、まさかこんなに読んで頂けると思っておりませんでした。
ここのなろうで初めての小説の創作活動にあたり、文学を目指し挫折した友人と、なろう熟達者の友人と前に色々と話しておりました。
先日、なろう熟達者と飲みに行った時に「ランキング10位内入ったよ」 「何言ってんだ、星の数ほどの作者がそれを望み消えていくと言うのに、どういうこと?」 と、言われました。自分もそう思う。
今、自分の前作を見るとひどいものです。何とつたない作品か。
貴方様の慈悲ありきで、上達していったに過ぎなかったんだなと思っております。
貴方様が作品を見ていると同時に、作者側も画面の向こう側で物言わぬ貴方様をPVの数字で観察しています。
その中で気づきを得てまして 「いや~、こんな文章を我慢して読んでくれているのか。一体どういうことだ、画面の向こうの貴方様は、何者だ」 と、考えていたわけです。
作者側も夜な夜な、ランキングシステムにブチギレてますが。
本当にブチギレているのは、誰でもない貴方様だと言う事を。
結構な作者様達は、この視点を忘れていると思う。画面の向こうが生身の貴方様だと言う事を。
「なんだ、このランキングは!? 勝手な妄想で俺の脳みそを汚すな。なんだぁーーッ!? このク〇みたいな代り映えしないランキングは! なわけあるか! ボケが! 自分で面白い物を探すわ!」
と、オブラートに包んで代弁してみたんですがどうでしょうか。
ランキングにはもちろん理由があります。これは動かない。
でも、閲覧と言う目で見ると、キレてますか?
なんとなくの、妄想でした。
失礼いたしました。




