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プロローグ

 まばらだった民家がいよいよ途絶え始めた山中のひび割れた県道を、黒のフィールダーが山奥へと昇っていく。

 曲がりくねった道に合わせて、右へ左へハンドルを世話しなくクルクル切り替えながら、鈴宮孝弘はぼんやりと思い返す。

 きっかけーなどといえるモノは特になかったと思う。ただ、ふと出掛けたくなった。そこから、なんとなく温泉にでも行ってみようかとなり、どうせ温泉にいくなら連休に充てて旅館にでも泊まろうかという話になり、今に至る。

 運転には支障なかい程度に、ちらりを脇目を振る。

 孝弘が運転するフィールダーの助手席には、その妻ー涼宮春香が座っている。彼女は、とくにすることもなく助手席に収まり、言葉を発する事もなく、かといって寝てるわけでもなくウインドウごしに外の景色を眺めているようだった。

 視線を前方へと戻す。

 目に入る景色は、相も変わらず代り映えしない。所々ひび割れていたり、通行する車の重みで徐々に形成されたのだろうちょっとした陥没があったりはするが、上りの随所には追い越し車線も設けられた一応は舗装された基本二車線の舗装路。ある程度標高も高くなっているから山間から見下ろせる景色は綺麗といえば綺麗だが、正直それほど優れているとも思えない普通さ。むしろ、転落防止の為に設置されているガードレールが時たまあり得ないほど押し曲げられている様子が時たま見える事のほうが、若干怖い。

 ぶつかった、もしくは突っ込んだバカでもいるんだろうか。何の気なしに、孝弘は思った。

 ガードレールの向こうは大体、ほぼ崖といって差し支えない急勾配になっている。もしガードレールを突き破れば、あとはそのまま奈落の底。無事では済むまい。

 感慨もなくそんな事を無意味に考えていると、前方に大きな青看板が見えてきた。

 看板には、その先で左に曲がる道があることを矢印で示しており、孝弘たち夫婦が目指す温泉地がまさにその左へ曲がった先に在ることを教えていた。

 蔵翁温泉。

 正直、一般的に言ってスキー場としての方が知名度が圧倒的だったするそこは、実は県内でも知られた部類の温泉地としての別の顔を持つ。スキーやスノボといったウィンタースポーツで身体を動かし、温泉で汗を流して癒される。一挙両得。一石二鳥。そんな感覚を持つお客も多いらしい。最近では、海外からの旅行客も多いと聞く。スキー場の一部。一般向けのゲレンデとは別にスキージャンプが出来る設備があるもの、有名に一役買っているのかもしれない。

 そんなわけで冬に最も活気づく場所柄、時期を少しずらすと実にお手頃に泊まる事が叶うのは孝弘にとっては願ったり叶ったりだ。断っておくが、実際に入った事はないが温泉の質が悪いとか、そんな悪評は特にない。あくまで冬の時期に比べると混雑し難いというだけで、温泉地としては県内でもそこそこ知られる名湯なのは変わりない。ただ、どうせ部屋を開けて置くくらいならいくら割り引いてでも泊まってもらった方が宿泊施設としては助かる。泊まる側からしても安く泊まれるなら、お財布的に助かる。そうゆう、世知辛いお話である。

 青看板を通り過ぎ、数メートル進んだ先の丁字路を視認しウインカーを出して左の道へと入る。

 そして、その先はまたも代り映えのしない山道再び、だ。

 なお、この間も春香は特に言葉を発する事はない。特に話す事も、具体的な話題もないのだろう。それは孝弘と同じだったから、孝弘の方から声をかけることもない。車内は無言の空気が流れている。

 夫婦としての中は、そこまで悪くはないと思う。少なくとも、孝弘はそう思っている。付き合い初めや新婚時のような初々しさは完全に鳴りを潜め、現状、良くもなく悪くもない微妙な状態ではあるが、だからと言って離婚を切り出すほど冷え切ってもいない、筈だ。実際、なんやかんやでこうして一緒に旅行に出向いている辺り、根拠として弱くはあるまい。

 内心、そんなことを思いつつ、孝弘はカップホルダーに手を伸ばし、缶コーヒー飲もうと缶に手を手を掛けて、そして止めた。缶コーヒーは既に空になっていたのを手に掛けてから思い出したのだ。心の内で舌打ちするが、ない物はない。

 諦めるか。

 そう思った矢先、前方に少し開けたスペースが設けられているのが見え、それに伴った看板が立てられているのが目に入る。看板には『もしもしピット』と書かれており、一時的に車を止めて通話したり、少し前の時代ならタイヤにチェーンを巻くために入る待避所があるようだった。そしてなにより、そこに自販機が置いてあるのが、目に留まる。

 ツいてる。実にささやかだが、ラッキーだ。

 多分、目的地までそう遠くはないかもしれないが、小休止にも丁度いいとほくそ笑み、「ちょっとそこで飲み物買うよ」と春香に声を掛けつつ、孝弘はフィールダーをもしもしピットへと侵入させ、停車した。

「ついでだし、何か飲むか?」

 エンジンは切らず、シートベルトを外しながら孝弘が問う。

「大丈夫よ」

 春香は短くそういうと、今度は自身のスマホをいじり始めた。

「そっか」短く答え、孝弘は社外へと出る。

 標高が高めだからか、それとも季節柄か。その両方かもしれないが、外の風はひんやりとしており、森の香りとでもいうのか自然な木々の匂いが心地よい。野鳥の鳴き声もどこか控え目で、BGMとして捉えても優秀に思えた。別に都会からここに来たわけではないので、そこまで大きな感動は覚えないが、それはそれとして気分の良い場所に感じられたのは間違いなかった。

 そんな山の空気を肺に取り込み、深呼吸でもするように一呼吸入れ、孝弘は回り込むように移動する。

 街中でもよく見かける、どこのメーカーかはよく分からないが100円で飲み物が買える事だけはしっかりアピールしてくるありふれた自販機。それが2台並んで設置され、その2台に挟まれる形で缶とペットボトルを捨てる為のごみ箱も両者を繋げるようにして併設されている。

 孝弘はさっとディスプレイを見やり、さっきは缶コーヒーだったから茶にでもするかと適当に決め、ズボンの右ポケットに突っ込んである財布に手を伸ばす。硬貨を投入し、小さな緑茶のペットボトルのボタンを押す。間髪入れず、ガコンという音とともに商品が排出されるのを無意識的に確認して、腰を屈めて商品の取り出し口を覆うプラスチックのカバーを押しのけ


 孝弘の意識は唐突に切れた。

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